旅の扉

  • 【連載コラム】「“鉄分”サプリの旅」
  • 2022年8月20日更新
共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎

街のシンボルが「元の姿」ではない理由 シリーズ「北海道より大きいカナダの島」【9】

△国定史跡「シグナルヒル」の頂上にある「カボットタワー」(2022年7月、ニューファンドランド島・セントジョンズで筆者撮影)zoom
△国定史跡「シグナルヒル」の頂上にある「カボットタワー」(2022年7月、ニューファンドランド島・セントジョンズで筆者撮影)

 (「シリーズ『北海道より大きいカナダの島』【8】」からの続き)
 カナダ東部の北海道より大きな島、ニューファンドランド島の主要都市セントジョンズの住民が「街のシンボル」として胸を張るのが「カボットタワー」だ。貫禄があるゴシック様式の石造りの建物だが、管理している政府機関の国立公園管理局「パークスカナダ」の職員は「元の姿をとどめているわけではない」と驚くべき過去を明かした―。

△「女性たちが見渡す遊歩道」から一望したセントジョンズの市街地(7月、筆者撮影)zoom
△「女性たちが見渡す遊歩道」から一望したセントジョンズの市街地(7月、筆者撮影)

 ▽かつては激しい戦闘の舞台
 国定史跡「シグナルヒル」のハイキングコース「女性たちが見渡す遊歩道」の階段や坂道を上がると、海岸線を一望できる尾根が続いていた。ハイキング客が談笑しながら歩いたり、スマートフォンで記念撮影をしたりと平和な光景が繰り広げられている。
 だが、セントジョンズの“玄関口”に位置するシグナルヒルは、かつては軍事防衛拠点としての性格を持っていた。プロイセンとオーストリアの対立を軸とした七年戦争(1756~63年)では、植民地争奪を巡って英国とフランスが激戦を繰り広げた舞台となった。シグナルヒルには大西洋に銃口を向けた大砲を置いており、昔日の様子を再現している。

△シグナルヒルにある銃口が大西洋を向いた大砲(7月、筆者撮影)zoom
△シグナルヒルにある銃口が大西洋を向いた大砲(7月、筆者撮影)

 ▽北米上陸400年を記念
 シグナルヒルにとどまらずセントジョンズの“顔”となっているカボットタワーの名前は、北米大陸発見者のジョン・カボットに由来する。カボットの北米上陸から400年を迎えたのと、当時のビクトリア英国女王の在位60年を記念して1897年から建設され、1900年に完成した。
 設計図には、タワーの隣に建設する天文台も描かれていた。ところが、天文台は建てられずじまいだった。

△グリエルモ・マルコーニが大西洋横断無線通信の実験に成功したことを説明した記念碑(7月、シグナルヒルで筆者撮影)zoom
△グリエルモ・マルコーニが大西洋横断無線通信の実験に成功したことを説明した記念碑(7月、シグナルヒルで筆者撮影)

 ▽大西洋横断無線通信の受信に成功
 完成翌年の1901年にはグリエルモ・マルコーニが世界で初めて大西洋横断無線通信の実験をし、約3500キロ離れた英国コーンウオールから送られたモールス信号をシグナルヒルで受信に成功した。
 カボットタワーの屋上には、帆船の甲板にあるような棒「マスト」が垂直に立っている。現地で案内をしてくれたパークスカナダの男性職員は「マストに旗を揚げ、セントジョンズに入港しようとしている船舶に信号を送っていました」と説明してくれた。

△シグナルヒルの斜面に咲いたアカバナ科の多年草「ヤナギラン」(7月、筆者撮影)zoom
△シグナルヒルの斜面に咲いたアカバナ科の多年草「ヤナギラン」(7月、筆者撮影)

 ▽パイプを吸った次の瞬間…
 「カボットタワーは1900年に完成した原形なのですか?」と質問すると、職員は首を振ってこう答えた。「1918年にマイケル・カントウェルという当時の管理人が、大量の火薬を格納していたカボットタワーで、よりによってパイプを吸ったのです。火を付けた次の瞬間、何が起きたのか想像できるでしょう」
 猛烈な爆発が起き、壁に積まれていた石が吹き飛ぶとともに出火して建物は大きく損傷した。カントウェルは病院に運ばれたが、数日後に息を引き取った。

△シグナルヒルの広場にある世界の首都の方角と距離を記した棒(7月、筆者撮影)zoom
△シグナルヒルの広場にある世界の首都の方角と距離を記した棒(7月、筆者撮影)

 ▽北京から1万230キロ、東京からは…
 カボットタワーの下には駐車場を備えた大きな広場があり、垂直に立てられた棒に矢印の形の看板が縦に八つ取り付けられていた。看板には世界の首都の距離が記され、矢印が首都の方角を向いている。インドのニューデリーから1万180キロ離れているのを示した看板の前では、男性が「僕はここから来たんだ」と言いながらセルフィー画像を撮っていた。
 中国の北京(距離1万230キロ)や、名前が長いことで知られるスリランカのスリジャヤワルダナプラコッテ(距離1万2390キロ)も見つけた。東京からの距離も気になったが、残念ながら「Tokyo,Japan」と記した看板はなかった…。
 (「シリーズ『北海道より大きいカナダの島』【10】」に続く)
 (連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)

共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎
1973年4月東京都杉並区生まれ。国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒。1997年4月社団法人(現一般社団法人)共同通信社に記者職で入社。松山支局、大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て、2020年12月から現職。アメリカを中心とする国際経済ニュースのほか、運輸・観光分野などを取材、執筆している。

 日本一の鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。東海道・山陽新幹線の100系と300系の引退、500系の東海道区間からの営業運転終了、JR東日本の中央線特急「富士回遊」運行開始とE351系退役、横須賀・総武線快速のE235系導入、JR九州のYC1系営業運転開始、九州新幹線長崎ルートのN700Sと列車名「かもめ」の採用、しなの鉄道(長野県)の初の新型車両導入など最初に報じた記事も多い。

共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS」などに掲載の鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/culture/leisure/tetsudou)の執筆陣。連載に本コラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)のほか、47NEWSの「鉄道なにコレ!?」がある。

共著書に『平成をあるく』(柘植書房新社)、『働く!「これで生きる」50人』(共同通信社)など。カナダ・VIA鉄道の愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員。FMラジオ局「NACK5」(埼玉県)やSBC信越放送(長野県)、クロスエフエム(福岡県)などのラジオ番組に多く出演してきた。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の元理事。
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