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  • 2018年12月6日更新
リスヴェル編集部トピックス
Editor:リスヴェル編集部

映画『パッドマン』をより楽しむための7つの知識(アジア映画研究者 松岡 環)

© ソニー・ピクチャーズ エンタテインメントzoom
© ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
1. 映画の舞台

映画のロケ地となったのは、主として北インドのマディヤ・プラデーシュ州。マディヤ(中央)・プラデーシュ(州)の名の通り、MP州とも略されるこの州は、インドのほぼ真ん中にある。州都はボーパールだが、その西南にあるのが、MP州で最大の人口204万人を擁するインドール市。映画の後半の舞台は主としてインドール市で、前半は、さらにその西南に位置するマヘーシュワルという町で大半のロケが行われた。

古い歴史を持つマヘーシュワルはナルマダ(ナルマダー)河の北辺に広がっていて、信仰の対象ともなっているナルマダ河の岸辺にはガート(沐浴場)が連なる。ラクシュミが自転車を走らせるのがこのガートで、その時に彼が地元の人と交わす挨拶も、「ナルマデー・ハル(聖なるナルマダー河よ/ナルマダー河を讃えよ)」というもの。長いため字幕には訳出してないが、美しい挨拶だ。そんな聖なる河を動物の血で汚した、というので、ラクシュミに対する人々の怒りもハンパではなかったのである。また、最後のシーンでラクシュミとムルガナンダム氏が立っているのは、18世紀にこの町に遷都したホールカル家の女当主アヒリヤー・バーイー・ホールカルが建設した、ホールカル・フォートの入り口である。
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2. 結婚のしるし

ラクシュミとガヤトリの結婚式から始まる本作は、地方の伝統的な結婚式の様子を垣間見させてくれる。赤いターバンをかぶり、白いクルター(丈の長いシャツ)とドーティー(腰布)姿の新郎が、赤いサリーを着た新婦と衣服の端を結び合わせ、火の周りを7回回る。周囲ではシャヘナーイーというチャルメラに似た管楽器が高らかに結婚のメロディーを奏で、人々は新郎新婦に花や米を振りかける。ヒンドゥー教徒の典型的な結婚式である。

北インドでは結婚後、妻はマンガルスートラと呼ばれるネックレスを常に身につける。黒と金色のビーズからなるネックレスで、金でできたヘッドが付いている。これは、夫が存命の人しか付けることができず、反対に言うと、マンガルスートラは幸せな人妻のしるしなのである。ガヤトリは実家に連れ戻されてもずっとマンガルスートラを付けており、夫を思う気持ちがそこから感じ取れる。また、マンガルスートラと同時に、髪の分け目の額部分にシンドゥールと呼ばれる赤い粉を付けるのも、伝統的な妻のスタイルだ。額には、誰でも色粉やシール状のビンディー(「クムクム」とも。昔は赤色だったが、今はサリーの色に合わせた色のシールを貼り付けるのが一般的)を付けることができるが、髪の分け目に赤い粉付けられるのは、これも幸せな人妻だけである。注意深く見るとガヤトリ以外にも、ラクシュミの一番上の妹ら既婚の女性たちが、この結婚のしるしを付けているのがわかる。
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3. 兄弟姉妹の祭り

最初の歌が終わった後に登場するのは、すでに嫁入っているラクシュミの一番上の妹が実家に帰ってくるシーン。この日は「ラクシャー・バンダン」のお祭りの日なので、兄のラクシュミに守り結びの紐を結ぼうとやってきたのだ。ラクシャー(守護)・バンダン(縛るもの)の祭りは年によって日付が違ってくるが、大体8月になることが多い(2018年は8月26日)。これは、姉妹、またはそのような関係にある女性が、兄弟、またはそれと同等と思われる人にラーキー(結び紐)を贈ってその手に結び、自分を守ってほしいと祈る祭りなのだ。お祭り自体を「ラーキー」と呼ぶこともあり、この時期になると色とりどりの結び紐が町のあちこちで売られる。ミサンガのようなものと思えばよいが、紐の途中にきれいな金属の飾りを挟んだり、豪華な造花を付けたり、凝ったものも多い。直接相手の手に結ぶのがベストだが、遠く離れて暮らしている人には郵送することもあり、この時期はインド国内のみならず、インドと諸外国を結ぶ郵便ルートに乗って、ラーキーが世界の空を飛び交う。

気をつけないといけないのは、あくまで女性側は兄弟、または兄弟とみなす人にしか贈ってはいけないことで、うっかりと恋する人に贈ったりすると結婚できなくなってしまう。ラーキーを贈ることによって、二人は兄弟・姉妹関係になるためで、近親間の結婚は不可能なのである。贈られる側は、実際の兄の場合は本作に出てくるようにご祝儀を返すのが普通で、弟の場合も「姉を守らなくては」との自覚を芽生えさせるようだ。
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4. ナプキンの値段

