旅の扉

  • 【連載コラム】「“鉄分”サプリの旅」
  • 2021年7月12日更新
共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎

誤算に続き、警察官出動も 米国屈指の犯罪都市ボルティモア【7】

△BWI空港に駐機中のUPS航空が運航するボーイング767の貨物専用機(筆者撮影)zoom
△BWI空港に駐機中のUPS航空が運航するボーイング767の貨物専用機(筆者撮影)

 (「米国屈指の犯罪都市ボルティモア【6】」からの続き)
 アメリカ(米国)東部メリーランド州ボルティモアの次世代型路面電車(LRT)で、近郊のリンシカム停留所に降り立った。私が乗ってきたのは目的地のボルティモア・ワシトン国際空港(BWI空港)には行かない電車のため、15分後に来るはずのBWI空港行きを待ったところで誤算に気付く。リンシカムは閑静な住宅街で、米国で凶悪犯罪発生率4位の都市ボルティモアとは一線を画した“安全地帯”のはずだ。にもかかわらず、警察官が出動する事態も起きた―。

△LRTのリンシカム停留所に到着するカムデン・ヤーズ行き電車(筆者撮影)zoom
△LRTのリンシカム停留所に到着するカムデン・ヤーズ行き電車(筆者撮影)

 ▽直通の利便性を放棄
 ボルティモア中心部のカムデン・ヤーズ停留所から乗ってきたグレン・バーニー行き電車は途中で七つの停留所に停車後、19分でリンシカム停留所に着いた。ここから南の区間は二股に分岐し、グレン・バーニー行きが東へ向かうのに対し、目指すBWI空港は西にある。
 私はカムデン・ヤーズ停留所でのんびりと写真撮影をしていたところ、BWI空港行きの電車を逃した。そこで時刻を確認したところ、次はグレン・バーニー行きが出発し、その15分後にBWI空港行きが出発することが分かった。BWI空港行きならば1本で終点まで直通する。しかし、あえて利便性を放棄してグレン・バーニー行きにリンシカムまで乗り、後続のBWI空港行きに乗り換えることにした。

△上空から見たワシントン・ダレス国際空港(筆者撮影)zoom
△上空から見たワシントン・ダレス国際空港(筆者撮影)

 ▽誤算に気付く
 ところが、降り立ったプラットホームで誤算に気付いた。ボルティモアの公共交通機関を片道1時間半以内ならば自由に乗れる切符(1・90ドル、約210円)が、リンシカムで電車待ちをしている間に時間切れになった。
 決して高額ではないものの、リンシカムからBWI空港までのわずか8分の乗車のために1時間半有効な切符を再度購入するのは損に感じられる。もしもカムデン・ヤーズ停留所に停車していたBWI空港行きの電車に乗っていれば、幸先よく1枚の切符で到着できたのに…。
 乗り遅れた結果、私はボルティモアの同じ切符を3回購入することになった。まずは「パラダイス」と略された停留所名にひかれ、ウエストボルティモア地区から路線バスに乗った際に1回買った。ここから折り返したため、もう1回入手した。それが時間切れになり、再び買うことになった。結果論ではあるが、4・40ドル(約480円)の1日乗車券を買ったほうが150円ほどお得だった。

△UPS航空は3発機のMD11の貨物専用機も運航(ワシントン・ダレス国際空港で筆者撮影)zoom
△UPS航空は3発機のMD11の貨物専用機も運航(ワシントン・ダレス国際空港で筆者撮影)

 ▽“安全地帯”のはずが…
 リンシカムは人口1万1千人余りの小さな町だ。不動産情報サイト「ネイバーフッド・スカウト」によると、人口1千人当たりの殺人や強盗といった凶悪犯罪の発生率は3・12件と、ボルティモアの19・0件を大きく下回る。メリーランド州平均の4・54件も下回っており、ボルティモア近郊の閑静な住宅街という位置付けだ。
 ところが、プラットホームが対面式になったリンシカムの停留所から反対側のホームを眺めていると、ウエストボルティモア地区を歩いていた時と同じような緊張感に襲われた。暴言を吐きながら徘徊している不審な黒人男性がおり、停留所内にある踏切を渡ってこちらのホームに来たり、再び反対側のホームに戻ったりと落ち着かない様子だ。
 通話している相手に怒りをぶつけているのか、独り言を愚痴っているのかは判然としない。私のことは気にしていない様子だが、目立つ行動を取るべきではないと判断して持っていたデジタルカメラをカバンにしまった。

