(「シリーズ『北海道より大きいカナダの島』【3】」からの続き)
カナダ東部にある北海道より大きな島、ニューファンドランド島へ向かうためにモントリオール国際空港で定刻より1時間半遅れで乗り込んだのはエンブラエル(ブラジル)のジェット旅客機「E175」だった。エンブラエルの「Eジェット」は日本航空(JAL)の子会社も国内線の一部で運航しており、国産初のジェット旅客機と銘打った三菱重工業のMSJ(三菱スペースジェット)が事実上開発を凍結しても“無傷”なのにつながった。
▽座席配置はCRJ900と同じ
エア・カナダグループが運航するエンブラエルE175は全長が約31・7メートルと旧ボンバルディア(現三菱重工業)のジェット旅客機「カナダエア・リージョナル・ジェット(CRJ)900」より5メートル近く短いにもかかわらず、客室の座席配置はビジネスクラス12席、エコノミークラス64席と同じだ。ともに北米の短距離路線向けに使っている機材のため、座席配置を共通化することで効率的に運用する狙いがありそうだ。
エンブラエルE175は全長がCRJ900より短くても、ビジネスクラスの座席の前後間隔は約97センチと3センチ弱長く、エコノミークラスはほぼ同じ約79センチを確保している。しかもCRJ900の窓際の座席は頭部の空間に圧迫感があるのに対し、エンブラエルE175は客室空間を広くする工夫を凝らしている。
▽秘訣は「ダブルバブル構造」
通常の航空機の断面は円形になっているが、Eジェットが採用している「ダブルバブル構造」は二つの円を重ねたような断面になっている。この構造によって競合機と比べて広い客室空間を実現したのが大きな売りで、日本のJALグループや地域航空会社のフジドリームエアラインズ(静岡市)を含めた世界の航空会社に広く採用されている。
このEジェットを「最大のライバル」(元三菱重工幹部)と位置付けて設計されたのがMSJだ。居住性が優れた客室空間を売りにし、主翼の下にジェットエンジンを設けたのはEジェットと共通している。後発のMSJはアメリカ(米国)のプラット・アンド・ホイットニー(P&W)の燃費性能が優れた新型エンジンを採用して「Eジェットより燃費性能を大きく改善させる」(元三菱重工幹部)と息巻いていた。
しかし、エンブラエルは巻き返しに向けてMSJが採用するのと同様の性能を持ったP&Wエンジンを搭載した新シリーズ「Eジェット E2」の導入を公表。このため航空大手幹部は「MSJは日本のメーカーが、日本で組み立てる『日の丸ジェット』という点しかアピールポイントがなくなった」との見方を示した。
▽MSJ納入遅れでANAは別機材を追加発注
MSJの初号機を含めて25機(うち15機が確定契約、10機はオプション契約)を2008年に発注したローンチカスタマー(最初の発注企業)のANAホールディングスは、納入遅れが重なったことで機材繰りに支障が出かねなくなった。このため2016年にカナダのデハビランドのプロペラ旅客機「DHC―8―Q400」を3機、17年に米国ボーイング737―800型を4機それぞれ追加発注している。
これに対して日航は14年になってMSJ32機を全て確定発注したが、変わっていたのが日航子会社のジェイエア(大阪府池田市)で既に運航しているエンブラエルのEジェット27機(うち12機はオプション契約)を購入する契約を同じタイミングで結んだことだ。複数のJALグループ幹部に背景を聞くと「もしもMSJが予定通り納入されれば、三菱重工側がうちのEジェットを買い取ってくれる約束になっている」と打ち明けた。
▽リスク管理で一枚上手だったJAL
日航にMSJを納入する代わりに中古のEジェットを買い取るのかを三菱重工関係者に確認したところ「中古機材を引き取っても、世界に大きな需要があるので売れる」と事実上認めた。
日航はかつて多種多様な機材を運航したことでパイロット養成や整備などの費用がかさみ、経営不振に陥って2010年1月に会社更生法を適用して経営破綻した。中でも旧マクドネルダグラス(現ボーイング)のジェットエンジンを3発備えた「MD11」は1994年の運航開始からわずか10年で全て退役に追い込まれており、元日航役員は「政治家から購入するように圧力を受けて買わざるを得なかったと聞いている」と明かす。
日航は経営再建の一環で機種数を絞り込んでコスト削減を進め、大阪(伊丹)空港を拠点に地方路線を運航しているジェイエアはエンブラエルのEジェットの「E170」(76席)と「E190」(「クラスJ」15席を含む計95席)が中心だ。もしもMSJが納入されればEジェットを順次置き換えて将来はMSJに統一し、不要になったEジェットは引き取ってもらう。万が一MSJが納入されなくてもEジェットの運航を続ければいいという算段だったのだ。「日の丸ジェット」の初号機納入に踏み切ったANAのような華々しい宣伝材料にはならないものの、機材運用のリスク管理では一枚上手だったと言えよう。
▽利用者が着席後も閉まらない扉
モントリオール国際空港で乗り込んだエア・カナダグループのセントジョンズ行きのAC7782便の利用者が機内の座席に腰かけても、客室前方の扉が「バタン」と閉まる音すら聞こえない。すると、「操縦席からご案内します」とパイロットの機内放送で意外な経過報告を受けた。「航空機の運航には2人必要だが、相方のパイロットがまだ到着しておらず、セントジョーンズに向かうのには経験が豊かな彼に乗務してもらうのが不可欠だ。到着後にジェットエンジンを稼働して出発するのでもう少し待ってほしい」
私は運航乗務員全員が既に乗り込んでいると誤解していたが、パイロットのうち1人はまだ到着していなかったのだ。経験が豊富な相方のパイロットに乗務してもらうのが「不可欠だ」と強調したのは、遅れにいらだつ乗客が客室乗務員に「なぜ代わりのパイロットを派遣しないのか」と詰め寄るような事態を避けるために予防線を張ったと思われる。遅延の理由を分かりやすく説明し、相方の到着までシートベルト着用サインを外したパイロットの機転も功を奏して機内で荒れるような乗客は見られなかった。
出発したのは午後3時11分と、定刻の2時間6分遅れだった。カナダ当局の規制に基づくエア・カナダグループの規定によると、一定の条件を満たして出発が2時間以上遅れた場合は飲食を提供するとある。パイロットの1人が到着する前に利用者を機内に乗せたのは、パイロットがそろった後にすぐに出発できる狙いが大きかったとは思う。それに加え、遅延に伴うバウチャーの発券を防いでコスト削減につなげる“機転”も働いたのだろうか!?
(「シリーズ『北海道より大きいカナダの島』【5】」に続く)
(連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)