オーストラリア コーヒーワンダーランド
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オニバスコーヒーの店先にて/コーヒーを楽しむ筆者 Photo by Atsushi Sakao
さて、今日は何のお話をしましょうか。
遠い外国の話も良いですけど、たまにはローカルな話題はいかがですか?まずは僕の日常生活がどんなか少しだけ披露いたしましょう。以前にも話題にしたことがありますが、僕は1日のほとんどを自宅から半径2~3kmのエリア内から出ることなく生活しています。移動手段は徒歩か自転車。電車や車に乗ることはほとんどありません。経営しているお店は2軒ともエリア内にありますし、趣味で通っているキックボクシングジムやフィットネスクラブも自転車で10分ぐらいのところにあります。
キックボクシングジムには週1回か2回ぐらいのゆるいペースで通っています。もう5年以上になりますが、いつになってもジムに行く前は少し緊張します。趣味とはいえ、やはり殴る蹴るの格闘技ですからね。コーチ陣だって真剣です。こちらも中途半端な気持ちはいけません。で、ジムと自宅のちょうど中間点に小さなコーヒーショップがありましてね。ここでコーヒーを飲んで、気持ちを入れ替えてジムに向かうのです。
この店のコーヒーが本当に美味しいの。コーヒーがどんどん進化しているということを、ここで知りました。コーヒーはもちろんのこと、お店の空気感もすごくいい。店のドアを開けるといきなり、どう考えてもオーバースペックなサイズの焙煎マシンがドカンと置かれていて強烈なインパクトを放っています。エスプレッソマシンを装備したカウンター、テーブル3台、椅子6脚。狭いスペースをうまく利用した造作にもインテリアにもオーナーの趣味の良さがうかがえます。いったい誰がデザインしたのかしら?
何と、お店は設計から造作まで全部オーナーが自分でやったんですって。それもそのはず、コーヒー屋の前は建築畑にいたそうな。大工さんだったこともあるそうです。どうりでね。しかし何でコーヒー屋になろうと思ったの?
「旅行でオーストラリアに行ったんです。あっちはコーヒー先進国で、もう街のいたるところ、ワンブロックにひとつづつぐらい小さなカフェがあって、どの店でも本当に美味しいコーヒーが飲めるんですよ。もうカルチャーショック受けちゃって。」
オーストラリアでコーヒーの洗礼を受けた青年はその後、あちこちから情報を収集し各地のカフェを訪れてはコーヒーを飲み歩き、自分でコーヒーショップを持つことを決意します。帰国後、あるバリスタの店に入門して修行を積み、世田谷区の奥沢に小さなコーヒーショップを開業します。コーヒーに対しては誰にも負けないぐらいの燃えるような情熱を持っている。でも、彼の目的は単にコーヒーを提供することだけではありません。
「そんなにカフェがたくさんあってお客さんの取り合いにならないのかな?」
「それがならないんです。小さな店でも1日500杯ぐらいのコーヒーが売れるんですよ。どの店でもですよ。それって素晴らしくないですか?」
素晴らしいと思います。カタい話になりますが、そもそもカフェってそんなに簡単に繁盛するようなビジネス業態ではないですからね。カフェの開業は野菜を作るのに似ています。カフェがその土地に根付くためには、それを受け入れる文化的土壌が必要です。文化がなければ自分で土を耕して、種をまいて、水をやり、それが育つのを辛抱強く待つしかない。
さておき、コーヒーを求めてカフェを訪れるような人たち、それは心に詩と花を持っている人たちです。青年が訪れたオーストラリアのその街には、もともと心が裕福な人たちが集まっていたのでしょう。逆説的に言えば、あちこちにカフェがあることが、その街の人の心を美しい詩と花で満たしているのかも知れません。
小さなカフェ。店のイメージにぴったりの素敵な人が美味しいコーヒーを入れている。エスプレッソマシンの蒸気の音や、人々の笑い声や、気持ちの良い音楽が店の外まで聞こえて来る。コーヒーの豆を焼く香ばしい香りが通りに漂っている。朝のコーヒーを求める客、1日に何回も顔を出す客、読書にふける客、そこで交わされる他愛のない会話。ああ、何だかコーヒーが飲みたくなってきちゃったね。あいにく今は早朝4時。さすがに営業しているカフェはありません。しょうがないから自分で入れますか。お湯が沸くまでの間、しばし、まだ見ぬコーヒーワンダーランド、オーストラリアについて思いを馳せることにいたしましょう。
あ、そうそう。コーヒーショップの名前は「オニバスコーヒー」。「オニバス」とはポルトガル語で「公共バス」という意味、「万人の為に」という語源を持つ言葉だそうです。
え?今回はいつもみたいなロマンティックな妄想がないじゃないかって?いえいえ。コーヒーはそれだけでじゅうぶんロマンスなんですよ。