沿線の景色を楽しみながら、地場食材を生かした料理を楽しめるレストラン列車が国内各地で続々と出発し、戦国時代の様相を呈している。大手私鉄の西日本鉄道は、天神大牟田線の西鉄福岡(福岡市)―大牟田(福岡県大牟田市)間を約2時間半かけて走らせる「THE RAIL KITCHEN CHIKUGO(ザ レールキッチン チクゴ)」を3月23日に出発させた。
レストラン列車を運行しているのは赤字経営の第三セクター鉄道が中心で、予算が限られる中で3千万円~1億円程度をかけて既存車両を改造した列車が主力。しかし、電気窯を備えた西鉄の改造費は3両編成で約5億円と、車両を2~3両新造できるほどの規模だ。“5億円の台所”で作る料理の味を確かめようと乗車した。
▽出発ホームがマルシェの雰囲気に
昼食のコースに参加した土曜日の午前、平日ならば通勤通学客でごった返す西鉄福岡のプラットホームは打って変わってマルシェ(市場)のようにのんびりとした雰囲気が漂っていた。
白い車体に赤い格子柄を描いたキッチンクロスのような外観の電車が停車しており、乗り込む扉の横には提供するメニューを記した「お品書き」の黒板が置かれている。その前で記念撮影をしているグループもいた。モノ消費からコト消費への変化が急ピッチで進んでいる中で、会員制交流サイト(SNS)などで体験をシェア(共有)してもらう「インスタ映え」を狙っているようだ。
「誰かの家に招かれたかのように落ち着く場所」をコンセプトとする車内に足を踏み入れると、内装は沿線の伝統工芸品であふれていた。3両に計52席を設けた座席とテーブルは、「家具の町」として知られる福岡県大川市で制作。
壁に久留米市特産の城島瓦、天井に八女市で栽培した竹を使った手編みの竹細工を用いるなど沿線の伝統工芸品をふんだんにちりばめている。また、鉄道会社らしく、足もとの人工大理石は線路に敷いている小石のバラストを使っている。
さすがは改造費に約5億円を投じただけあり、「ここまでするか」とうならされるほどのこだわりだ。そこには大きな理由が二つある。一つはレストラン列車が国内各地で乱立している中で、幅広い地域から顧客を呼び込むには「ザ レールキッチン チクゴ」ならではの体験を届けなければ生き残りが厳しいからだ。
▽“金太郎あめ”の列車も
本物志向の顧客は、“金太郎あめ”のような列車が登場しても目新しさを感じない。一例として手掛けた工業デザイナー名は伏せるが、福岡県内の三セク、平成筑豊鉄道が3月21日に運転を始めた「ことこと列車」の車内を見学するとデジャブ(既視感)のような感覚に襲われた。
寄せ木仕上げの床は岐阜県の三セク、長良川鉄道の「ながら」とうり二つ。天井に色とりどりのステンドグラスがはめ込まれているのは、伊豆急行などが静岡県の伊豆急下田駅をJR東日本横浜駅(横浜市)の間を走らせている「ザ ロイヤル エクスプレス」と同じ。ついたてなどに使われている木製の組子細工はJR九州の菓子を味わえる列車「或る列車」をほうふつとさせる。観光列車に通じた消費者ならば「この列車も水戸岡鋭治さんのデザインだな」と見抜いてしまうはずだ。あっ、デザイナー名を明かしてしまった(笑)。
西鉄のもう一つの戦略は、“看板列車”のレールキッチンを運行することで沿線の筑後地域のイメージを向上させ、居住者を呼び込むことだ。倉富純男社長は「観光列車を走らせることで筑後を知ってもらいたいと考えており、2019年度が勝負となる」と奮起する。
▽ウェルカムドリンクが美味の旅を予告
午前11時50分に電車が定刻に出発すると、女性スタッフが早速ウェルカムドリンクの「あまおうプレミアムスパークリングワイン」のグラスと、あまおうとラディッシュなどを添えたアミューズを運んできてくれた。
