トラベルコラム

  • 【連載コラム】トラベルライター岩佐 史絵
  • 2018年8月6日更新
贅沢☆旅スタイル
Writer:岩佐 史絵

「My place」の心地よさ マンダリン オリエンタル バンコクの“自宅感”がハンパない件

バンコクの景色はどんどん変わる――今、最も変化が著しいのがチャオプラヤ川沿いだzoom
バンコクの景色はどんどん変わる――今、最も変化が著しいのがチャオプラヤ川沿いだ
 旅シーズン到来! ……の前になると、よく筆者のもとには同じ内容の質問がくる。「この夏、○○へ行くのですが、おすすめのホテルはどこでしょう?」

 ところで、先にも書いたが、筆者はたぶんこれまでにタイには40回くらい来ている。学生のころからだから、ゆうに四半世紀は通っているということに。かつてはバックパッカー宿がひしめいていたカオサンストリートに定宿を決めていて、予約なんてもちろんできない。いきなり行って、「泊めて」というのである。しかし宿の主人はとても親切でサービスがよく、いつ行っても「おかえり」と笑顔で迎えてくれるのだ。年を経て、トラベルジャーナリストという仕事柄、世界のすばらしいホテルをそれはそれはたくさん見てきてもなお、ときおりふっと戻りたくなるのがこの宿。カオサンストリートの変貌とともになくなってしまったけれど……。
マンダリン オリエンタル バンコクのヒストリカル オフィス ヴィラは本当に美しい。カオサンの喧騒とはまったく違う、バンコクの”顔”zoom
マンダリン オリエンタル バンコクのヒストリカル オフィス ヴィラは本当に美しい。カオサンの喧騒とはまったく違う、バンコクの”顔”
 さておき。冒頭の質問に筆者が現在のバンコクでイチオシと答えるホテルは、マンダリン オリエンタル バンコク。言わずと知れたリバーサイドにある5つ星ホテルで、バンコクの変遷をつぶさに見守ってきた、歴史ある老舗である。2016年にちょうど創業140周年を迎えたのを機に、ホテルのシグネチャーでラウンジとスイートルームのあるヒストリカルオフィスヴィラを全面改装。19世紀後半に欧米との貿易が自由化し、水運管理事務所として米国人に建設された建物が全身で、当時のヴィラの雰囲気を随所に感じられるレトロモダンが美しい。その優雅なたたずまいは新たなバンコクの顔として人々の心に刻まれることだろう。
筆者はいつもこれ! タイ風アフタヌーンティー。アフタヌーンティーのスイーツは甘すぎていつも残してしまうが、こちらは甘味だけでなく、スナックも盛り合わせてあり、全部食べられる!zoom
筆者はいつもこれ! タイ風アフタヌーンティー。アフタヌーンティーのスイーツは甘すぎていつも残してしまうが、こちらは甘味だけでなく、スナックも盛り合わせてあり、全部食べられる!
 だがそうした美しさだけがイチオシの理由ではない。
 チェックインするときにレセプションでパスポートを見せると、即座に「1年ぶりですね、おかえりなさいませ」なんて声をかけてくれる。もちろんシステムに記録が残っているからで、これはバンコクに限らずどのマンダリン オリエンタルでも同じだ。しかし「おお♪」と思わせるのはここからだ。
室内に案内されて一息ついて、オーサーズラウンジでアフタヌーンティーを。筆者のおすすめはオーソドックスな英国風ではなくタイ風のほうで、タイのスイーツやスナックをいろいろ試せるのがうれしい。アフタヌーンティーだから、もちろんスコーンもついてくるし、140周年記念に紅茶の専門店『マリアージュ・フルール』によって作られたオリジナルティー『Le Grand Dame』を合わせて楽しむこともできる。ああ、最高のひととき……。
さりげなく、おしつけがましくなく、それでいて特別感を感じさせてくれる接客。すばらしい!の一言に尽きるzoom
さりげなく、おしつけがましくなく、それでいて特別感を感じさせてくれる接客。すばらしい!の一言に尽きる
 と、その翌日、バンコク在住の友人が筆者に会いにホテルまで来てくれるという。当然のことながら待ちあわせはラウンジで。昨日はあいにく先客がいて座れなかった窓際の席に案内してくれる。今日はなににしようかな、と迷っていると、スタッフの女性が一言。「昨日召しあがった『Le Grand Dame』はお気に召しましたか? では……」と、こちらの好みそうなお茶をいくつか教えてくれた。――覚えているのだ、筆者が昨日注文したお茶の種類を。実はこのホテルではたびたびこういう場面に遭遇する。外から戻ってきて、自室に戻ろうとリフトに乗ると、たまたま居合わせたスタッフが筆者の部屋の階のボタンを押してくれている。「何階ですか?」なんて聞かれない。彼はちゃんと知っている。筆者がどの部屋に宿泊しているのかを。スタッフは全員、宿泊者の顔と名前を覚えるのだそうで、館内を歩いていると名前を呼ばれることもしばしばだ。
伝説のゲストリレーション、アンカナさん(向かって右)。彼女の細やかな接客は多くのゲストを魅了したzoom
伝説のゲストリレーション、アンカナさん(向かって右)。彼女の細やかな接客は多くのゲストを魅了した
 こうしたサービスを実施する高級ホテルは少なくないが、300室を超えるホテルでは徹底するのは難しいこと。しかしながらここでは当たり前のようにそれが行われている。というのも、マンダリン オリエンタル バンコクでは勤続年数実に70年超という、伝説のスタッフがいて、彼女の接客スタイルが従業員の手本になっているのだという。
 アンカナさんは現在96歳。2008年に引退はしたものの、今も月に一度はホテルまで様子を見に来るといい、変わらず現場から厚い信頼を集めている。ゲストの顔と名前をすべて覚え、彼らの嗜好までも把握していた彼女の働きがあってこそ、多くのリピーターの心をつかんだことは明らか。その家庭的で温かいもてなしの精神がスタッフたちに受け継がれているのである。

