旅の扉

  • 【連載コラム】「“鉄分”サプリの旅」
  • 2022年8月27日更新
共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎

英語の次に日本語で説明する「神対応」のカナダの島 シリーズ「北海道より大きいカナダの島」【11】

△「赤毛のアン」に扮した女の子と、PEI州観光局の鈴木浩子さん(鈴木さん提供)zoom
△「赤毛のアン」に扮した女の子と、PEI州観光局の鈴木浩子さん(鈴木さん提供)

 (「シリーズ『北海道より大きいカナダの島』【10】」からの続き)
 日本から見て地球の反対側にありながら、英語の説明文の次に日本語が記されている「神対応」の観光名所を擁する島がある。北海道より大きいニューファンドランド島と同じカナダ東部にあるプリンスエドワード島(PEI)だ。島を舞台にしたルーシー・モード・モンゴメリ(1874~1942年)の小説「赤毛のアン」に感動した日本人が多く旅行したのがきっかけだ。1952年に日本語訳を出版した故村岡花子さんが主人公のNHKの連続テレビ小説「花子とアン」が2014年に放送されると話題を呼び、現地を訪れる日本人旅行者が増えるなど強く支持されてきた。

△ルーシー・モード・モンゴメリの生家(2018年6月、筆者撮影)zoom
△ルーシー・モード・モンゴメリの生家(2018年6月、筆者撮影)

 ▽「赤毛のアン」作者の生家の展示は…
 PEIを訪れた2018年6月、「赤毛のアン」好きの妻に触発されてゆかりの観光名所を多く訪れた。その一つのモンゴメリの生家を訪れた際、展示の説明文が英語の次に日本語で記されているのに目を丸くした。寝室では英語の説明文の下に「ルーシー・モード・モンゴメリが1874年11月30日に誕生した部屋」と日本語で記され、モンゴメリに関する日本語の紹介文も置かれていた。

△モンゴメリが産声を上げた部屋では、英語の下に日本語の説明文がある(18月6月、筆者撮影)zoom
△モンゴメリが産声を上げた部屋では、英語の下に日本語の説明文がある(18月6月、筆者撮影)

 ▽日本からの旅行者割合はわずか0・2%なのに…
 まるで日本人旅行者が席巻しているかのような“手厚い待遇”だが、昨年発売されたカナダ観光局日本地区代表の半藤将代さんの著書「観光の力 世界から愛される国、カナダ流のおもてなし」(日経ナショナル ジオグラフィック社)は「PEIを訪れる観光客に占める日本人の割合は1%にも満たない」と記す。
 PEI州観光局によると、新型コロナウイルス流行前の2019年に日本から訪れた旅行者は2508人だった。国別の旅行者数で地元のカナダ、米国、台湾に次ぐ4位となり、旅行者数全体(163万2537人)に占める割合は0・2%に過ぎない。「花子とアン」が放送された14年には日本が4349人とカナダ、米国に次ぐ2位だったが、旅行者数全体(133万2189人)のうち0・3%にとどまっていた。

△モンゴメリの生家にはモンゴメリに関する日本語の紹介文も(18年6月、筆者撮影)zoom
△モンゴメリの生家にはモンゴメリに関する日本語の紹介文も(18年6月、筆者撮影)

 ▽在住歴29年目の日本人が明かす理由
 それでも英語の次に日本語で展示を説明する観光名所があるのだから驚きだ。PEIでは日本人観光客の要望も背中を押してモンゴメリゆかりの名所の案内を整備する動きも広がり「各スポットに立てられた解説パネルや文学ツアーのウエブサイトには、貴重な写真資料とともにカナダの公用語である英語とフランス語の説明文が掲載されている。そして3カ国目の言語として掲載されたのは日本語だった」(「観光の力」)という。
 「PEIでは多くの人が『赤毛のアン』の人気がある国として、日本を認知していると思う」と指摘するのは、PEI在住歴が29年目になるPEI州観光局勤務の鈴木浩子さんだ。私もPEIの人々がフレンドリーに接してくれたことに感銘を受けた1人だが、鈴木さんは「日本人観光客はマナーを守るし、礼儀正しいので、日本に対して好感を持ってくれていると感じる。日本人在住者に対しても『日本人は信頼できる』と言ってもらえることが多い」と強調する。鈴木さんを含めた日本人在住者と、これまでの日本人旅行者のマナーの良さがPEIでの良いイメージを確立してきたようだ。

△森と畑、水面がまるでパッチワークのように広がるPEIの風景(18年6月、筆者撮影)zoom
△森と畑、水面がまるでパッチワークのように広がるPEIの風景(18年6月、筆者撮影)

