旅の扉

  • 【連載コラム】空旅のススメ
  • 2019年8月18日更新
あびあんうぃんぐ
航空ライター:Koji Kitajima

ジェットスターで気軽に庄内へ 向ったのは湯田川温泉「九兵衛旅館」

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自慢の風呂は「山の湯」

正統派温泉旅館11代「九兵衛旅館」
庄内空港から南の鶴岡方面へ車を走らせること30分。開湯1300年の歴史を持つ湯田川(ゆたがわ)温泉に到着しました。湯野浜、あつみとともに庄内三名泉として知られる場所です。温泉街の所在を知らせる提灯が、青空の下でより白さが際立って見えました。

先に見えてくるのは、珠玉や(たまや)。黒塀が落ち着いて重厚感のある建物です。泊まるのは九兵衛(くへえ)旅館。一歩奥に入ります。角には公共温泉の「正面湯」が見えて、近所の方の憩いの場所になっている様子。外にまで浴室内の洗面器を使う音がカランとにぎやかに聞こえてきます。

温泉街のさざめきを背に、玄関に一歩足を踏み入れると、外の喧噪とは隔絶された凛とした空気感漂う和の空間に一瞬のうちに入り込みます。「ようこそ、いらっしゃいませ」の声と共に笑顔で迎えられました。正面に応接セットが数組。奥には手入れの行き届いた中庭がこれ以上は無い緑色を放って広がります。

涼やかな緑濃い中庭zoom
涼やかな緑濃い中庭

館内
湯田川温泉は、日本源泉かけ流し温泉協会に所属する全国の温泉地域11か所のうちのひとつです。その豊富な湯量と柔らかい泉質をたっぷりと楽しめるのが、一階にある露天風呂「山の湯」と金魚が泳ぐ「川の湯」。また貸切風呂もあり、予約なしでも入口に「空き」のサインがあれば、いつでも入れます。別館の珠玉やにも三ヶ所の貸切風呂があり、同じように使えるとのことですが、驚いたことにどちらの貸切風呂も料金は不要です。

更に、外湯として湯田川温泉には二つの公共浴場と足湯が一か所あります。すぐ隣の「田の湯」と、別館珠玉やの隣にある「正面湯」、足湯の「しらさぎ湯」とともに、宿泊者は無料で利用できます。階下のホールで選ぶ作務衣と部屋にある浴衣を利用して内と外で使い分ける楽しい湯めぐりができます。

館内の一角には、宿ゆかりの作家、藤沢周平のコーナーがありました。時代小説の旗手はこの地の出身。一時、湯田川中学で教鞭を取っており、なんと九兵衛の女将が、当時の藤沢教諭の教え子だとか。写真や手紙、著書等、小さな図書館と言っていいほどの充実さにしばし見入ってしまいました。

部屋
案内されて向かったのは、三階の和室「時の館 小雪」。10畳に広縁のあるゆったりした造りで、中庭が見下ろせます。部屋には可愛い浴衣と、足袋ソックスまで用意されており、温泉街の散策には嬉しい限り。冷たく冷やされた地元の銘菓「薫りのだだちゃ豆」、熱いお茶を飲みながら窓の外の眩いばかりの緑を眺めていると、旅の疲れが一気に遠のきます。

部屋と浴衣zoom
部屋と浴衣

作務衣に着替えた身軽な姿で風呂に向かうと、廊下の脇には広間があり、藤沢周平の色紙や映画のポスターなどが披露された展示スペースが見えました。JR東日本のキャンペーンの撮影時に宿泊したという吉永小百合は、写真の中で微笑みます。

浴室
山の湯は、四隅にうさぎの石像が置かれた檜の湯です。小さな中庭を眺める露天風呂。無色透明な源泉かけ流しの湯は長く入っていたい名湯です。時間を変えて入った川の湯は、大きな水槽の中で金魚が優雅に泳ぎます。楕円の浴槽に浸かって眺める金魚。初めての不思議な体験でした。

風呂上がりに、エントランスのすぐ横の中庭のある縁側に出てみると、籐の椅子が置かれ、庭の様子をゆっくりと眺めることができました。池を泳ぎ回るたくさんの鯉と灯篭の灯りに、ひととき時間を忘れのんびりとしたくつろぎの時間を過ごすことができました。

