旅の扉

  • 【連載コラム】「“鉄分”サプリの旅」
  • 2020年3月13日更新
共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎

デビュー前に試乗も!今春の新型鉄道車両を採点

△JR東日本の新型特急「サフィール踊り子」=神奈川県湯河原町で筆者撮影zoom
△JR東日本の新型特急「サフィール踊り子」=神奈川県湯河原町で筆者撮影

 今年春の3月14日のJRグループのダイヤ改正で、JR東日本が東京都心部と静岡県・伊豆半島を結ぶ新たな特急「サフィール踊り子」の運行を始め、1990年から約30年間活躍してきた一部2階建ての人気特急「スーパービュー踊り子」(3月13日で運転終了)に取って代わる。JR九州は新型ハイブリッド車両「YC1系」の営業運転を始める。
 近畿日本鉄道も同じ3月14日に2年ぶりにダイヤを変え、大都市の名古屋市と大阪市を結ぶ名阪特急で座席の前後間隔が国内最大級のプレミアム車両を備えた新型車両「ひのとり」が登場する。新型コロナウイルスの感染拡大で外出を手控える動きが広がる中、筆者がそれぞれのデビューに先駆けていち早く実物を見学し、一部は試乗。独断と偏見で「ミシュランガイド」のように3つ星満点で採点した。

△ダイヤ改正前日の3月13日で運転を終える特急「スーパービュー踊り子」=湯河原町で筆者撮影zoom
△ダイヤ改正前日の3月13日で運転を終える特急「スーパービュー踊り子」=湯河原町で筆者撮影

 ▽フェラーリと四季島に続く豪華特急
 イタリアのスーパーカー、フェラーリの「フェラーリ・エンツォ」やJR東日本の豪華寝台列車「トランスイート四季島」を手掛けた奥山清行氏がデザインしたのが、2020年3月14日のダイヤ改正でデビューする特急「サフィール踊り子」の新型車両E261系だ。主に東京駅と人気保養地の伊豆半島にある伊豆急下田駅を結び、途中でJR東海道新幹線と伊東線、私鉄大手の東急傘下の伊豆急行を経由する。
 メタリックブルーを基調にした外観が特色の8両編成で、天井の両側に天窓を設けて開放感を演出。うち伊豆急下田側のにはグリーン車を上回る「プレミアムグリーン車」を新設し、横2列に20席だけ設けた本革座席はボタンを押すだけで背もたれを倒したり、フットレストを動かしたりできる。
 座席の後ろ側に「バックシェル」という覆いがあるため、背もたれを倒しても後ろの座席にはみ出すことはない。このため、後ろの人に気兼ねせずに好きなだけ背もたれを倒すことができ、天窓からは青空がのぞく。天窓の視界を遮らないように、座席の上の荷物を置く棚をなくしている。
 それでは、荷物はどこに置くのか?足元に収納スペースがあり、車両の後ろ側にはスーツケースといった大きな荷物を置けるスペースも設けた。また、家族連れや友人同士といったグループ向けに2人用と4人用、6人用のグリーン個室もあり、ソファーに腰掛けながら談笑できる。

△JR九州の「YC1系」=長崎市で筆者撮影zoom
△JR九州の「YC1系」=長崎市で筆者撮影

 ▽3つ星満点で採点は…
 中間車両の4号車には、ラーメンをその場で調理して提供するカフェテリアを設けた。温かいしょうゆ味のラーメンの「ヌードル」を1杯650円で食べられ、飲食店格付け本「ミシュランガイド東京2020」で2つ星を獲得した日本料理店「傳」の長谷川在佑料理長が監修した。
 私は学生時代に塾講師をしていた神奈川県湯河原町を1月に再訪し、帰路に湯河原駅のプラットホームに降り立つと「あ、新しい車両が入ってきた」という声が聞こえた。滑り込んできたのは、営業運転開始に向けて試運転中の「サフィール踊り子」だった。窓のブラインドを閉めているため車内の様子はうかがえなかったが、フランス語で宝石を意味する「サフィール」(Saphir)に似つかわしい美しさに息をのんだ。
 ヌードルを監修したのがミシュランガイド2つ星シェフなのをちなみ、星3つを満点で鑑定すると「サフィール踊り子」E261系は星2つ半。
 スーパーカーのように格好良く、配色も洗練された外観は3つ星に値する。しかし、目玉のプレミアムグリーン車が東京―伊豆急下田間の運賃と料金合計が大人1万1430円(通常期)なのは高額すぎる。この内装でグリーン車の料金(通常期で9110円)ならば3つ星だっただけに惜しい!

