旅の扉

  • 【連載コラム】カナダ大西部 いろいろアルバータの秋
  • 2019年9月3日更新
TVディレクター:横須賀孝弘

カナダ大西部 いろいろアルバータの秋 (6)  歴史村と先住民の国

秋色に映える「ブラックフット族の集落」zoom
秋色に映える「ブラックフット族の集落」
探訪!西部史のテーマパーク

カルガリーでは、グレンボウ博物館のほか、カナダ西部史のテーマパーク、「ヘリテージパーク歴史村(Heritage Park Historical Village)」と、ツティナ族居留地を訪ねました。

カナダには、日光江戸村のように、昔の建物を再現し、歴史コスチュームのスタッフが、役割を演じながら、当時の人々の暮らしや歴史を紹介する施設が、結構あります。
そのような、実演を伴う屋外歴史博物館を、「リビング・ヒストリー博物館(Living History Museum)」と言うのだそうです。

ヘリテージパーク歴史村は、その種の施設としてはカナダ最大で、51haの敷地に、商店やホテル、学校、民家など、西部開拓時代の建物が150棟あまりも立ち並び、衣装をまとったスタッフが案内します。
設立は1964年。グレンボウ博物館を創設したカナダの石油王、エリック・ハービーが、この施設も支援しました。

私の目当て、「インディアン(ブラックフット族)の集落」と「1860年頃の毛皮交易の砦」は、歴史村の一番奥まった一角にありました。

ブラックフット族は、アルバータ州南部で最も勢力のある部族です。「インディアンの集落」では、ブラックフット族の人の指導で、槍投げや、バイソン狩りを模したゲームに興じました。また、ティーピーの中に案内され、火おこしの技などを見せてもらいました。
サッシュの使い方を実演するジャニス・ラボーカネさんzoom
サッシュの使い方を実演するジャニス・ラボーカネさん
再現!毛皮交易者の暮らし

「毛皮交易の砦」では、交易に従事した人たちの暮らしを紹介していました。室内の一角には、鍛冶の作業を再現したコーナーやメティの手工芸品を並べた机などがありました。

毛皮交易のために森に分け入った白人男性は、しばしば、現地のインディアン女性と結ばれました。彼らの子ども、及びその子孫が、メティと呼ばれる人たちです。メティは、毛皮交易が栄えた時代、その重要な担い手となりました。
カナダでは、憲法により、インディアンとイヌイットのほか、メティも先住民として認定されています。

交易の旅で食べた独特のパン「バノック」を、女性スタッフ、ジャニス・ラボーカネさんがふるまってくれました。彼女自身も、メティの一員とのことでした。

メティは、白人とインディアンの文化が混じりあった、ユニークな文化を生み出しました。
メティの文化を代表するのが、毛糸を編んだ帯、「サッシュ」です。メティの男たちは、この帯を腰に巻き、重い荷物を運ぶ負担から腰を守るなど、様々に使いこなしました。
ジャニスさんは、屋外でサッシュの使い方を演じて見せてくれました。

このように、実演型歴史博物館で、昔の先住民の役割を先住民自身が演じるようになったのは、カナダでもここ10年ぐらいの傾向なんだそうです。
ナバホのブーツを履いて出迎えてくれたカメール・スターライトさんzoom
ナバホのブーツを履いて出迎えてくれたカメール・スターライトさん
大都会と隣り合う先住民の国

「最初の国々(First Nations)」と呼ばれるインディアン諸民族のひとつ、ツティナ国(Tsuut'ina Nation)は、カルガリーの南西にくっついています。
ツティナ国のスターライト一家が主宰する「ブラウン・ベア・ウーマン・イベンツ(Brown Bear Woman Events)」という事業の、「ツティナ見学会」に参加しました。

参加者を迎えたのは、カメール・スターライトさん。彼女と出会ったとき、「おや?」と思いました。ひと目でナバホ族のものとわかる、独特のブーツを履いていたからです。ナバホ族は、ざっと2千kmも南、アリゾナ州など合衆国南西部の砂漠地帯に住む人たちです。

カメールさんは、参加者に、こんな風にツティナ族を紹介しました。
「私たちの仲間、アサパスカンは、アラスカからメキシコにまで広がっています。こんな先住民は、他にいません」

ちょっと補足すると・・・ツティナ族は、言語学上、アサパスカ語族系の言葉を話す「アサパスカン」と呼ばれるグループに分類されます。アサパスカンは、主に、アラスカ内陸やカナダ北西部の「亜極北」に住む人たちです。
ツティナ族の祖先は、そこから枝分かれして南下。大平原に住みつきました。

アサパスカンの一部は、もっとずっと南、メキシコに近い砂漠地帯へと大移動し、ナバホ族やアパッチ族になりました。ナバホ族は、今や、アメリカ西部で最大の部族です。また、アパッチ族は、メキシコ北部にまで広がりました。

ツティナ族は、文化がブラックフット族によく似ています。しかも、ブラックフット族より人口が少なく、あまり目立たない存在です。
カメールさんがナバホのブーツを履くのは、そんな状況の中で、広大な地域に果敢に進出した「アサパスカン」としての誇りを表しているように思われました。
ちなみに、彼女はナバホ族を何度も訪れ、向こうで養子縁組した家族もいるとのことです。
長老の風格漂うブルースさんzoom
長老の風格漂うブルースさん
ビックリ!「カウボーイの祭典」が果たした役割

