旅の扉

  • 【連載コラム】すべて知りたい!カナダ・ニューファンドランド島
  • 2018年12月6日更新
ジャーナリスト:平間 俊行

すべて知りたい!カナダ・ニューファンドランド島 vol. 2 島と賢治とタラの話

グリーンランドから流れてくる氷山zoom
グリーンランドから流れてくる氷山
セリーヌ・ディオンやライアン・ゴズリングのこと

1912年(明治45年・大正元年)、イギリスのサウサンプトンからアメリカのニューヨークに向けて処女航海に出た豪華客船タイタニック号は、氷山と衝突して沈没した。1997年にレオナルド・ディカプリオ主演で映画化されていることもあるし、誰もがこの事故については多少なりとも知識があると思う。

しかし、沈没した場所がカナダの最東端にあるニューファンドランド島沖だったことを知る人は少ないだろうし、その氷山がグリーンランドから流れて来るラブラドール海流によって運ばれてきたことを知る人はもっと少ないはずだ。

「少ない」と言えば、映画「タイタニック」の主題歌を歌ったセリーヌ・ディオンがカナダ人であることを知っている人もまた少ないのかも知れない。

そもそも、アメリカ人と思われている俳優や歌手が、実はカナダ人であることを知っている人が少ないのも残念でならない。お騒がせのジャスティン・ビーバーがカナダ人なのは知られているが、俳優ではジム・キャリーやキアヌ・リーブスもカナダ人だ。「バック・トゥー・ザ・フューチャー」シリーズのマイケル・J・フォックスもカナダ人だし、最近では「ラ・ラ・ランド」のライアン・ゴズリングもカナダ人だ。ライアン・ゴズリングの寂しげな笑顔は実に魅力的だ。
「銀河鉄道の夜」には事故の犠牲者らしき3人が登場する © 新潮社zoom
「銀河鉄道の夜」には事故の犠牲者らしき3人が登場する © 新潮社
「銀河鉄道」の乗客

ライアン・ゴズリングが素敵だという話はさておき、「少ない」と言えば「銀河鉄道の夜」を書いた宮澤賢治がニューファンドランドと関わりがあることを知っている人は、「少ない」どころかまずいないだろうと思う。賢治はその代表作、「銀河鉄道の夜」に、ニューファンドランド沖で沈んだタイタニック号の乗客と思われる人物を登場させている。

主人公のジョバンニが乗る銀河鉄道に、背の高い青年、それに女の子と男の子の姉弟が乗り込んでくる。青年は2人の家庭教師であり、先に「本国」に戻った親元へ姉弟を届けることになっていたという。その青年はジョバンニに、乗っていた船が氷山にぶつかって沈没した、などと語るのだ。

賢治が生きた時代はテレビなどなく、まだラジオ放送が始まった程度。岩手県花巻市で暮らす賢治はタイタニック号の事故を新聞で知ったのだろう。そして、これは本当に不思議な偶然だと思うのだが、タイタニック号が沈んだ年に賢治は生まれて初めて海を見ている。賢治16歳。修学旅行でお隣の宮城県、日本三景の1つ、松島などに行った時のことだ。
ニューファンドランドの小さな港町・トリニティzoom
ニューファンドランドの小さな港町・トリニティ
「三位一体」という名の港

これだけなら宮澤賢治がタイタニック号の沈没事故を知っていたというだけで、ニューファンドランド島とは特段の関わりはない。しかし、賢治は「ビジテリアン大祭」という別の作品の中で、ニューファンドランド島を登場させていると聞けばちょっとは驚くだろう。

「ビジテリアン」とは今で言う「ベジタリアン」。菜食主義者と言っていいと思うが、今の菜食主義者と賢治の時代の「ビジテリアン」が同じかどうかはちょっと分からない。なにしろ賢治自身が「ビジテリアン」を「信者」などと表現しているのだ。まあ、とにかくニューファンドランド島で「ビジテリアン」の世界大会らしきものが開催されるというのが物語の設定だ。

賢治は「ビジテリアン」の日本代表である主人公を乗せた船を、ニューファンドランド島のトリニティという実在する港に入港させている。ここは教会を中心とした本当に小さくて綺麗な港町だ。今は、夏だけ一軒の家をまるまる借りてゆっくり過ごすといった形で人気を集めている。

