旅の扉

  • 【連載コラム】coffee x
  • 2017年1月30日更新
アムステルダムカフェより
カフェエッセイスト:安齋 千尋

Coffee x C'est la goutte d'eau qui fait déborder le vase.

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At what speed must I live to be able to see you again?
- 5cm per second (Director Makoto Shinkai)より
日本に帰国してのカフェ時間ですが、フランス人の友人との会話の中で、
C'est la goutte d'eau qui fait déborder le vase、
あと一滴しずくが落ちたら花瓶から溢れ出してしまいそうな、という表現を私に説明してくれようとしています。ある映画の中で、カトリーヌ・ドヌーヴがもう我慢の限界よ、と通例では怒りの表現で使われているのですが、友人は日本でのある風景を振り返り「堰を切ったように涙が止まらなかったよ」という話の中で使ったのでした。
まさに今の私は、雫ほどの揺れでも溢れ出してしまいそうな想いと涙を押し込めているようです。心はここにあらず、何が食べたい?何が見たい?答えは心では強くわかっていて、なのにすぐに届かないところに来てしまったことに2017年とても正直にちっともhappyではない始まりだわと思いましたが、でもいいカフェを見つけたのでブログを書くことにしました。
I’m always searching for your figure, even though I know you won’t be there.
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2017年始まりの旅カフェは京都より。Best FriendのAちゃんがロンドンから遊びに来てくれたのです。「30歳の誕生日何か特別なことがしたいの、chihiの国を一緒に旅行をしたいわ」特別なこと、に選んでくれてありがとう。日本は彼女と歩くとハッピーの連続です。
Aのメモを見ると。

Japan loves...Napping (電車で寝ている)Warming Robot Toilet (笑ウォシュレット)Potato Sandwiches(サンドイッチにポテトサラダが珍しいそう)
To know...In Kyoto, the crossroad man wears hat and you walk on “blue” (京都の信号機のサインのおじさんは帽子をかぶっていて東京はかぶっていない、とか青になったら渡りましょうと、緑色なのに)

とても可愛かったことは、デパ地下で買ったショートケーキが一つだけ入った小さな箱を新幹線の中で開けたときでした。「あんなに振って歩いたのに!」日本のケーキ屋さんは丁寧に緩衝材を入れてくれるのでくずれていなかったのです。そして小さな保冷剤が添えてあるのを見てとても喜んで、彼女はこんなに親切に冷やしておいてくれたの、と。ふたりでいるといつまでも小さい女の子のようにいつもわくわくして、日本を一緒に旅ができるなんて夢がひとつ叶いました。
京都でもいつものふたり朝ごはんカフェ巡り。ずっと気になっていた%Arabicaの東山店に行きました。朝の透明な光がいっぱいに入るガラスの大きな引き戸や白木の大きな机と色使いがどこかやはり和風で、棚のはじの方にちいさな赤いだるまがあるところも素敵なセンスを決して壊さず静かで、Baguetteの塩味もちょうどよくパリッとしてああいい朝だなぁとお思える久しぶりの朝ごはん。京都に住んでいた頃お気に入りだった焼きリンゴがあるcafe bibliotec helloはベーカリーが併設されています。イングリッシュマフィン、Aと一緒にロンドンのパン屋さんで売ったよねと話しながら、温めたてのパンに蜂蜜とバターが溶けていく色合いは幸せな記憶を呼び起こします。
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In search of lost time.
コーヒーを入れる朝の至福な時間のことを何度も思っていました。彼の家でコーヒーをセットするとかすかにシナモンの香りがするなとずっと思っていたところ、ある日彼のルームメイトがコーヒー豆に少しだけシナモンを入れてることを教えてくれたのでした。そういう、温かい香りも、しぐさも、涙や手の感触も、私の一部だったことの幸せを心に書き留めるようにページをめくっていきます。プルーストの『失われた時を求めて』を読むことにしたのです。ずっと後回しにしてきたけれど、今がこの本を読むときだと思ったのでした。
子供の頃の記憶を描く序章の場面、お母さんからのおやすみのキスをされる瞬間を楽しみに待っていたことを、廊下や光を丁寧に描写することで、ひとつひとつ触りながらもと来た道をたどるように書かれています。家具に染み込んだ香りから田舎の季節の生活を思い起こすようにたくさんの比喩を使って、「習慣づいて暇をもてあましたようで、きちんと時間を守る用意周到な匂い」と表現している日本語の訳がいいなと思うのです。私が愛しいと思ったイタリアのの休暇やカナダのりんご園の風景、祖母の家は絵に描いたような田舎ではなくても同じように、同じことの繰り返しなのにきちんと季節の料理が用意され収穫されたものは干されたり煮詰めたりして保存されて、ちょっと遅れると”大変”なのです。
Madelein moment、本の中で紅茶に浸したマドレーヌの箇所がありますが、この流れにちなんで渋谷で見つけたとても素敵なカフェ茶亭羽富を紹介します。エントランスの感じやランの花が”喫茶店”で夜中まで空いているのでちょっと古めかしいのでは、と躊躇したのですが一緒にいたAのセンスに従い席につくことにしました。棚に並んだvintageのWedgewoodやRoyal copenhagenのカップ、ミルク鍋も磨かれてカウンターでコーヒーを作るお店の人はシャツを着ていてカフェを大切にしている折り目正しさが日本の静かな粋、大人な東京カフェ時間です。Aが頼んだ紅茶は、貴婦人のようにでも気取らず温もりのこもったティーポットで、繊細な薄い美しいカップとともに。ミルク鍋にふつふつと湯気が立ち紅茶を煮出しているミルクティはうっすら泡がのって少しmasculineな深めのカップで、一緒にオーダーしたふわふわのシフォンケーキとともにみんな優しく目の前に並んでいました。KyotoとTokyoどちらでも笑顔になるカフェを見つけられてそれだけでいい旅だね、となるカフェ好きな二人です。

