旅の扉

  • 【連載コラム】「“鉄分”サプリの旅」
  • 2021年4月11日更新
共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎

鉄道旅行賞の日本一、「100%的中」の審査員が予想 鉄旅オブザイヤー2020年度

JR九州の前面展望を楽しめる観光列車「あそぼー い!」=2020年9月28日、大分市(筆者撮影)zoom
JR九州の前面展望を楽しめる観光列車「あそぼー い!」=2020年9月28日、大分市(筆者撮影)

 優れた鉄道旅行商品を選ぶ「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」の第10回となる2020年度の四つの部門賞が21年4月7日に発表され、20年7月の豪雨で大きな被害を受けた九州への旅行が半分の2部門を獲得した。今回は新たな試みとして最高賞の「グランプリ」を4部門の中から審査員らが決選投票で選び、鉄道博物館(さいたま市)で4月21日に開く授賞式で発表予定だ。審査員の一人である筆者は、4部門の審査で受賞した商品にそれぞれ最高得点を付けており、推したツアーが「100%的中」した。本稿で各部門の受賞商品をご紹介し、どの商品がグランプリに輝くのかを予想したい。

△肥薩おれんじ鉄道のレストラン列車「おれんじ食堂」=19年8月2日、鹿児島県内(筆者撮影)zoom
△肥薩おれんじ鉄道のレストラン列車「おれんじ食堂」=19年8月2日、鹿児島県内(筆者撮影)

 ▽「鉄道旅行のアカデミー賞」
 鉄旅オブザイヤーは、国内の鉄道旅行に贈られる賞の代表格で、テレビ番組で「鉄道旅行のアカデミー賞」と紹介されたこともある。旅行会社がその年度の10月までに催行または開催を決めた国内の鉄道旅行を対象として応募を募り、日本一となるグランプリなどの賞を選ぶ。
 旅行業界でつくる鉄旅オブザイヤー実行委員会が主催し、後援にはJR北海道、東日本、東海、西日本、四国、九州のJR旅客6社全てと、私鉄でつくる日本民営鉄道協会、日本旅行業協会といった鉄道・旅行業界の主要企業・団体がそろう。
 東日本大震災で落ち込んだ旅行需要の回復を目指して2011年度に始まって毎年実施。旅行会社に贈る賞は実行委員会の一次審査で候補を選び、審査員は委員長の芦原伸・日本旅行作家協会専務理事、筆者ら計11人・1団体。企画力や独創性、乗車する列車や路線の魅力度などを採点して評価している。
 10回目の節目となる20年度は旅行会社からの応募が45件と、前年度の85件からほぼ半減した。20年度の応募対象となったのは旅行会社が20年10月までに催行または実施が決まっている日本国内を目的地とする企画旅行で、20年度は新型コロナウイルス流行によって企画見直しを迫られたり、催行中止に追い込まれたりしたのが響いた。

JR九州「はやとの風」=JR九州の観光列車「はやとの風」=1 9年3月24日、鹿児島県内(筆者撮影)zoom
JR九州「はやとの風」=JR九州の観光列車「はやとの風」=1 9年3月24日、鹿児島県内(筆者撮影)

 ▽豪雨被害の三セク鉄道を訪問
 添乗員が案内をするツアーを対象にした「エスコート部門賞」は、クラブツーリズムの東京駅を発着して2泊3日で豪雨被災地の熊本、鹿児島両県を巡る1人での参加者向けの商品「〈ひとりの贅沢(ぜいたく)〉『九州鉄道三昧~4社共同特別企画くまもと応援編~3日間』が選ばれた。
 この商品は20年10月以降に催行し、20年7月に九州などを襲った豪雨で大きな被害を受けて全線で運休している第三セクター、くま川鉄道(熊本県)を訪問。また、豪雨後に一部区間が不通になった肥薩おれんじ鉄道(熊本、鹿児島両県)で沿線食材を生かした料理を楽しめるレストラン列車「おれんじ食堂」に乗車して東シナ海を眺めながら夕食を楽しんだり、16年の熊本地震で被災して一部区間の不通が続く三セクの南阿蘇鉄道(熊本県)のトロッコ列車に乗車したりして復興を応援する。旅行代金は1人当たり17万9千円に(政府の観光支援事業「Go To トラベル」適用後で15万1千円)に達するが、売り上げの一部を支援金として各社に支払った。
 JR九州の人気がある観光列車「A列車で行こう」や「はやとの風」なども楽しめる行程で、企画担当者は「一つ一つ不可能を可能にする針穴に糸を通すような作業の積み重ねで実現した」だったと振り返る。