 ▽一時は中国人獲得になびいたが…
 だが、私が訪れた18年6月時点では「PEIの観光業界では、人口が日本よりはるかに多い中国からの旅行者数のほうが大きく伸ばせると期待して中国での売り込みを強化する動きがある」との声も耳にした。にもかかわらず、19年の中国からの旅行者数は前年より26%減の1127人と激減し、日本からの旅行者の半分にも満たなかった。ある旅行業界関係者は「あの問題でカナダと中国と関係が悪化したからだ。19年にはカナダ全体の中国人旅行者数も大きく減った」と打ち明ける。
 あの問題とはカナダ当局が18年12月、米国が詐欺などの容疑で指名手配していた中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)の孟晩舟副会長兼最高財務責任者(CFO)をバンクーバーの空港で逮捕した件だ。孟氏はファーウェイ創業者で、同社がホームページで「中国共産党のメンバー」と公式に認めている任正非最高経営責任者(CEO)の娘だけに、中国政府が逮捕に反発した。
 中国当局が18年12月、カナダの企業家マイケル・スパバ氏と元外交官のマイケル・コブリグ氏をスパイ容疑で逮捕したことでカナダと中国の関係は一気に緊迫化した。
 その後、孟氏は米司法省との司法取引に応じ、米当局が主張した「孟氏が金融機関に虚偽の説明をした」との事実関係を争わないことに同意して21年9月に釈放された。
 一方、スパバ氏とコブリグ氏はスパイ罪で起訴され、中国の地方裁判所がスパバ氏に懲役11年の実刑判決を下したが、孟氏が釈放された21年9月に解放されている。

△筆者の後ろに広がっているのがフレンチリバー地区の有名な風景(18年6月)zoom
△筆者の後ろに広がっているのがフレンチリバー地区の有名な風景(18年6月)

 ▽島の景色を楽しめる日本語動画も
 おそらくPEIの観光関係者も中国人旅行者に偏るリスクを実感するとともに、長年にわたって足を運んでくれた「信頼できる」日本人旅行者の重要性を再認識したに違いない。ただ、新型コロナの感染拡大はPEIの観光業にも大きな打撃を与え、20年の旅行者数は60万5478人と前年より63%も減ってしまった。
 PEI州観光局は日本からも島の景色を楽しんでもらえるようにと、日本語の動画(「マイ・アイランド・ストーリー【全4話】」)を作成した。
 自身も出演している鈴木さんは動画について「アフターコロナの旅を意識し、のんびりと島の自然を楽しめるハイキングやドライブなどもご紹介しています」と説明し、「日本の皆様がまたPEIにいらしてくださるのを心からお待ちしております」とのメッセージを寄せてくれた。
 PEIが「再び訪れたくなる素晴らしい旅行先」であることは、旅行者への調査で2回以上訪れたリピーターが8割程度で推移していることが示している。もちろん私もPEIを再訪できるのを楽しみにしている1人で、水辺に色とりどりの木造の建物が並ぶフレンチリバー地区の美しい風景などが目に焼き付いて離れないままだ。新型コロナ禍を乗り越え、多くの日本人が再び「赤毛のアン」の世界を巡れるようになることを強く期待している。
 (「シリーズ『北海道より大きいカナダの島』【12】」に続く)
 (連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)

共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎
1973年4月東京都杉並区生まれ。国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒。1997年4月社団法人(現一般社団法人)共同通信社に記者職で入社。松山支局、大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て、2020年12月から現職。アメリカを中心とする国際経済ニュースのほか、運輸・観光分野などを取材、執筆している。

 日本一の鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。東海道・山陽新幹線の100系と300系の引退、500系の東海道区間からの営業運転終了、JR東日本の中央線特急「富士回遊」運行開始とE351系退役、横須賀・総武線快速のE235系導入、JR九州のYC1系営業運転開始、九州新幹線長崎ルートのN700Sと列車名「かもめ」の採用、しなの鉄道(長野県)の初の新型車両導入など最初に報じた記事も多い。

共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS」などに掲載の鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/culture/leisure/tetsudou)の執筆陣。連載に本コラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)のほか、47NEWSの「鉄道なにコレ!?」がある。

共著書に『平成をあるく』(柘植書房新社)、『働く!「これで生きる」50人』(共同通信社)など。カナダ・VIA鉄道の愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員。FMラジオ局「NACK5」(埼玉県)やSBC信越放送(長野県)、クロスエフエム(福岡県)などのラジオ番組に多く出演してきた。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の元理事。
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