本作のオープニング時は2001年に設定されていて、ラクシュミのセリフの中でも「今は2001年だぞ。古くさい考え方はやめろ」という言葉が出てくる。

2001年頃の「ナプキン55ルピー」とは、どのくらいの物価感覚だったのだろうか。インドは大都市と地方との格差が日本とは比べものにならないぐらい大きいので、古い資料をくって当時の地方都市の物価を調べてみた。2001年にもらったチェンナイの中華ファーストフード店「ヌードル・キング」のチラシでは、「野菜焼きそば」が23ルピー、「チキン焼きそば」が32ルピー、そしてソフトドリンクやコーヒーが1杯5ルピーとなっている。55ルピーあれば、菜食主義者なら2人がドリンク付きの焼きそばを食べられる、という計算だ。「ナプキン55ルピー」はドリンク代の11倍の値段なので、今の日本に当てはめてみると、マックのドリンク類が1杯100円としてその11倍、「ナプキン1100円」ということになる。これではやはり、ガヤトリが尻込みするはずである。
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5. インドの神々

本作には、面白い宗教装置が登場する。からくりを使った、ヒンドゥー教の神様礼拝所だ。最初に登場するのはハヌマーンで、これは古代叙事詩「ラーマーヤナ」に登場する猿の武将。「ラーマーヤナ」は桃太郎伝説のルーツとも言われ、後半部では主人公ラーマ王子が、魔王ラーヴァナにさらわれた妻シーター姫を奪還しようと、猿の軍隊と共にラーヴァナの本拠地ランカー島に攻め入る。猿の王国の武将で勇猛なハヌマーンはラーマを助け、囚われのシーター姫と連絡を取ったり、傷ついたラーマの弟ラクシュマナのためにヒマラヤ山中に薬草を採りに行ったりと大活躍。こうしてハヌマーンは神様ではないものの、多くの人から信仰されており、特に体を鍛えようとするマッチョ志向の男性陣に人気がある。

次に登場するのがクリシュナ神で、こちらはヒンドゥー教三大神の1人、ヴィシュヌ神の化身。ヴィシュヌの化身(「アヴァタール」と言い、ネット用語「アバター」の語源である)は10あり、その中にクリシュナのほか、ラーマやブッダも入っている。クリシュナは幼い時からいろんな逸話を持ち、プレイボーイとしても知られているが、その華やかさも手伝って特に女性に人気が高い。

なお、本作中に登場する宗教としては、人物のほとんどがヒンドゥー教徒であるが、パリーの父親はターバンをかぶり、髭を生やしていることからシク教徒とわかる。また、ラクシュミが新しいナプキンを試してもらおうと協力者を探すシーンで、黒いブルカをかぶったイスラーム教徒の女性たちと、キリスト教のシスターたちが登場する。

6. インド工科大学

本作には、大学がいくつか登場する。ラクシュミがナプキンを試してもらおうとする女子医科大学、セルロース・ファイバーの知識を得ようとして、ついにはある教授の家の使用人となって教員宿舎に住み込んでしまうインドールの工科大学。そして、パリーのお父さんが勤務するデリーの大学で、発明コンペが開催されるIIT(Indian Institute of Technology)、つまりインド工科大学だ。
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7. 女性の自立

本作には、対照的な2人のヒロインが登場する。ラクシュミの妻であるガヤトリと、ラクシュミのビジネス・パートナーと言えるパリー。

ガヤトリは実家の兄が決めた結婚相手ラクシュミに嫁ぎ、家事に従事する。いつもサリー姿で過ごし、生理の時は穢れが家の中に入り込まないよう、廊下部分で寝起きすることに何の疑問も持たない。自分のためにナプキンを作るという夫のとっぴな行動に驚くものの、何とか彼の役に立とうとするが、「夫に従う妻」の域を出ない意識のため、やがて周囲によって引き離されてしまう。

一方パリーは、大学を出てさらにMBAのコースで学んでいる女性だ。首都デリーに住み、大学教授であるリベラルな父に育てられた彼女は、常に自分が正しいと思った道を選び取り、大企業の就職試験に合格していながら、それを蹴ってラクシュミの草の根事業を手伝っていく。服装も、サルワール・カミーズかクルター・パジャマという、インドの伝統衣装でありながら行動的なものだ。最後の国連演説の場では絹のサリー姿を披露しているが、典型的な自立する女性である。魅力的なパリーがいつまでも印象に残ることだろう。

さらに本作には、第三のヒロインと言える存在がいる。自らナプキンを作り、それを販売していく農村の女性たちだ。パリーの提案で彼女たちが銀行から受ける融資は「マイクロ・クレジット(小規模融資)」と呼ばれるもので、現在、インド各地で女性対象の開発プログラムの一環として実施されている。女性に融資すると返済率が高いと評価されており、所得創出活動や教育普及活動とならんで、女性の自立を促す重要なプログラムの一つだ。本作のような、興行収入トップ10に入る作品で描かれると、こういったプログラムの認知度も上がっていく。本作は、インド女性の自立を応援する作品でもある。

アジア映画研究者 松岡 環 氏 - 『パッドマン』をより楽しむための7つの知識

『パッドマン 5億人の女性を救った男』 2時間17分
第31回 東京国際映画祭 特別招待作品
公開日: 2018年12月7日(金) TOHOシネマズシャンテ他 全国ロードショー
監督・脚本: R.バールキ
配給・宣伝: ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
公式サイト: http://www.padman.jp/

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