「せとうち広島デスティネーションキャンペーン」 の開催地の一つの岡山県を走る路面電車、岡山電気軌道の「おかでんチャギント ン」=20年9月20日、岡山市(筆者撮影)zoom
「せとうち広島デスティネーションキャンペーン」 の開催地の一つの岡山県を走る路面電車、岡山電気軌道の「おかでんチャギント ン」=20年9月20日、岡山市(筆者撮影)

 ▽JR豊肥線全線再開の起爆剤に
 個人旅行商品を対象にした「パーソナル部門賞」は、JTBの「豊肥本線に乗ろう!阿蘇・熊本」が選ばれた。熊本地震で大きな被害を受け、20年8月8日に約4年4カ月ぶりに全線が再開したJR豊肥線の利用促進と沿線観光地の活性化に向け、関西発着で旅行代金を1人当たり2万5千円から4万円と比較的手頃に設定。運転席を2階に設けることで前面展望を楽しめるようにしたJR九州の観光列車「あそぼーい!」の乗車を提案した。
 筆者は「JR九州豊肥線の全線再開は熊本地震からの復興の象徴であり、本プランは新型コロナ禍による旅行者激減に直面した熊本県・阿蘇などの沿線観光地を盛り上げる起爆剤になったと受け止めています」と評価。その上で、豊肥線全線再開時に共同通信福岡支社編集部次長として報道に携わった立場から「被災地に旅行客を送り続ける長期的視点の復興支援を続けてほしいと、地球の反対側のワシントン支局に異動した今も強く願っています」との声を寄せた。
 また、JR旅客6社と地元自治体が開催する大型観光企画「デスティネーションキャンペーン」(DC)が20年度に開催された地域を対象にした「DC部門賞」は、日本旅行の「せとうち広島デスティネーションキャンペーン JRで行く!瀬戸内スペシャル」が選出された。パンフレットではJR西日本の観光列車「ラ マル ド ボア」や「etSETOra(エトセトラ)」の乗車、広島県と愛媛県を結ぶ「瀬戸内しまなみ海道」のサイクリングといった幅広いモデルコースを提案した。

△2019年度の鉄旅オブザイヤー授賞式後の記念撮影=20年2月5日、さいたま市の鉄道博物館(鉄旅オブザイヤー運営事務局提供)zoom
△2019年度の鉄旅オブザイヤー授賞式後の記念撮影=20年2月5日、さいたま市の鉄道博物館(鉄旅オブザイヤー運営事務局提供)

 ▽グランプリの本命は…
 鉄道ファンの参加を意識したツアーが対象の「鉄っちゃん部門賞」に輝いたのは「三セク鉄道のオリジナル印“鉄印”がもらえる『鉄印帳』付ツアー 9つの列車をツナグ!みちのく鉄道周遊」だ。第三セクター鉄道等協議会、読売旅行、旅行読売出版社、日本旅行が催行した。
 鉄印は御朱印の鉄道版。第三セクター鉄道等協議会に加盟する40の三セク鉄道を訪れて乗車券と記帳料(300円以上)を支払うと、「鉄印帳」という専用の冊子に鉄印を集められる。鉄印は各社によって図柄が異なり、手書きやスタンプ、プリントなど様々だ。
 40鉄道の鉄印を全て収集すると、「鉄印帳マイスターカード」を発行してもらえるというコレクター心理をくすぐる仕掛けだ。鉄印は大きな話題を呼び、専用の冊子「鉄印帳」は売り切れが続出。19年度決算で経常損益が赤字だったのは8割の32社に上り、新型コロナ禍に旅客源で総崩れの様相を呈している三セク鉄道にとって収入を補う“福音”となった。
 旅行中に岩手県の三セク鉄道の三陸鉄道とIGRいわて銀河鉄道、秋田県の秋田内陸縦貫鉄道の鉄印を収集でき、東日本大震災で被災後に復旧を果たした三陸鉄道では社員が震災時の様子を説明するなど社会学習の要素も採り入れた。
 20年度の4部門でそれぞれ最高得点を付けたツアーが全て受賞した筆者は、うち最高得点となる60点満点で58点を付けた「鉄っちゃん部門賞」の受賞商品が「グランプリの本命になる」と予想している。三セク鉄道にとって干天の慈雨となった“鉄印ブーム”に火を付けたことを高く評価し、「第三セクター鉄道等協議会加盟40社を巡る鉄印集めを一時的な流行に終わらせず、四国八十八カ所お遍路のように定着させ、旅行者呼び込みの柱に育つことを大いに期待しています!」とコメントした。

