旅の扉

  • 【連載コラム】カナダ大西部 いろいろアルバータの秋
  • 2019年8月7日更新
TVディレクター:横須賀孝弘

カナダ大西部 いろいろアルバータの秋 (5)  凄いぞ!グレンボウ博物館

展示の案内人、シェルドン・ファーストライダーさんzoom
展示の案内人、シェルドン・ファーストライダーさん
先住民が「私たちの文化」を紹介

カナダ西部の大都会、カルガリー。「先住民の歴史と文化」に触れるため、まず訪ねたのは、グレンボウ博物館でした。繁華街のど真ん中、カルガリータワーの向かいに立つ、6階建ての大規模な施設です。

館には10のギャラリー(展示室)がありましたが、時間が限られていたので、地元の先住民、ブラックフット族をテーマとするギャラリーを重点的に見学しました。
それは、期待をはるかに上回る、凄い展示でした。
 
ギャラリーの表題は、「ニーツィタピーシンニ:私たちの暮らし(Niitsitapiisinni : Our Way of Life)」。まず凄いと思うのは、この「私たちの〜」という表題にいみじくも示された、「展示のスタンス」です。
 
博物館で先住民の文化を展示する場合、普通は「彼らの」文化を紹介する形になります。異民族の文化遺産を収奪し、見世物にしているーーとまあ、意地悪く言えば、そう言えなくもありません、
 
ところが、ここの展示は、ブラックフット族自身が、「私たちの」文化を皆さんに紹介するというスタンスなんです。
たとえば、ブラックフット族を描いた美術作品を展示するコーナーもありますが、そのタイトルは、「ブラックフット族のイメージ」ではなく、「私たちのイメージ」でした。
 
そうなると、案内人もブラックフット族の人でないと務まりません。私が訪ねたとき、来館者を案内していたシェルドン・ファーストライダーさんも、同部族の方でした。
ブラックフット族の文化と歴史を多面的に紹介zoom
ブラックフット族の文化と歴史を多面的に紹介
徹底紹介!ブラックフット族

ブラックフット族の文化や歴史を、ブラックフット族の人自身が紹介するという点では、前回記した「ウープアップ砦」や「ヘッド・スマッシュト・イン」も同じです。
グレンボウ博物館の展示が凄いのは、そうした姿勢をより鮮明に打ち出していること。しかも、展示されている資料の量が多く、バラエティーにも富んでいるんです。

それだけではありません。その豊富な資料が、創世神話の時代から21世紀に至るまで、時系列に沿って、わかりやすく整理されているのが、また凄い。

ブラックフット族は、かつて、馬に跨ってバイソン(野牛)を追う暮らしを送っていました。主食はバイソンの肉。住居はバイソン革のテント。冬はバイソンの毛皮をまとって寒さをしのぎました。西部劇などでおなじみの「インディアンの暮らし」です。

そうした営みが、どのように始まり、どう移り変わって、現代に至ったか、いわば「ブラックフット族史」という大河を、源流から河口まで流れ下りながら、衣食住に関することや、物の見方・考え方、言語、社会の仕組み、外の人たちとの関わりなど、ブラックフット族についてのありとあらゆる事柄を、実物資料を中心に、模型、映像、音声、リーフレット、パネルなど、多種多様な資料を駆使して紹介しているんです。

北米にインディアン関連の博物館はいくらでもありますが、一つの部族の歴史と文化を、ここまで大規模かつ系統的に紹介している例は、他にちょっとないのではないでしょうか。
絵柄つきティーピー。枠内はカワウソの図柄と、幕内の様子zoom
絵柄つきティーピー。枠内はカワウソの図柄と、幕内の様子
解明!ティーピーの絵柄

ブラックフット族は、ティーピーに絵を描くことで知られています。絵柄付きのティーピーは、大平原のほかの部族にもありますが、ブラックフット族は特に多いんです。

グレンボウ博物館にも絵柄付きティーピーが展示されていました。シェルドンさんによると、底の直径は24フィート(7m20cm)もあるそうです。ウープアップ砦で見た「犬の時代」の小さなティーピーとは大違い。幕内で運動会でも開けそうな広さでした。
 
覆いの意匠についても伺ったところ、意匠は、3つの部分に分かれているとのことでした。このティーピーのてっぺん付近、煙出し用のびらびら幕に描かれているのは、天空の世界。7つの丸は北斗七星、5つの丸は昴(すばる)を表しています。

中ほどに描かれた動物は、カワウソです。このティーピーに暮す人たちが、健康で長生きできるよう、守るといいます。

ティーピーの意匠は、夢のお告げによって与えられたもので、基部をぐるりと囲む、丸みを帯びたでこぼこは、その夢を見た丘陵地帯を表しているそうです。

つまり、このティーピーのデザインは、全体として、「夢のお告げ」という「神秘体験」を絵に表したものなのですね。
ブラックフット族の絵柄付きティーピーは、デザインとして美しく、ひとつのアート作品ともいえましょう。けれども、そこに描かれているものは、「意匠」や「デザイン」という言葉では表しきれない何物かであるように思われました。
銃身を短く切った交易銃zoom
銃身を短く切った交易銃
血沸き肉躍る!戦いの記憶