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But, when nothing subsists of an old past, after the death of people, after the destruction of things, alone, frailer but more enduring, more immaterial, more persistent, more faithful, smell and taste still remain for a long time, like souls, remembering, waiting, hoping, on the ruin of all the rest, bearing without giving way, on their almost impalpable droplet, the immense edifice of memory.

We are healed of a suffering only by experiencing it to the full.

-Marcel Proust "À la recherche du temps perdu"
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Aちゃんは帰国してしまいましたが、おかげで少しエネルギーが自分の中に湧いてくると色が鮮やかに見えてくるものです。
happy?
両親や大切な人たちも私のハッピーが好きだったことが思い出されて、心に水が湧くように少しずつ周りにありがとうを伝えていかなくてはと思い始めた頃、ずっと会えていなかった友人たちがフローリストNicolai Bergmannに併設されたカフェで会おうと言ってくれたのでした。日本の生け花が野に咲くように活けられることに対して、おとぎの国に一瞬で連れて行ってくれる西洋のフラワーアレンジメント、私はどちらも美しいと思います。フレッシュジュースやカフェのマフィンもラテもとてもみずみずしく美味しくて、もう女の子ではないけれど女の子同士といつまでも言える友人たちとプチハッピー、こんな東京日和の週末は久しぶりでした。
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treasure time is myself.
スーツケースを開けると、いちばん大事に包んできた宝物がありました。
このCoffee setは大切な人が旅先でお土産に買ってきてくれたものですが、私の好きなものを思い浮かべてくれた想いや時間と、裏に刻印されたメッセージが愛おしく、もらった時は身体が泡になって溶けてしまうのではないかと思うほど幸せだったことや、おかえり、ときっと満面の笑みで言ったことを思い出しました。こうやって宝物を集めて人は出来ていくはずで、失くさないように大切に、次の旅の準備をしていきたいと思っています。ありがとう。

%arabica http://www.arabica.coffee
Cafe Bibliotek Hello http://cafe-hello.jp
茶亭羽富 〒150-0002 東京都渋谷区渋谷1丁目15−19
NOMU Nicolai Bergmann http://www.nicolaibergmann.com/locations
カフェエッセイスト:安齋 千尋
Amsterdamに住んでいます。外国で暮らすため、京都で仲居をしながら学んだ日本、Londonでの宝物の出会いがありヨーロッパにきて10年以上が経ちました。世界中どこにいてもいいカフェに出会うことがとても楽しみです。入った瞬間の香り、音、新聞、いつものバリスタと目が合うこと、私の日々の幸せな瞬間はカフェにあります。
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