△ウエストボルティモア地区の風景(筆者撮影)zoom
△ウエストボルティモア地区の風景(筆者撮影)

 ▽まるでデジャブ?
 次の瞬間、この男性に警察官が近づいてきた。この旅の始まりで、ウエストボルティモア駅で警察官が不審者に近づいていたデジャブ(既視感)のようだ。
 会話はよく聞こえなかったものの、職務質問をしている様子だ。男性は「俺は何も悪いことはしていない」とばかりに弁解しているように映った。
 なぜ男性の不審な行動に早々と気付いたのだろうか?そう疑問を持ちながらプラットホームにそびえ立つ柱の先を見ると、防犯カメラがホームに向けられていた。しっかりと停留所の様子を監視しているのだ。
 すると、BWI空港行きの電車が定刻で到着した。男性も嫌疑が晴れたとみられ、警察官から解放されると踏切を渡って同じ電車に乗り込んできた。
 電車は発車後に木々が生い茂った中を延びている線路を進む。やがてグレン・バーニーへ向かう線路から分かれ、弧を描くように右へ向かう。トンネルのように続く長い雑木林を抜けると、そこは空港の誘導路だった。格安航空会社(LCC)大手のサウスウエスト航空のハブ(拠点)空港、BWI空港だ。

△BWI空港に姿を見せた「空の女王」(筆者撮影)zoom
△BWI空港に姿を見せた「空の女王」(筆者撮影)

 ▽ワシントンの茨城空港?
 傍らには貨物ターミナルもあり、物流大手UPS傘下のUPS航空が運航する米国ボーイングのジェットエンジンを2機備えた双発機、767の貨物専用機が止まっていた。私はUPS航空の機種の中では米国マクドネル・ダグラスのジェットエンジンを主翼に2機、尾翼の下部に1機それぞれ備えた3発機のMD11が最も好みだが、BWI空港では見当たらなかった。
 旅客機も数機見えたものの、旅客便と貨物便の両方が発着する空港とは思えないようなのんびりした雰囲気が漂う。
 というのも、BWI空港はLCCが中心のローカル色が強い空港だからだろう。
 首都ワシントン周辺には、羽田空港と結ぶ全日本空輸の路線も発着するワシントン・ダレス国際空港、米国内線が中心のワシントン・ナショナル空港がある。首都圏の空の玄関口に例えるのならば、ダレス空港が成田空港、ナショナル空港が羽田空港に相当する。BWI空港はさしずめ茨城空港といったところか。
 そんなことを考えながら車窓を眺めていると、気になる航空機が見えてきたため慌ててデジタルカメラを向けた。引退が相次いでいる「空の女王」の姿がそこにはあった…。
 (「米国屈指の犯罪都市ボルティモア【8】」に続く)
 (連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)

共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎
1973年4月東京都杉並区生まれ。国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒。1997年4月社団法人(現一般社団法人)共同通信社に記者職で入社。松山支局、大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て、2020年12月から現職。アメリカを中心とする国際経済ニュースのほか、運輸・観光分野などを取材、執筆している。

 日本一の鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。東海道・山陽新幹線の100系と300系の引退、500系の東海道区間からの営業運転終了、JR東日本の中央線特急「富士回遊」運行開始とE351系退役、横須賀・総武線快速のE235系導入、JR九州のYC1系営業運転開始、九州新幹線長崎ルートのN700Sと列車名「かもめ」の採用、しなの鉄道(長野県)の初の新型車両導入など最初に報じた記事も多い。

共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS」などに掲載の鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/culture/leisure/tetsudou)の執筆陣。連載に本コラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)のほか、47NEWSの「鉄道なにコレ!?」がある。

共著書に『平成をあるく』(柘植書房新社)、『働く!「これで生きる」50人』(共同通信社)など。カナダ・VIA鉄道の愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員。FMラジオ局「NACK5」(埼玉県)やSBC信越放送(長野県)、クロスエフエム(福岡県)などのラジオ番組に多く出演してきた。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の元理事。
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