旅の扉

  • 【連載コラム】すべて知りたい!カナダ・ニューファンドランド島
  • 2018年12月18日更新
ジャーナリスト:平間 俊行

すべて知りたい!カナダ・ニューファンドランド島 vol. 3 タラとのキス

タラとキスする儀式「スクリーチ・イン」は毎日行われているzoom
タラとキスする儀式「スクリーチ・イン」は毎日行われている
スクリーチ・インは毎日

カナダ最東端の島、ニューファンドランドでは「スクリーチ・イン」という何とも変わった儀式が行われている。旅行者は、島の生活を支え続けてきたタラ=コッドとのキスという「洗礼」を経て、島の仲間に加えてもらえるのだ。

島の中心、セント・ジョンズの街にある「スクリーチ・ルーム」というパブでは毎日午後、2回もこの儀式が行われている。店の人は忙しいようでしっかりと確認できなかったが、どうやらここが「スクリーチ・イン」発祥の店らしい。

他の店やホテルでもこの儀式は行われている。ただし、キスの対象はコッドのぬいぐるみだったり、コッドがとれない場所では以前紹介した愛らしいパフィンのぬいぐるみだったりするそうだ。

しかし、さすがは発祥の店(と思われる)「スクリーチ・ルーム」だ。冷凍ではあるが本物のコッドが登場する。僕はやる気まんまん、全然平気だが、人によっては嫌で嫌でたまらないだろうけれど。
なかなか貫禄のある冷凍コッドzoom
なかなか貫禄のある冷凍コッド
理解不能のルーティーン

これがその冷凍コッドだ。本人も生前、まさかこんな儀式で働かされようとは思ってもみなかっただろう。もう、その「たたずまい」は何かの御神体(ごしんたい)のようだ。まあ、この島では「王」と呼ばれているのだから、昇天したあとは御神体でもおかしくはないのだが。

さて、この御神体とすぐにキス、とはいかない。その前にいろいろなルーティーンが用意されている。まずは店の人がまくしたてるジョークを聞く。ただしその英語は島独特の言い回しで、かつ訛(なま)りもあり、僕はもちろん、英語が得意な日本人でも理解するのは困難なようだ。なにしろカナダにはニューファンドランド英語の辞書があるほど言い回しが独特なのだ。

次は不思議なハムの切れ端のようなものを食べる。これが何なのかはよく分からない。そしてハッカのような飴を舐めさせられる。これも意味が分からない。

ルーティーンの最後はラム酒の一気飲みだ。これなら分かる。小さなグラスに注がれたラム酒をぐいっと飲み干す。喉がじりじりして勢いがついてきたら準備完了。いよいよクライマックスだ。
当然であるが僕も「スクリーチ・イン」を体験したzoom
当然であるが僕も「スクリーチ・イン」を体験した
1992年のできごと

店の人が冷凍コッドを手に、オラ、オラという感じで何度かフェイントを入れるのに笑顔でつきあった後、ついにやってきたコッドとのキス。「スクリーチ・イン」を体験した日本人などほとんどいないだろうと思うと、カナダ好きとしてはこれ以上にない優越感に浸ることができる。

ニューファンドランドでは大航海時代のさらにその昔、バイキングが活躍したころからコッドがとれていたという。そしていつしかヨーロッパの漁船が島の周辺に押し寄せ、コッド漁はいよいよ盛んになっていった。

そうしてコッドは数百年に渡って島の生活を支え続けてきた。ところが現代になると、外国の大型船がやってきて網でコッドを根こそぎにしまったために漁獲量が急減。カナダ政府は1992年、ついにコッド漁を禁止してしまう。何百年も枯渇しなかったコッドがあっという間に姿を消してしまったのだ。

その大型船の中に、どうやら日本の船も混ざっているような話をニューファンドランド滞在中に聞いた。どのぐらい日本に責任があるのか定かではないが、なんとも申し訳ない限りだ。
店内ではみんな「スクリーチ・イン」に挑戦zoom
店内ではみんな「スクリーチ・イン」に挑戦
しょぼくれてなんかいられない

店内では、他のお客さんも次々と冷凍コッドとのキスに挑んでいた。みんな度胸満点。ラム酒を一気飲みしているから勢いが出ているだけではないと思う。なにはともあれ、チャレンジしてみるのが一番だ。

「スクリーチ・イン」が行われるようになったのは、コッド漁が禁止されたこととも関係しているらしい。ちょうどそのころ、ニューファンドランドはかなりの不況に陥っていて、島の基幹産業であるコッド漁までが禁止されて島全体に元気がなかったという。

だから、なにか島が元気になって盛り上がるようなことをやろうと、この店で「スクリーチ・イン」が生み出されたのだそうだ。

一見すると、かなり大胆な発想のように思える。でも、みんなコッドのおかげで食べてこられたのだ。コッドよ、永遠にやって来てくれ、きょうも釣れてくれ、と漁師が願い、キスをするのも分かるような気がしてくるのだ。
次々とタラとのキスが繰り広げられるzoom
次々とタラとのキスが繰り広げられる
僕がこの島を気に入っている訳

店内ではコッドとのキス「スクリーチ・イン」が続いているが、ここでちょっと、僕がどうしてニューファンドランドを気に入っているかについて話しておきたい。それは「スクリーチ・イン」しかり、辛い時期を乗り越えようと、みんなで元気をだそうぜ、というノリが感じられることだ。

この連載の中ではいずれ、漁師たちの「キッチン・パーティー」という愉快な飲み会についても語りたいと思うけれど、次回紹介したいのはニューファンドランドの中心、セント・ジョンズのことだ。

いろいろなことがあったけれど、この街はみんなで元気を出そうと、町並みをカラフルなジェリービーンズのようにしてしまった。そしてここには北米で最もパブの数が多いという通りもあって、遅い時間まで大盛り上がりなのだ。

え?前回の原稿で、コッドとは2回キスをしたと書いてあったが、まだ1回じゃないかって?

もちろん嘘などついていない。次回ではないが、いずれその話もしようと思う。ただし予告だけはしておきたい。2回目のキスは冷凍の御神体などではない。生きたコッドとの「スクリーチ・イン」なのだ。
知りたい ニューファンドランド
https://www.canada.jp/newfoundland-and-labrador/


Canada Theatre(カナダシアター)
www.canada.jp/


取材協力: カナダ観光局

「すべて知りたい!カナダ・ニューファンドランド島 vol.4 ジェリービーンズの街」へと続く...
ジャーナリスト:平間 俊行
ジャーナリスト。カナダの歴史と新しい魅力を伝えるため取材、執筆、講演活動を続けている。2017年のカナダ建国150周年を記念した特設サイト「カナダシアター」(https://www.canada.jp)での連載のほか、新潮社「SINRA」、「文藝春秋」、「週刊文春」、大修館書店「英語教育」などにカナダの原稿を寄稿。著書に『赤毛のアンと世界一美しい島 プリンス・エドワード島パーフェクトGuide Book』(2014年マガジンハウス)、『おいしいカナダ 幸せキュイジーヌの旅』(2017年天夢人)がある。
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