玄関、ホールと金魚の川の湯zoom
玄関、ホールと金魚の川の湯

夕食
希望時間を指定した一階の食事処へ向かうと、個室に食事が用意されていました。掘りごたつになっているので、ゆったりとくつろげます。季節で変わる夏の膳は、初めての食感となるとうもろこしの和風ムースから始まり美味しい世界にひきこまれていきます。酒田で寿司屋の板前だったという料理長が腕をふるう料理は、新鮮な魚や肉、地野菜、庄内米のはえぬきなど、地元の食材を存分に使い、どれも手間暇かけられていることがよくわかる本当に美味しいものでした。自らが甘党とのことで、最後のデザートがまた絶品。日本で唯一のユネスコ食文化創造都市に登録された鶴岡。その名にふさわしい素晴らしい夕食でした。

夕食と朝食の一例zoom
夕食と朝食の一例

散歩
食事の後は、浴衣に着替え、湯田川の温泉街をのんびりと散策してみます。正面の湯のさざめきを聞きながら、向かい側の石畳を歩き、由豆佐売(ゆずさめ)神社へ。この参道は昔ながらの面影を残す場所として、鶴岡市都市景観賞を受賞しています。石段を前に、藤沢周平の代表映画「たそがれ清兵衛」のロケ地の記念碑も見えます。少し歩くと静かなみなもの鯉が池もありました。

昭和の香りを残す街並みの中で「パロス湯田川」は何でも揃うコンビニのような土産物屋です。闇の中でそこだけボーッと浮かびあがり、非常にいい雰囲気。映画の中に紛れ込んだようなレトロ感漂う夜の温泉街散策でした。

朝風呂
朝を待って向ったのは、珠玉や5階の展望風呂。正面のガラスを開けて、朝の外気を取り入れると、目の前には温泉街と見下ろすような山の景色が広がります。湯おもてが、朝陽がすがすがしい輝きの中に光ります。

朝食
本気の料理は翌朝も続きます。お品書きを見ると13品もあります。
まずは小松菜のフレッシュジュースで目を覚まし、たっぷりの野菜の瑞々しさが全身に沁みていきます。朝からしっかりと郷土料理の数々を味わい、最後は2種類のデザート。ロビーで中庭の緑を眺めながらのコーヒーのサービスに、これ以上ない贅沢な時間を感じます。

社長の話
初代大滝九兵衛の始めた旅館を守り11代目、大滝研一郎社長に話を聞くことができました。JTBで修学旅行を販売したキャリアを生かし、湯田川温泉観光協会の代表も務めます。

ANAだけの庄内便では運賃が高止まって若者が利用できないと思っていたところ、ジェットスターの就航を聞いて応援したいと考えました。夜行バスで都心に向かう学生に嬉しい知らせと笑顔を見せます。山形県内は、山形市を擁する村山地域に注目が集まり庄内地区は忘れられがちと集客に頭をひねります。過去には、戊辰戦争に負けた庄内地方の住民の肩身の狭さがあるのではないかと紐解きます。

大滝社長(上)と従業員の皆さんzoom
大滝社長(上)と従業員の皆さん

社長には宿の自慢を聞いたのですが、話してくれたのは地域振興の話ばかり。九兵衛旅館だけでなく、湯田川温泉、酒田・庄内・鶴岡全域の活性化と、この地が培ってきた歴史や文化、だだちゃ豆や丸茄子に代表される昔からの在来野菜を今も大切に育て次の世代に受け継ごうとしている食文化などへの熱い想いが伝わってきました。 

九兵衛旅館は、全室禁煙、子供は10才以上からという13室だけの静かな隠れ家のような旅館です。従業員の皆さんの笑顔を思い浮かべ、旅館の基本となる、部屋よし温泉よし食事よしを存分に味わえる贅沢な時間でした。羽黒山への起点としても便利な源泉掛け流しの本物の温泉である湯田川温泉。季節を変えてまた訪れてみたい、とても素敵な旅館でした。

協力:湯田川温泉 九兵衛旅館
http://www.kuheryokan.com/

航空ライター:Koji Kitajima
大阪府出身。幼少期より空への憧憬の念を持ったまま大人になった、今や中年の航空少年。
本業のかたわら情報を発信しています。週末は航空ライター兼ブロガーとして活動中。
旅のモットーは、「航空旅行を楽しまないと旅の魅力は半減です。旅の楽しみは空港から始まる」です。

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