ブラックフット族の黄金時代と言えば、馬を手に入れた1730年頃から、居留地に入る前の1870年代まで、馬を駆ってバイソンを追い、近隣の部族と戦った日々でしょう。

グレンボウ博物館には、ブラックフット族が交易によって得た鉄砲も展示されていました。
北西交易銃(Northwest Trade Gun)と呼ばれる銃ですが、馬上で振り回したり、身にまとう毛布の中に隠し持ったりするのに便利なよう、銃身を短く切ってありました。

ブラックフット族と他部族との戦いを描いた絵画には、こうした、銃身を切った銃がしばしば描かれています。そんな、エキサイティングな場面に登場する銃の、実物を見ると、古き佳き日々の記憶が刻まれているようで、興奮を抑えられません。

ところで、隣国アメリカの大平原では、インディアンの様々な部族が騎兵隊との戦いを繰り広げ、西部劇と呼ばれる活劇映画に格好のテーマを提供しました。

けれども、カナダ西部の大平原では、そうした先住民と白人の戦いはほとんどありませんでした。白人が押し寄せてくる頃には、バイソンはすっかりいなくなってしまい、先住民は条約で定められた居留地(Indian Reserve)で暮さざるを得なくなっていたんです。
寄宿舎学校の写真を展示したコーナーzoom
寄宿舎学校の写真を展示したコーナー
華やかな時を過ぎて

アメリカ西部で見られた、軍隊による先住民の殺戮などが、カナダでは起こらなかったこともあって、この国の先住民政策は、アメリカに比べて、随分ましじゃないかとの印象を抱いていました。

けれども、グレンボウ博物館の展示によると、実際にはカナダ西部の居留地でも相当ひどい状況だったようです。

例えば、アメリカでは、居留地の土地を分割して、先住民の家族ごとに一定面積ずつ割り当て、割り当てきれなかった土地を「余剰地」として非先住民に開放するという政策が実施され、その結果、先住民の土地が随分削られました。カナダでも、それとそっくりな政策が実施されていたことは、ここに来るまで知りませんでした。

先住民への酷い扱いと言えば、寄宿舎学校もそのひとつです。子どもらを親から引き離し、寄宿舎学校に収容して、主流社会への同化、つまり、先住民の非先住民化を強制したんです。子どもたちは、自分の文化を否定され、部族の言葉を話すことを禁じられました。
校内では、今でいうセクハラやパワハラ、弱い者への暴力が横行しました。肉体的な殺戮ではないにしても、民族を抹殺しようとしたのですから、まさにジェノサイドですね。

「私たちへの差別は、いまもつづいている」と、シェルドンさんは言います。
「だって、ほら、今も、私たちは白人より貧しいじゃないですか」

「う~~ん・・・それはちょっと違うんじゃないかな」と、その時は思いましたが、大局的に見れば、なるほど、彼のいう通りかもしれません。
そして、そういう見方や捉え方は、やはり、先住民の人でなければ語れません。その点でも、先住民自身が案内役を務めるのは、意義が深いことだと思われました。
戦士ギャラリーの一角には、サムライの鎧兜もzoom
戦士ギャラリーの一角には、サムライの鎧兜も
凄いぞ!カナダの石油王

ブラックフット族専門のギャラリーの他、「サン・ギャラリー(Sun Gallery)」ではカナダ各地の先住民の文化を展示していました。カナダの先住民には、バイソンに依存した大平原の人たちの他、森と湖の地方や、北太平洋沿岸、極北や亜極北など、様々な環境に住む人たちがいて、多彩な文化を発達させてきたんです。

グレンボウ博物館には、先住民のギャラリーのほか、アルバータ州の歴史を展示するギャラリーもあれば、世界の武器を展示する「戦士ギャラリー(Warriors)」もあります。
さらには、なぜか、アジア美術や、西アフリカ文化のギャラリーも。博物館の常設展示としてはちょっと散漫かなあ、との印象をうけました。

そこで、この博物館の成り立ちを調べてみたところ、もともとは、エリック・ハービー(1892-1975)という人が、個人的に集めた膨大なコレクションを、寄贈して始まったことがわかりました。

ハービー氏が鉱業権を持つアルバータ州の土地から、1947年に石油が見つかり、彼は突如として大金持ちになりました。いわば「カナダの石油王」ですね。ちなみに、「グレンボウ」とは、彼の一家が週末によく遊びに行った牧場の名前なんだそうです。

ハービー氏の収集熱は、まずはカナダ西部の歴史関係に向かいました。でも、それにとどまらず、アジアや西アフリカの美術・工芸品も集めていたんです。

それにしても、6階建ての建物にぎっしり並ぶような、凄いコレクションを可能にするなんて、カナダの石油の豊かさを実感しました。

Canada Theatre(カナダシアター)
www.canada.jp/


カナダ観光局

いろいろアルバータの秋 (6)  歴史村と先住民の国(最終回)を読む→
TVディレクター:横須賀孝弘
NHKエンタープライズに勤務。TVディレクターとして「ダーウィンが来た!」「ワイルドライフ」などNHKの自然番組を制作。職務のかたわら、北米先住民の歴史・文化を調べている。
著書「ハウ・コラ~インディアンに学ぶ」「北米インディアン生活術」「インディアンの日々」ほか。訳書「北米インディアン悲詩~エドワードカーティス写真集」「大平原の戦士と女たち」。ここ5年ほどは、カナダ先住民の歴史や、毛皮交易史にハマっている。
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