△YC1系に置き換えられるキハ66・67=長崎市で筆者撮影zoom
△YC1系に置き換えられるキハ66・67=長崎市で筆者撮影

 ▽正面にクリスマスツリー?
 JR九州はディーゼルエンジンで発電し、モーターで走る省エネルギー化したハイブリッド車両「YC1系」を3月14日から営業運転する。ステンレス製車両の2両編成で、当初は4編成、計8両が導入される。長崎県の県庁所在地の長崎駅と主要都市の佐世保駅を長崎線、大村線、佐世保線を通って結び、快速や区間快速の「シーサイドライナー」と普通列車の一部で運用する。大村線沿線からは美しい大村湾の車窓を楽しめる。
 形式名についている「YC」はなんと、「やさしくて力持ち」をローマ字にした頭文字の略。まるで野球漫画「ドカベン」の主人公、山田太郎を指す「気は優しくて力持ち」のようだ…。
 「やさしくて」と売り込んでいるのがバリアフリー化だ。現在使っている日本国有鉄道(国鉄)時代の1974~75年に製造されたキハ66・67は乗降口に段差があるが、YC1系は段差をなくしたしたため車いすでも乗り降りやすく、車いすでそのまま入れる多機能トイレを設けている。また、利用客が少ない駅ではボタンを押すことで扉を開閉できる仕組みを採り入れることで、車内の冷房や暖房の効率を高められるのも優しい配慮だろう。
 そして、キハ66・67より燃料消費量をおよそ2割低減しながら、ハイブリッド車両なので「力持ち」の走りも発揮する。
 JR九州は少子高齢化を背景に鉄道輸送人員が頭打ちになり、収益が厳しくなっている中で省エネ車両の導入を進めて運行経費の圧縮を目指している。このため幹部は「YC1系を順次増やし、キハ66・67を全て廃車にする」と話しており、全国で長崎県だけにダイヤ改正前で計28両が残るキハ66・67は絶滅へのカウントダウンが始まった。
 そんな「やさしくて力持ち」をうたったYC1系の評価は星1つ半にとどまる。難点は、先頭部を真っ黒に塗り、周囲にLED、発光ダイオードを並べて縁取った洗練されているとは言いがたい外観だ。このデザインは、JR九州の豪華寝台列車「ななつ星in九州」で知られる水戸岡鋭治氏が手掛けた。
 鉄道ファンからは「花電車」とも、「キャバレー電車」とも揶揄されているが、厳しい声は日本だけにとどまらない。米国人の友人に写真を見せると、「まるで酔っぱらいが、電飾の付いたクリスマスツリーを列車の正面にくくりつけたような奇妙なデザインだ」と口さがない批評を加えていた。
 案内表示が日本語のほかに英語、中国、韓国語を含めた計4カ国語に対応したという特色は、「さすがは2つの世界文化遺産を抱える国際観光地の長崎県を走る列車だ」と一瞬感心した。ところが、4カ国語に対応したのは側面の行き先表示だけで、車内の案内表示は日本語だけという。これでは外国人利用者に「やさしい」とは言いがたい。
 改善して星半分の評価を向上させ、「ふたつ星inJR九州」と呼べる存在に昇華してほしい。

△近畿日本鉄道の新型特急「ひのとり」=大阪府東大阪市で筆者撮影zoom
△近畿日本鉄道の新型特急「ひのとり」=大阪府東大阪市で筆者撮影

 ▽17年ぶりの新型名阪特急の実力は!?
 一方、近鉄は名阪特急で、約17年ぶりの新型車両「ひのとり」80000系を3月14日に導入する。翼を大きく広げて飛ぶ「火の鳥」をイメージしており、大きなガラスを用いた流線形の先頭部はスピード感があり、メタリックレッド色の塗装とよく似合う。私は報道関係者向けの試乗会に呼んでいただき、休みを取って往復は“自腹”で駆け付けて乗り込んだ。
 売りは座席の前後間隔が1・3メートルと列車で国内最大級の「プレミアム車両」だ。両端の床を高くしたハイデッカー車両で、乗降口のデッキから階段を上がって自動扉をくぐると赤じゅうたんが敷かれたVIP空間が待ち受けていた。
 横に3列、1両に計21席だけで両端の計2両にあるプレミアム車両に腰掛けてみた。クリーム色の本革座席はボタンを押すだけで背もたれが倒れ、フットレストを動かすことができ、ヒーターも内蔵している。高さを変えられるまくら備えている。
 「どこかで乗った覚えがある座席だな」と思った次の瞬間に気付いたのが、東北・北海道新幹線などの一部車両に連結している最上級クラス「グランクラス」の座席だ。実際、どちらも座席の前後間隔は1・3メートルと鉄道で日本最大級だ。
 運行区間の近鉄名古屋(名古屋市)―大阪難波(大阪市)をプレミアム車両で移動した場合、乗車券と特急料金のほかに大人で900円が必要で合わせて5240円となる。この区間は約190キロあり、東北新幹線や北陸新幹線などのグランクラスならば飲料・軽食を提供しない場合も、乗車券と特急料金のほかに5250円(200キロまで)が上乗せになる。
 つまり、総額でもグランクラスの追加料金よりも10円安く、同じくらいの距離がある名阪間でグランクラス風の豪華座席でくつろげるのだ。