ツティナ国の「国土」に当たる居留地は、面積283k㎡。およそ2千人が暮しています。見学会では、室内でのレクチャーの後、カメールさんの父親、ブルースさんの案内で、近くの林を散策。伝統的に利用してきた薬草や、食べられる植物を探しました。

そのブルースさんから、意外な話を聞きました。
「もしカルガリースタンピードがなかったら、私たちの文化もなくなっていただろうね・・・」

カルガリースタンピードは、毎年7月にカルガリーで催される、世界最大のカウボーイの祭典です。荒馬乗りや荷馬車競走など、西部開拓時代にちなんだ様々なイベントが10日間にわたって繰り広げられます。会場には地元先住民のティーピー村も出現します。

最初の開催は1912年。当時、インディアン居留地では、伝統的な歌や踊りは「野蛮な風習」として禁じられていました。
ところが、カルガリースタンピードを始めるにあたり、西部開拓時代の雰囲気を盛り上げるため、インディアンが集まって、伝統の踊りを披露することになりました。

これが、地元のインディアンにとって、伝統的な歌や踊りを受け継ぐ、絶好のチャンスとなりました。しかも、それが一回きりでなく、毎年つづいたのです。
こうして、危うく死に絶えようとした文化が、カルガリースタンピードによって息を吹き返したというわけです。
手に手をよってのラウンドダンスzoom
手に手をよってのラウンドダンス
パウワウの踊り

カルガリースタンピードは白人が始めたイベントで、そこでの踊りは、もともとは、観光客に見せるためのものでした。

ところが、今、カナダやアメリカのインディアンの国々では、彼らが主催し、彼ら自身が楽しむことを第一の目的にした、「パウワウ」と呼ばれるイベントが盛んに催されています。

パウワウでは、踊りのコンテストも開かれます。踊りにはいくつかのタイプがあり、それぞれ装束やステップ、伴奏のリズムが異なります。コンテストでは、踊りのタイプごとに、装束の立派さや、踊りの巧さを審査します。

ツティナ国の見学会では、パウワウの踊りのうち、グラスダンス、ジングルダンスなど、全部で7つの踊りを、それぞれ別のダンサーが披露しました。
太鼓の伴奏と歌は、カメールさんの兄、ブルース・スターライト・ジュニアさんが担当。彼は、各々の踊りの前に、その意味や装束についての解説もしてくれました。

本来は、彼ら自身が楽しむためのパウワウの踊りを、ここでは観光客に見せています。でも、その目的は、「自分たちの文化を皆さんに紹介する」ためです。
一時は「野蛮な風習」として禁じられた伝統的な歌や踊りが、観光によって息を吹き返し、いまでは「先住民であることの自覚と誇り」の源になっているんですね。

最後は、見学会の見学者も混じり、皆で輪になってのラウンドダンス。ツティナのダンサーたちと手を取りあって踊りました。
訪ねた場所、出会った人たちzoom
訪ねた場所、出会った人たち
旅を終えて

アルバータ州南部を旅してみて、まず実感したのは、大地の資源の豊かさでした。
カナダ中の家庭を暖めた、アトラス炭鉱の石炭。メディシンハットの製陶業を生んだ、北米最大規模の天然ガス田。そして、グレンボウ博物館や、大規模な歴史村は、石油から得られた莫大な富によって作られました。

バッドランドで発掘された膨大な量の恐竜化石や、さらには、バッドランドの奇観そのものも、多くの観光客を惹きつける「大地の資源」と言えるかもしれません。
とてもユニークな観光資源です。

ユニークな観光資源といえば、先住民の歴史や文化も、そのひとつと言えるでしょう。

カナダ先住民の文化は、非先住民によって観光に利用されてきました。それは、非先住民が、先住民をダシに儲ける、いわば「先住民文化を搾取する観光」でした。
ところが、今回訪ねた史跡や博物施設では、先住民自身が、「自分たちの文化」を外の人たちに紹介するものになっていました。

こうした変革は、他ならぬ先住民自身が声をあげ、働きかけたからこそ、実現したに違いありません。
けれども、同時に、社会の主流を占める人たちが、先住民の声を真摯に受け止め、反省した結果でもあると思われます。

そんな先住民観光のあり方に、多文化主義の国カナダの真髄を見る想いがしました。

Canada Theatre(カナダシアター)
www.canada.jp/


カナダ観光局

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TVディレクター:横須賀孝弘
NHKエンタープライズに勤務。TVディレクターとして「ダーウィンが来た!」「ワイルドライフ」などNHKの自然番組を制作。職務のかたわら、北米先住民の歴史・文化を調べている。
著書「ハウ・コラ~インディアンに学ぶ」「北米インディアン生活術」「インディアンの日々」ほか。訳書「北米インディアン悲詩~エドワードカーティス写真集」「大平原の戦士と女たち」。ここ5年ほどは、カナダ先住民の歴史や、毛皮交易史にハマっている。
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