ワインは沿線の福岡県柳川市で栽培したイチゴの高級品種「あまおう」を厳選し、「ワイン1本(750ミリリットル入り、希望小売価格で2840円)当たり50粒ものイチゴを使っている」(西鉄)というから驚きだ。ほどよい甘さで、まろやかな口当たりは、まるで待ち受けている美味で心地よい旅を“予告”しているかのようだ。
前菜として歯ごたえのあるアスパラガスや王リンギなどの地元産野菜を楽しんだのに続き、沿線の陶芸家が手掛けた皿に盛り付けられた博多和牛が登場した。和牛の滋味をより引き立てるため、ソースの代わりに福岡県柳川市産のノリを添えているのがユニークだ。
▽車内窯で焼きたての味
沿線の風景を楽しみながら、地場産品を味わうのが醍醐味のレストラン列車にスピードは求められていない。レールキッチンもそんな己の役割を理解しているかのように進み、特急電車ならば1時間強で結ぶ西鉄福岡から大牟田を2時間半近くかけて走る。
まるで模範運転手のように「お先にどうぞ、ありがとう」の精神で、他の電車を先に通す。下車可能な西鉄柳川(柳川市)を除くと、途中駅で唯一ドアが開閉する花畑(久留米市)で車外に出た。プラットホーム上はツツジの満開の花畑となっており、駅名の「看板に偽りなし」だ。約15分間の停車中に、列車「水都」を使った後発の西鉄福岡発大牟田行き特急が先に出発していった。
お待ちかねとばかりに発車後に登場したのが、メインディッシュのピザだ。沿線食材を生かしたタケノコやアスパラガスをピザ生地にのせ、列車内に設置したのは初めてという電気釜で焼き上げた味は小麦粉の風味が強く、もちもちの食感。東京と長野県軽井沢町、京都市にあるレストラン「エンボカ」の今井正代表が監修した。
まるで車窓からのぞむ筑後平野に広がる一面の田畑の車窓と軌を一にするように、シンプルながら深い味わいをかみしめた。
▽至福の2時間半も、名残惜しく
午後1時半ごろ、久留米市の大善寺駅を通過した後に乗務員から「この後、右手の窓にご注目ください!」と注意喚起があった。三潴保育園の建物が視界に入ると、園児と保育士が電車に向かって手を振ってくれている姿が目に入った。
女性の乗客たちが「かわいいわね」と目を細めて手を振ったり、カメラを向けたりした。「日によって園児の増減はあるものの、レールキッチンが走る時間を待ち受けていつも手を振ってくれる」そうで、乗客にとって心温まるもてなしだ。
沿線の地酒を飲み比べ、デザートに出てきたマカロンと焼き菓子をハーブティーとともに味わっていると、電車は予定通り午後2時14分に終点の大牟田駅に滑り込んだ。昼間に美食とアルコールを堪能した2時間半近い贅沢体験も、「えっ、まだ西鉄福岡を出てから40分ほどしか経過していないのではないか?」と錯覚するほど短い時間に感じられた。
今回の昼食コースと、大牟田から西鉄福岡へ向かう夕食コースは毎週金―日曜日までと祝日にそれぞれ1回ずつ運行され、料金は8千円(税別)。
新元号「令和」の典拠である万葉集の一節が生まれた「梅花の宴」の開催地とされる福岡県太宰府市の大宰府へ西鉄福岡から午前中に向かってブランチを味わえるコースも追加する。パンにソーセージを挟み、ゆずこしょうを利かせた福岡県久留米市の飲食店の人気メニュー「ゆずドッグ」を、オリジナルデザインの容器に入れたコーヒーとともに提供し、料金は1人3千円(税別)だ。
昼食と夕食の料理は季節ごとの食材を使い、6月からは夏のメニューに切り替わり、9月からは秋、12月からは冬、来年3月からは春と四季折々の料理を提供する。次に乗る時はどんな地場料理が待ち受けているのか、名残惜しく感じながらも次の乗車への期待で胸を膨らませた。
(連載コラム(「“鉄分”サプリの旅」)の次の旅をどうぞお楽しみに!)