△近鉄の「ひのとり」のプレミアム車両の座席=筆者撮影zoom
△近鉄の「ひのとり」のプレミアム車両の座席=筆者撮影

 ▽逆転の発想
 一見すると、「そんなに出血サービスをしてしまっていいのか!?」と疑いたくなるダンピングのように映る。だが、名阪間といえば名古屋―新大阪間を最短48分で結ぶスターの東海道新幹線「のぞみ」がある。これに対し、最高時速130キロのひのとりは近鉄名古屋と、JR大阪環状線と接続する鶴橋駅(大阪市)の間でも最短1時間59分かかり、スピード競争では到底太刀打ちできない。
 そこで、近鉄は逆転の発想に行き着いた。ひのとりの開発責任者の深井滋雄・近鉄技術管理部長は「新幹線ほどの速達性を求めず、2時間をくつろいで過ごしたい利用客を是非増やしたい新幹線ほどの速達性を求めず、2時間をくつろいで過ごしたい利用客を是非増やしたい」という戦略を打ち明けた。
 近鉄名古屋―大阪難波間をプレミアム車両で移動した場合、東海道新幹線「のぞみ」の新大阪―名古屋の指定席に乗った場合の6680円(通常期)より1440円安く、自由席の5940円と比べても700円安い。近鉄は東海道新幹線に比べて所要時間が1時間長いデメリットを逆手に取り、グランクラスに似た優雅体験を提供する「ひのとり」の投入で長時間乗りたくなる車内空間を実現したのだ。
 なお、近鉄名古屋―大阪難波間で大人ならばプレミアム車両より700円安い4550円の「レギュラー車両」も、座席の前後間隔は1・16メートルとJRの特急のグリーン車並み。プレミアム車両と同じく座席の後ろ側にバックシェルがあり、背もたれをどれだけ倒しても後ろの座席に響かない。このため気兼ねせずに好きな角度までリクライニングでき、バックシェルを全席に設けた列車は国内で初めてとなった。
 ひのとりの試乗会は大阪上本町(大阪市)―榛原(奈良県宇陀市)を往復する約1時間半の行程だったが、終わったときに「えっ、もう終わり?」と後ろ髪を引かれる思いだった。つまり、名阪間を2時間乗りたくなる期待以上の素晴らしい車内空間だったということだ。
 よって、戦略通りの快適空間を実現したひのとり80000系には満点の3つ星を進呈したい。おめでとうございます!
 現在は新型ウイルスの感染拡大懸念を背景に旅行や出張を手控える動きが広がり、渾身の新型特急車両となったJR東日本のサフィール踊り子も、近鉄のひのとりも出ばなをくじかれてしまった格好だ。
 ただ、サフィールすなわち宝石は時を超えた美しさを誇り、火の鳥は永遠の時を生きるとされる。両方の特急車両にはそれらの由来に似つかわしく、新型ウイルスの終息後に息の長い活躍を続けることで旅行需要を盛り上げることを強く期待したい。
(連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)

共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎
1973年4月東京都杉並区生まれ。国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒。1997年4月社団法人(現一般社団法人)共同通信社に記者職で入社。松山支局、大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て、2020年12月から現職。アメリカを中心とする国際経済ニュースのほか、運輸・観光分野などを取材、執筆している。

 日本一の鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。東海道・山陽新幹線の100系と300系の引退、500系の東海道区間からの営業運転終了、JR東日本の中央線特急「富士回遊」運行開始とE351系退役、横須賀・総武線快速のE235系導入、JR九州のYC1系営業運転開始、九州新幹線長崎ルートのN700Sと列車名「かもめ」の採用、しなの鉄道(長野県)の初の新型車両導入など最初に報じた記事も多い。

共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS」などに掲載の鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/culture/leisure/tetsudou)の執筆陣。連載に本コラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)のほか、47NEWSの「鉄道なにコレ!?」がある。

共著書に『平成をあるく』(柘植書房新社)、『働く!「これで生きる」50人』(共同通信社)など。カナダ・VIA鉄道の愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員。FMラジオ局「NACK5」(埼玉県)やSBC信越放送(長野県)、クロスエフエム(福岡県)などのラジオ番組に多く出演してきた。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の元理事。
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