△19年度の鉄旅オブザイヤー授賞式で紹介された筆者のコメント=20年2月5日、さいたま市の鉄道博物館zoom
△19年度の鉄旅オブザイヤー授賞式で紹介された筆者のコメント=20年2月5日、さいたま市の鉄道博物館

 ▽グランプリを軒並み“的中”の理由
 筆者は13年度に審査員となってから8年目となり、19年度までの7年間いずれも最高得点を付けたか、それに準じるような高得点を付けたツアーがグランプリに輝いている。20年度は前述の通り、4部門賞それぞれで最高得点を付けた商品がいずれも受賞した。
 「応募商品に参加してから採点するのか?」と聴かれたことがあるが、筆者はいずれのグランプリ商品も審査前に参加したことはない。というのも、審査員を務めている8年間のうち鉄道旅行が活発な東京にいたのはわずか約2年半という異色の系譜だからだ。
 筆者は13年8月から16年10月までの約3年2カ月は勤務先の共同通信社ニューヨーク支局に駐在し、18年12月から20年9月は福岡支社に勤務し、20年12月にワシントン支局へ赴任した。このため、授賞式に出席できたのも残念ながら本社(東京)の編集局経済部に所属していた16年度と17年度だけだ。
 「参加していない旅行の内容を、どうして採点できるのか」と首をかしげられることもあるが、おそらく他の審査員の方々の多くと採点するベクトルが一致しているからだと確信している。それは応募作品が参加者に満足感を与え、コストパフォーマンスも高く、旅行先の鉄道会社や地域経済の振興にも一役買うような「プロの仕事」とうならせる内容かどうかだ。
 また、筆者は審査員の報酬を一切受け取っていないボランティアであり、20年度は筆者の勤務先のライバル企業のグループ会社が携わった商品にも最高得点を付けたように客観的で公平中立に採点しているのも優れたツアーを見抜く“審美眼”につながっていると自負している。
 新型コロナウイルスの流行は日本各地の鉄道や地域経済に大きな打撃を与えており、回復の道筋をつける有効な手段の一つとなるのが経済への波及効果が大きい鉄道旅行だ。授賞式ではそれを体現したツアーが栄冠に輝き、新型コロナ禍からの回復に一筋の光が差し込むことを地球の反対側から強く願っている。
(連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)

共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎
1973年4月東京都杉並区生まれ。国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒。1997年4月社団法人(現一般社団法人)共同通信社に記者職で入社。松山支局、大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て、2020年12月から現職。アメリカを中心とする国際経済ニュースのほか、運輸・観光分野などを取材、執筆している。

 日本一の鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。東海道・山陽新幹線の100系と300系の引退、500系の東海道区間からの営業運転終了、JR東日本の中央線特急「富士回遊」運行開始とE351系退役、横須賀・総武線快速のE235系導入、JR九州のYC1系営業運転開始、九州新幹線長崎ルートのN700Sと列車名「かもめ」の採用、しなの鉄道(長野県)の初の新型車両導入など最初に報じた記事も多い。

共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS」などに掲載の鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/culture/leisure/tetsudou)の執筆陣。連載に本コラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)のほか、47NEWSの「鉄道なにコレ!?」がある。

共著書に『平成をあるく』(柘植書房新社)、『働く!「これで生きる」50人』(共同通信社)など。カナダ・VIA鉄道の愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員。FMラジオ局「NACK5」(埼玉県)やSBC信越放送(長野県)、クロスエフエム(福岡県)などのラジオ番組に多く出演してきた。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の元理事。
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