トラベルコラム

  • 【連載コラム】トラベルライターの旅コラム
  • 2012年11月2日更新
よくばりな旅人
Writer & Editor:永田さち子

世界が注目する、ハワイのおいしい野菜

オアフ島の西、ワイアナエ山脈のふもとに広がるMAO Organic Farm。山の養分と海のミネラルが堆積した肥沃な土壌で栽培された野菜は、ハワイのシェフたちがこぞって求めることで知られている。zoom
オアフ島の西、ワイアナエ山脈のふもとに広がるMAO Organic Farm。山の養分と海のミネラルが堆積した肥沃な土壌で栽培された野菜は、ハワイのシェフたちがこぞって求めることで知られている。
グルメとか、美食家とか、食いしん坊を表す言葉はいろいろあるけれど、私の場合、そんなお上品なものではなく、「食い意地が張っている」。だから、旅先での楽しみの第一が『食』であることはいうまでもない。どこへ行っても好き嫌いなくなんでもおいしく食べられるし、むしろ「なんでも食べてみたい!」と言ったほうが当てはまる。

オアフ島最大のオーガニック・ファーム

その私が取材で訪れることが多いハワイで、ちかごろ気になっているのがVegetable。そう、野菜なのだ。ハワイの食べ物というと、ステーキ&ロブスターのようにボリューミーなアメリカ料理やハンバーガー、日本でも人気爆発中のパンケーキがまず思い浮び、野菜についてはまだまだ知られていない。しかしハワイには、世界のメディアも注目するオーガニック・ファームがある。

 

太平洋に浮かぶ孤島のようなハワイでは、物資の多くをメインランド(アメリカ本土)に頼っている。食料に至ってはじつに85%が島外から運ばれてきたもの。食料自給率の低さが問題視されている日本でさえ40%前後なのだから、ハワイ産の食材がどれだけ希少なものか想像がつく。けれど最近では地産地消が見直され、野菜を栽培するファームも少しずつではあるけれど増えてきている。その代表がオアフ島の西、リワードと呼ばれるエリアにある「MAO Organic Farm(マオ・オーガニック・ファーム)」。1999年、ワイアナエ山脈のふもとに5エーカーの広さからスタートし、2003年にHOFAHawaii Organic Farmers Association)の認証を取得、現在では24エーカーの広さを誇る、オアフ島最大のオーガニック・ファームにまで成長した。

MAOの野菜を食べてみると、レタス、ベビーリーフなどの葉ものや、ビーツ、ラディッシュなど根菜類の味の濃さに驚かされる。このあたりの土壌は水はけのよい火山灰で、レタスなどの葉物を育てるのに適しているという。また、ワイアナエ山脈に降った雨が山からの養分を運び、その上に海から吹く風によってミネラル分が堆積するため、世界的に見ても肥沃な土壌になっているのだとか。ハワイの山と海の恵みが凝縮された土で育つ野菜が、おいしくないわけがない。島のオーガニック・ブームを代表するレストラン「Town」や、ハワイ州のレストラン・オブ・ザ・イヤーを10年連続で受賞している「Alan Wong’s」のシェフも好んで使うことで知られているし、ほかにもメニューの中で「MAO」の野菜を売り物にするレストランもあるほどの人気ぶりだ。
教育プログラムを利用し、大学に通う奨学生は現在約50人。授業の合間にファームで働き、自立するためのトレーニングを受けている。zoom
教育プログラムを利用し、大学に通う奨学生は現在約50人。授業の合間にファームで働き、自立するためのトレーニングを受けている。
世界のメディアが注目する理由

いうなれば、ハワイの「ブランド野菜」を栽培するMAO Organic Farm。ここに今、世界中のメディアの取材や視察が殺到している。事の起こりは201111月、ホノルルでAPEC(アジア太平洋経済協力)の首脳会議が開催された際、アメリカ大統領オバマ氏の夫人、ミッシェルさんが各国のファーストレディーをこの地を案内したことによる。ファーストレディーたちにはMAOの野菜をふんだんに使ったランチがふるまわれたが、彼女たちが興味を持ったのは野菜のおいしさもさることながら、ファームが取り組む教育プログラム。地元、ワイアナエの子供たちを対象に、農業指導と奨学金を支給するプログラムがスタートしたのは8年前。現在、1724歳の学生約50人が、授業のない時にファームで研修を受け、作業レベルによっては給料を得ながら大学に通っている。