客室内の設備は仕事をするのにも適していて、どんな場合もここに”帰る”のが当たりまえになる。レターセットに自分の名前が刻印されているのを発見して大感動zoom
客室内の設備は仕事をするのにも適していて、どんな場合もここに”帰る”のが当たりまえになる。レターセットに自分の名前が刻印されているのを発見して大感動
 そう、マンダリン オリエンタル バンコクにいると、あの小さな小さな、10部屋程度しかない家族経営の宿で「おかえりなさい」と声をかけてもらった記憶がよみがえるのだ。ベッドと扇風機しかない質素な部屋だったけれど、荷物を降ろすと心の底から「ただいま」という気持ちになる。“Home away Home”とはまさにこういう感覚なのだろう、大好きだった、「ここが私の、バンコクの居場所」。それが、世界でも指折りのラグジュアリーホテルでも感じられる。客室の快適性や豪奢なしつらえにだってもちろん萌えまくりなのだけれど、またここに来たくなるのはやはりこの親密な空気感を求めてのこと。この居心地のよさはほかのホテルでは味わえない、こここそがMy place。バンコクに来たらここに帰ると決めている、そんな場所なのだ。

マンダリン オリエンタル バンコク
https://www.mandarinoriental.co.jp/bangkok
予約問合わせ先(日本語):0120-663-230
所在地:48 Oriental Avenue, Bangkok 10500
電話番号:+66-2-659-9000
Writer:岩佐 史絵
旅に貴賎なし! 旅をしていないと血中旅度が下がってお腹が痛くなってしまうほどの旅好きが高じてトラベルライターに。ONもOFFも旅一色。妊娠中も子育て中も闘病中も行きたいところには必ずでかける体力自慢。著書『人生のサプリを見つける旅ガイド』(ソニーマガジンズ刊)ほか。
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