トラベルコラム

  • 【連載コラム】イッツ・ア・スモール・ワールド/行ってみたいなヨソの国
  • 2012年10月14日更新
夢想の旅人=マックロマンスが想い募らず、知らない国、まだ見ぬ土地。
プースカフェオーナー/DJ:マックロマンス

ロマンスの道はミラノへ通ずる

photo by Yoko Iwabuchizoom
photo by Yoko Iwabuchi
僕は20代の前半ヨーロッパに住んでいて、ミュージシャンとしてあちこちを演奏してまわっていたので、けっこういろんな土地を訪れた経験があります。ガイドブックには載ってないような所にもね。けれどもイタリアには一度も行ったことがない。ローマにもミラノにもフィレンツェにもそしてもちろんシシリー島にも。

僕が所属していたバンドは業界でもかなりマニアックな存在だったのだけど、イタリアではなかなか人気があって、僕が加入する以前には、各地で何度となく演奏したことがありました。僕が参加したヨーロッパツアーでも5、6ヶ所の街を訪れることが決まっていたんだけど、直前になってすべてがキャンセルに。

聞けば、前回イタリアでライブした際に、バンドが現地で何やらトラブルを起こしたそうで、プロモーターの怒りを買ったという経緯があったらしいんだな。結局先方とは折り合いがつかず喧嘩別れすることに。帰る際に「お前らは2度とイタリアで演奏させない。」と捨て台詞をもらったようで、僕が参加したツアーで、それが現実のものとなったのでした。もちろん、プロモーターやライブ会場もトラブルを起こしたのとは違う所を通したんだけど、音楽界業界を牛耳ってる根っこは同じってことですね。たぶんイタリアだけじゃなくて、このような「黒い関係」の話は、どこの国にもあると思います。目が覚めたら枕元に馬の生首、みたいなことだって、きっと現実にあるのでしょう。
そんなわけで、僕はヨーロッパに5年も住んでいたのにイタリアに行ったことがありません。悲しいね。

そんな僕ですけど、イタリアと接点が全くないわけではありません。えーと、イタリア人の女の子とゆきずりの恋で一晩を共にしたことがあります。

旅行先のある酒場で4人掛けぐらいの大きなソファにひとり座ってぼおっとしていたら、イタリア人らしき女の子たちが4人か5人でやってきて、無理やりソファーに座るもんだから僕は隅っこの方に押しやられてぎゅうぎゅう状態。でもまあ可愛い女の子にくっついているのは決して悪い気分ではなかったので、そのままにしてたら、僕の隣の子を残して他はみんな何処かに行ってしまいました。で、僕らはしばらく長いソファの隅っこに黙ったまま2人ぴったりくっついていたわけです。その後、うちとけて、ひと晩愛し合うわけだ。ロマンティックでしょ?そうでもないか。

翌朝。

「ねえ、あなたはいつまでこの町にいるの?」
「今日までだよ。」
「今日!」
クリスマスのシーズンだったから、年明けぐらいまでのインスタントボーイフレンドが欲しかったんでしょうね。ひと晩ってのは想定外だったらしい。彼女を(彼女の宿泊先の)ホテルまで送って、さよならを言い、町を出た後で、住所も電話番号も何も聞いてなかったことに気がついたんだけど、後の祭り。大事なことはいつも後になってから思い出します。それっきり。あれから長い時間が流れ、可愛らしかった彼女も、今ではかあちゃんになっていて、きっとぶくぶく太ってるんじゃないかなあ。

時々テレビでイタリアのサッカーを観ることがあるんだけれど、もしかして僕にそっくりの選手がいないかしら?なんて妙な妄想しちゃったりしてね。そういう風に僕の頭はいつも少しおかしいのです。ともあれ、そんなわけで、僕のイタリア感は常にその一晩の思い出とセットになっています。行ったことがなくて、新しい情報が追加されないから、思い出がどんどん凝縮されて濃くなっていくんですね。ちなみに結婚する前の話です。念のため。

旅先のアバンチュールは誰しもが少しぐらいは夢見たことがあると思うのだけど、実際にはサイフやパスポート盗まれたり、もっと恐ろしいトラブルに巻き込まれたり、なかなか夢のようにはいかないことも多いですから、決してお勧めしているわけではありません。でも、長い人生の中では、そのような人と人の点と点が偶然ぴったり合わさるというようなことが起こるのも事実で、あまりに慎重になりすぎて、素敵な出会いを逃してしまうのはもったいないような気がします。
イタリアに行くとしたら、やっぱりミラノかな。全ての道はローマに通ずる。って、そんなことを言われると、あまのじゃくな僕は、わざと道をそれて別の場所を目指したくなるのです。

ミラノへはめかしこんで行きます。現地で新調すれば良いではないかって?ニエンテ、ニエンテ。僕は東京人、イタリアに行ってもマイスタイルを通します。イタリア人の作った服は痩せチビの僕には似合わないの。ま、サングラスぐらいなら新しいのを買ってもいいけど。で、手ぶらで街を歩くんだ。気の利いたバールを見つけて通りに面したテーブルに席をとり、ビールを注文して、後はぼおっと時を過ごす。すると何処からか素敵なご婦人が現れて黙って僕の隣に座るんだな。
僕は椅子をガタゴト動かして、彼女に寄り添う。しばらく何も喋らずに2人くっついて行き交う人を見てるんだ。

「もっと太ったオバさんになってるかと思ったよ。」

「あら、あなたは何も知らないのね。歳をとって太るのは南の人たち、ミラネーゼは太らないの。好きな洋服が着られなくなるなんて、耐えられないわ。」

カメリエーレが彼女にエスプレッソを運ぶ。彼女はそれに砂糖を入れ、ティースプーンでくるくるかき混ぜ、ふた口で飲み干す。

「で、あなたはいつまでこの街にいるの?」

その答えはご想像におまかせしましょう。

行ってみたいなあ、イタリア。
プースカフェオーナー/DJ:マックロマンス
マックロマンス:プースカフェ自由が丘(東京目黒区)オーナー。1965年東京生まれ。19歳で単身ロンドンに渡りプロミュージシャンとして活動。帰国後バーテンダーに転身し「酒と酒場と音楽」を軸に幅広いフィールドで多様なワークに携わる。現在はバービジネスの一線から退き、DJとして活動するほか、東京近郊で農園作りに着手するなど変幻自在に生活を謳歌している。近況はマックロマンスオフィシャルサイトで。
マックロマンスオフィシャルサイト http://macromance.com
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