MAOには、2つのミッションがある」と語ってくれたのは、この地で生まれ育ち、父親の代から伝わるタロイモ畑を引き継いでファームの立ち上げに加わった、プログラム・ディレクターのカムエラさん。そのミッションのひとつが、失われつつあるローカルフードの供給であり、もうひとつが地元のコミュニティのサポート。教育プログラムは、2つのミッションを支える役割も担っている。ホノルルから車で3040分離れたリワードは都市部に比べ貧しい集落が多く、勉強をしたくても進学できない子供たちや、犯罪や薬物に走るティーンエイジャーも少なくなかった。学びたい意欲のある子供たちに手を差し伸べ、農業を通じて自分が育った土地への愛着やコミュニティの大切さ、ものを大切にする心を学ぶことで、夢や目標に向かって自立できる人材を育成するのが、プログラムの目的なのだとか。

「だから将来は農業という枠にとらわれず、子供たちにはここで学んだことをベースに、コミュニティのために自分に何ができるのかを考えながら、夢を実現していってほしい。私たちは、そのためのサポートをしているのです」とカムエラさん。この趣旨に賛同し、MAOの野菜を積極的に使っているのが前出のレストラン「Town」のシェフ、エドワード・ケニーさん。ファーストレディーにふるまうランチの料理を手掛けた、その人だ。彼はここの野菜をメニューに取り入れ、ファームの名を紹介することで、プログラムのサポートを続けている。このような経緯もあり、ファーストレディーとともに同行した各国メディアの間に「MAO Organic Farm」の名は、広く知られるようになった。

 

ファームの野菜を使ったサラダは、「Town」の看板メニューの一つ。わずかな塩とオリーブオイルで食べると、野菜の味の濃さに驚かされる。(写真:宮澤 拓)zoom
ファームの野菜を使ったサラダは、「Town」の看板メニューの一つ。わずかな塩とオリーブオイルで食べると、野菜の味の濃さに驚かされる。(写真:宮澤 拓)
年配の人たちの間には、「ワイアナエ」というと、あまり良いイメージを持たない人もまだいるとか。けれども、MAOの野菜の知名度が上がり、ファームから巣立った子供たちがさまざまなフィールドで活躍することで、この土地の出身であることに胸を張れる日も遠くはないだろう。奨学生の女の子の一人は、
「ここで学んだことで、自分も将来に夢を持っていいのだということが分かった。大学では農業と哲学を学んでいるけれど、将来はファッション関係の勉強もしたいの。自然素材の洋服をデザインし、このファームでファッション・ショーを開けたら素敵だわ!」と、目を輝かせながら語ってくれた。

MAO Organic Farmは残念ながら、一般のツーリストには公開されていないけれど、その野菜をメニューに取り入れるレストランは確実に増えてきているし、オアフ島各地で催されるファーマーズ・マーケットや、ナチュラル・スーパーでもコーナーを設けて販売されている。作り手の顔が見えると、同じ食べものでも格段においしく感じられることはないだろうか。ハワイを訪れ、レストランのメニューに「MAO」の文字を発見すると、この野菜を育てながら自分たちの夢を実現させるために汗を流す子供たちのきらきらした表情が思い出され、ついオーダーしてしまうこのごろなのだ。

MAO Organic Farm(マオ・オーガニック・ファーム)

Town(タウン)

3435 WaialaeAve., Honolulu TEL808-735-5900

                                     

Writer & Editor:永田さち子
スキー雑誌の編集を経て、フリーに。旅、食、ライフスタイルをテーマとし、記事を執筆。著書に、「自然の仕事がわかる本」(山と溪谷社)、「よくばりハワイ」「デリシャスハワイ」(翔泳社)ほか。最近は、旅先でランニングを楽しむ、“旅ラン”に夢中!
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