トラベルコラム

  • 【連載コラム】イッツ・ア・スモール・ワールド/行ってみたいなヨソの国
  • 2016年4月7日更新
夢想の旅人=マックロマンスが想い募らず、知らない国、まだ見ぬ土地。
プースカフェオーナー/DJ:マックロマンス

旅するケージ

MY JOHN CAGE COLLECTIONzoom
MY JOHN CAGE COLLECTION
僕が最近DJをやっているという話は前にもしました。おかげでレコード探しは生活の中でルーティーンワークのひとつになっています。レコードを音源とする僕らのような古式のDJは、自分の足を使ってレコード屋を回る以外に新しい音を手に入れる方法はありません。お目当てのレコードはそう簡単に見つかるものではないですが、毎回必ず何がしかの収穫はあります。ほんのたまに、神様がセッティングしてくれたとしか思えないぐらい素晴らしい出会いがあることも。


今日ご紹介する「ジョン・ケージ」という作曲家はいわゆる「現代音楽」の第一人者で、音楽のみならず前衛アート全般に影響を与えた偉人。僕なんかは彼の作品を観たり聴いたりしても前衛すぎて正直何が何だかさっぱり理解できないのですが、「世界感」とでも言えばよいでしょうか、ジョン・ケージをとりまく難解で奇妙なものごとは何故か僕の心を強く惹きつけます。

ケージが携わったレコードは多数リリースされていますが、マニアが手放さないので、店頭で見かけることはなかなかありません。店に出ても非常に高価で手が届かないということも。音を聴きたいだけならCDで買えるんですけどね。ケージの音をアナログレコードで所有することは僕らにとってはちょっとしたステイタスであるわけです。

その日の移動中、ある中古レコード屋の軒を通りかかり、次の予定に急いでいたのですけど、「5分だけ」と思って店に入りました。扉が開いたその瞬間に目に入ってきたのが他ならぬ「JOHN CAGE」の文字。レコードラックの1番前にストックされていました。しかも半額セールの対象商品になっています。

それがどれぐらいアンユージュアルなできごとかと言えば、うーん、そうだなあ。

朝の電車、ハイヒールのかかとで足を踏んでった赤いドレスの美女と午後のコーヒーショップの喫煙所で再会。ふたりきり、おまけに彼女はライターをどこかに忘れてきたらしい。

ほら、そうそうあることじゃあないでしょ?
買ったレコード持ち帰って開封してみると、レコード盤とは別に何やらノーツがごっそり出てきました。いわゆるキャプションの類かと思いきや、よく見るといろんな雑誌からの切り取り記事でした。1962年のTIME。1960年のHarper’s。ケージについて書かれた記事ばかりを収集した内容。ドキドキします。更に読み進めると、これらの記事がすべて同じライターによって書かれていることが判明します。


ハロルド・C・ショーンバーグ、アメリカの音楽評論家。主にニューヨークタイムスで活動。何と、音楽評論家として初のピューリッツァー賞を受賞。(wikipedia)

ここで落ち着いてよく考えてみます。何を?って、もちろんこのレコードの元の持ち主のことを。

僕は、かなりの確率でこのレコードの元の所有者はハロルド・C・ショーンバーグ、その人本人であると思っています。あちこちから切り取ってきた同じテーマの資料をまとめてレコードと一緒にストックするという行為そのものがいかにも音楽ジャーナリストらしい。

ま、誰のものであったかなんてね、ほんとのところはどうでもいいんです。でも、このレコードが音楽評論家の書斎だか居間だかに置かれたレコードプレイヤーから奇妙な不協和音を奏でているところ、想像しただけで心が浮いてきます。たぶんその部屋はレコードと本に埋もれて足の踏み場もないようなカオスであるような気がします。ちょうど現在の僕の部屋と同じように。

と、ここまでの話は、僕のブログですでに公開していますので、「同じネタじゃん。」と思った方もいらっしゃるかも知れません。ごめんなさいね。でも、このお話にはまだ少しだけ続きがあるのです。
数日後、このレコードのジャケットをぼんやり眺めていたら、裏面に小さな書き込みがあるのを発見しました。

WilliAM A.LowE 9/24-10/8/66 1.98 MAR****(読解不能)Books- N.Y.

印刷ではなく、万年筆の手書きであるようです。字が小さい上にインクがにじんでいて、更には大文字と小文字が妙に入り混じっていて、かなり読みにくいのですが、人の名前と日付、あとは略式の住所表記でしょうか。最後は「N.Y」とありますから、これはニューヨークのことでしょう。わかるところから答えを当てはめていきますと、だいたいの意味が理解できます。

ウイリアム・A・ロウエ 1966年9月24日~10月8日 1.98(謎) **ブックス ニューヨーク

アルバムの制作が1965年(僕が生まれた年です。)ですから時代背景は合致します。9月24日と10月8日は共に土曜日、ちょうど2週間です。ニューヨークのブックショップで何か企画展のようなものでも行われていたのでしょうか。ウイリアムさんがどこの誰なのかはGoogleでもわかりませんでしたが(同姓同名のセックス犯罪者がいました。)有名人ではないようです。もしかしたら本屋の店員だったのかも知れません。MARで始まるブックショップはニューヨークに何件かあるようですから、現在も営業を続けているとすれば、現地に行けば特定するのはさほど難しくはなさそうです。

カルフォルニアで録音されたレコードが大陸を横断してニューヨークのブックショップに渡り、音楽評論家のの書斎を経由した後に海を越え東京の僕の部屋に到着。流れた時間50年。

異なる時代と舞台の下で流れるジョン・ケージの不可解な音楽をしかめ面で聴き入る人々に想いを馳せながら、レコードの長い旅をぜひ逆回りで辿ってみたい。というのが今回の僕の旅のお話でした。今日はこのへんでさようなら。この後、赤いドレスの女性とデートの約束があるもんで。
プースカフェオーナー/DJ:マックロマンス
マックロマンス:プースカフェ自由が丘(東京目黒区)オーナー。1965年東京生まれ。19歳で単身ロンドンに渡りプロミュージシャンとして活動。帰国後バーテンダーに転身し「酒と酒場と音楽」を軸に幅広いフィールドで多様なワークに携わる。現在はバービジネスの一線から退き、DJとして活動するほか、東京近郊で農園作りに着手するなど変幻自在に生活を謳歌している。近況はマックロマンスオフィシャルサイトで。
マックロマンスオフィシャルサイト http://macromance.com
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