(「シリーズ『北海道より大きいカナダの島』【9】」からの続き)
カナダ東部の北海道より大きな島、ニューファンドランド島の主要都市セントジョンズの国定史跡「シグナルヒル」にある八つの国の首都がある方角と距離を示す棒に、東京はなかったと前号でご紹介した。読んでいただいた方から「この島に於ける日本の存在感が推し量られる気がしました」とメッセージをいただき、私も同感だ。同じ北米では、ゆゆしきことに日本の同盟国であるアメリカ(米国)の首都圏を走る地下鉄が六つある外国語のガイドブックに日本語を用意していない「塩対応」なのだ。
▽米首都の地下鉄ガイドには6外国語にも入らず
日本から見てカナダと同じく地球の反対側で、私が住んでいるアメリカ(米国)の首都ワシントンではどうか。ワシントン首都圏交通局は地下鉄の乗り方を説明したガイドブックを英語のほかに6カ国語で発行しており、フランス語、スペイン語、中国語、韓国語、そしてアムハラ語まで入っているのに日本語はない。
これだけ読んで「日本の国力が落ちているからではないか…」と嘆く方には、ちょっと待っていただきたい。なぜこのようなセレクションになったのかを考えたい。
▽“北米1本足打法”の観光地
首都ワシントンの日本人を含めた駐在員や経験者が「ワシントンは都会のように見えて、実は田舎町だから」と冗談で言うのをしばしば耳にした。これが一面では正しいことは、ワシントンの旅行者獲得促進団体「デスティネーションDC」のデータが物語っている。新型コロナウイルス流行前の2019年にワシントンを訪れた旅行者は約2460万人と過去最高になったものの、うち北米(米国とカナダ、メキシコ)以外からの旅行者はわずか180万人と約7%に過ぎない。
東京都によると、同じ19年に日本の首都・東京を訪れた外国人旅行者は1518万人おり、国際都市の一つである東京とワシントンとでは桁が違う。街のシンボルとなっているワシントン記念塔やスミソニアン協会の博物館群、西洋画や彫刻などの膨大なコレクションを誇る国立美術館などを擁するワシントンも、実質的には地元の北米からの旅行者が9割超を占める“北米1本足打法”の観光地なのだ。
▽北米以外の旅行者数の首位は中国
北米以外からワシントンを訪れた旅行者数の国別を見ると、首位の中国が19万人で前年より16%減った。当時の米国はドナルド・トランプ政権下で、中国からの輸入品に対する関税を上積みする制裁関税を導入するなど米中関係が揺らいでいたのが中国からの旅行者減少の一因になっていたとみられる。2位が英国で17万人、3位はインドで13万3千人、4位はドイツで13万1千人、5位は韓国で11万人と、上位5カ国が10万人を超えていた。
6位はフランスで9万8千人、7位はオーストラリアで6万6千人、8位はイタリアで5万8千人、9位はブラジルで5万5千人、10位はスペインで5万2千人だった。ワシントンが政治都市という背景も考えると、国際連合が定める六つの公用語に含まれているフランス語、中国語、スペイン語を用意したのは自然だ。中国が北米以外の旅行者数で首位となった。フランスは北米以外の旅行者数で6位、スペインは10位にとどまるが、隣国のカナダは英語とともにフランス語を公用語としており、隣国メキシコもスペイン語だからだ。
▽アムハラ語が入っている不思議
国連公用語でも、母国としている国が北米以外の上位10カ国に入っていないロシア語、アラビア語は除いたのかもしれない。しかし、国連公用語ではなく、北米以外の10位にも入っていないエチオピアの事実上の公用語、アムハラ語のガイドブックを用意しているのは不思議だ。話者は約2100万人しかいないとされ、文部科学省の母語人口のランキングによると上位20語にも入っていない。
日本語は国連公用語ではなく、北米以外の上位10カ国にも入っていないので、ワシントン首都圏交通局が積極的にガイドブックを用意するモチベーションを持たないのは仕方がない面もあるのかもしれない。しかし、日本語の母語人口は約1億2500万人と世界9位であり、日本の実質国内総生産(GDP)が米国、中国に次いで世界3位のため経済面で米国との結び付きが強い。
しかも交通局の地下鉄の主力車両「7000系」は日本の大手メーカーの川崎重工業が製造した身近な存在だ。2024年に納入が始まる予定の次世代車両「8000系」は日立製作所のグループ会社が受注し、将来は日系メーカーが造った車両だけで営業運転をする可能性もある。日本が米国の同盟国なのも考慮に入れると「アムハラ語よりは日本語が優先されていいのではないか」というのが率直な心境だ。
▽国際都市ニューヨークでは3外国語入り
対照的なのは世界屈指の国際都市、ニューヨークの都市圏交通公社(MTA)の地下鉄券売機の「神対応」だ。英語以外の3外国語にスペイン語、中国語とともに日本語が入っているのだ。
ニューヨークは日本人からの認知度も高く、ワシントンに比べてはるかに多くの日本人旅行者が訪れている。私もかつてその1人だったが、大勢の日本人が駐在している。それでもニューヨーク州の統計によると、北米以外からニューヨーク市を19年に訪れた旅行者の国別平均消費支出額の上位10カ国に日本は入っていない。
地下鉄券売機に日本語が残っているのは、バブル期の1989年に三菱地所がニューヨーク中心部の高層ビル群「ロックフェラーセンター」を持つロックフェラーグループを買収するなど、ジャパンマネーが猛威を振るっていた時代の“遺産”かもしれない。
一方、同じく日本から見て地球の反対側にもかかわらず、英語の説明文の次に日本語が記されている観光名所がカナダにある。本シリーズ「北海道より大きなカナダの島」でも既にご紹介したと言うとお察しかもしれない。現地事情を次回、お伝えしたい。
(「シリーズ『北海道より大きいカナダの島』【11】」からの続き)
(連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)