僕はタイタニック号の事故に興味をいだいた賢治が、新聞記事にあった「ニューファンドランド」の文字を地図上で懸命に探したのだと思う。たぶんそれは英語の地図だったと想像する。そして偶然、賢治が目にしたのは、ニューファンドランド島に記されたキリスト教の教え「三位一体」を意味するトリニティ=Trinityの文字。そこから「ビジテリアン大祭」の開催場所にニューファンドランドのトリニティ=Trinityを選んだのではないだろうか。

僕の想像が当たっているかは大した話ではない。大事なのは、実は宮澤賢治が日本とカナダ最東端のニューファンドランド島を結びつけるきっかけを残しておいてくれた、ということなのだ。
氷山の水からつくるアイスバーグ・ビールzoom
氷山の水からつくるアイスバーグ・ビール
氷山はしょっぱくない

タイタニック号を沈め、宮澤賢治とニューファンドランド島を結びつけた氷山。海の上を流れてくるのだからしょっぱいように思ってしまうのは当然だが、実は氷山はしょっぱくはない。大昔に降った雪が押し固められてできた氷だ。海水に浸かった部分は塩辛いが、その部分を取り除けば真水が得られる。

ニューファンドランド島のキディ・ビディというところにあるビール醸造所では、氷山から得られた水で「アイスバーグ・ビール」をつくっている。氷山の水だからおいしいのか、理由は分からないが、かなりいい味のビールだ。そのおしゃれな青いボトルも人気で、観光客が持って帰ったりして回収されないこともあり、ボトルは不足気味らしい。

このおいしいビールにはフィッシュ&チップスが合うと思うけれど、それよりさらに合うのがニューファンドランド名物のコッド・タンだ。コッドとはタイセイヨウタラで、「Cod」と書く。タンと言っても牛タンみたいに舌ではなく、本当はタラの喉の部分のやわらかいお肉。好みは分かれるかもしれないが、僕は結構コッド・タンが気に入っている。ニューファンドランドに来たら絶対にコッド・タンを味わってほしい。
ニューファンドランド名物の「コッド・タン」zoom
ニューファンドランド名物の「コッド・タン」
なぜ舌や頬なのか

コッド・タンのほかにコッド・チークというのもある。チーク、つまり頬の肉だ。これはタンよりも少しこぶりでなかなかの美味だ。マグロでも頬肉がおいしいのと同じかも知れない。

コッドというのは日本で見かけるタラとは違う種類。冬になると鍋物の材料として登場する真ダラや、卵が辛子明太子になるスケトウダラよりもずっとサイズが大きい。そもそも真ダラやスケトウダラは太平洋に、コッドは大西洋に住むタラだ。

それにしても、どうして舌というか喉、そして頬肉を食べるのか。もちろん美味しいのだが、真ダラのように胴体、つまり身の部分を食べないのはなぜなのか。実はこのあたりの問題は、ニューファンドランドの物語の本筋部分なので、おいおいじっくりと話したい。まだちょっと早いかな、と思っている。

知っておいてもらいたいのは、ニューファンドランドでコッドは「王」と呼ばれているということだ。島には「Cod is King」という言い方がある。この島の人々はずっと昔から、コッドのおかげで食べてこられた、生きてこられたと言っていい。

だから、島に来たら「王」にあいさつしておくに限る。あいさつの仕方はコッドとのキス。「スクリーチ・イン」という“儀式”があるのだ。信じられないかもしれないが本当の話。もちろん強制されることなどない。キスするかどうかは個人の自由だ。

しかし、せっかくニューファンドランドに来たのなら「スクリーチ・イン」を経験しておいてもいいと思う。なにしろ他では絶対に経験できないのだから。そして僕は2回も「スクリーチ・イン」を経験している。次回は衝撃のタラとのキスの話をしてみようと思う。
知りたい ニューファンドランド
https://www.canada.jp/newfoundland-and-labrador/


Canada Theatre(カナダシアター)
www.canada.jp/


取材協力: カナダ観光局

「すべて知りたい!カナダ・ニューファンドランド島 vol. 3 タラとのキス」へと続く...
ジャーナリスト:平間 俊行
ジャーナリスト。カナダの歴史と新しい魅力を伝えるため取材、執筆、講演活動を続けている。2017年のカナダ建国150周年を記念した特設サイト「カナダシアター」(https://www.canada.jp)での連載のほか、新潮社「SINRA」、「文藝春秋」、「週刊文春」、大修館書店「英語教育」などにカナダの原稿を寄稿。著書に『赤毛のアンと世界一美しい島 プリンス・エドワード島パーフェクトGuide Book』(2014年マガジンハウス)、『おいしいカナダ 幸せキュイジーヌの旅』(2017年天夢人)がある。
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