トラベルコラム

  • 【連載コラム】イッツ・ア・スモール・ワールド/行ってみたいなヨソの国
  • 2012年9月12日更新
夢想の旅人=マックロマンスが想い募らず、知らない国、まだ見ぬ土地。
プースカフェオーナー/DJ:マックロマンス

天国にいちばん近い島への切符

photo by Yoko Iwabuchizoom
photo by Yoko Iwabuchi
子供の頃の話をします。

僕は体が弱くて病弱な子供でした。持病の喘息が原因で何日も学校を休んだり、ちょっと何かあると鼻血を出したり、両親は僕を育てるのにずいぶん苦労したんじゃないかと思います。背は小さく、運動も苦手で、運動会の徒競走ではビリ以外になったことはないし、体育の成績は小中学の9年間オール2でした。唯一、水泳だけが得意な種目だったんだけど、他が駄目すぎて通信簿には反映されなかったんだな。今になっても運動音痴は損だなあと思います。走るのが遅いぐらいならまだしも、大縄跳びとか、球技とか、自分のせいで味方が負けるのは本当に辛かった。僕の性格が屈折しているのには、運動音痴が少なからず関係しているように思います。

その後、むずかしい時期に、お約束のように社会にへそを曲げた僕は、高校をドロップアウトして、家を飛び出したついでにロンドンに移り住み、パンクロッカーになって、ドラッグ漬けの毎日を送るようになりました。バンドを辞めて日本に帰って来てからも、さすがにドラッグからは足を洗いましたが、酒場に身を置いて、毎朝明るくなってから泥酔状態で帰宅する、昼と夜がひっくり返った不健全な生活が続きました。絵に描いたような落ちこぼれ人生です。
そのようにして向かえた1995年。もうすぐ30歳になろうかという時に、突如、何の前触れもなく神様から切符が送られて来ます。行き先はニューカレドニア。ではなくて、近所のスポーツクラブの入会のお誘いでした。店のお客さんがクラブの会員で入会金無料キャンペーンをやっていることを教えてくれたのです。何となく言われるがままに会員になって、ジムに通いだしたのですが、これが大正解。特に水泳の楽しさを再発見して気に入り、狂ったようにプールを往復する日々が始まりました。

そんなある日、スポーツクラブのロビーにある掲示板に貼られている案内に僕の目が止まります。

「トライアスロン大会参加者募集。」

それまで、スポーツとは無縁の道を歩んできたのに、いきなりトライアスロン。ってところがマックロマンスでしょ?でも、その大会へ参加したことで、たしかに僕の人生観は変わりました。自分の苦手なことに挑戦して、それを克服した時の喜びを知ったのは、それが最初の経験になりました。同時にスポーツの存在が日常生活を豊かにしてくれると言うことも知りました。身体を動かすのって本当に楽しい。
トライアスロンに魅了されてから、その情熱は自転車に移行、フットボールを経て、現在のキックボクシングへと導かれました。40を過ぎてから格闘技だなんて、少し頭がどうかしてますよね。50になったらどうなっちゃうのか。

ともあれ、スポーツは常に僕の傍らにあります。もともとが運動音痴ですから、何をやってもたいしたレベルではないのですけど、何だろな、スポーツを楽しむのに「素質」はそれほど必要ない。というのが僕の持論です。きっとこれはスポーツだけに限らず、音楽でも、ダンスでも何でも同じですね。興味があることには、何でもじゃんじゃん挑戦してみましょう。というのが今回のテーマです。

そして、下手の横好きでも、真面目にコツコツと継続していると、ご褒美が用意されていることがあります。

今年の夏、友達といっしょにトライアスロン大会のリレーの部に自転車パート担当で参加して、男女混合の部で何と3位に!人生初の表彰台に上がりました。これは嬉しかったね。表彰されるなんて夢にも思っていなかったし、チームでいっしょにがんばってゴールしたって所がまた良い。
さて、ここからが本題。

トライアスリートなら絶対に出てみたいと思う大会と言えば、ハワイで開催される「アイアンマン・トライアスロン」でしょう。トライアスロン発祥の地(諸説あります。)であり、マラソンランナーにとっても聖地であるハワイで開催される同大会は、規模でも人気でも盛り上がりでも(そしてその過酷さでも)文句なしのナンバーワン大会と言えると思います。日本で一番人気は宮古島でしょうかね。トライアスロンは海を泳ぐスポーツですから、開催地の海の奇麗さはやっぱり重要です。一度お台場で開催された大会に出場しましたが、あれは酷かった。病気になっちゃうよ。

世界各地で開催されているトライアスロンですが、その中で僕が出場してみたい大会はと言えば、「ニューカレドニア・トライアスロン」。ニューカレドニアに行ったことのある人に話を聞くと、海はもう、どんな言葉でも言い表せないぐらい美しいって言うし、南国リゾートとしては類を見ない洒落たエスプリが島の随所にちりばめられているとのこと。行ってみたいなあ。「天国にいちばん近い島」って確かニューカレドニアのことでしたよね。

それでね。ニューカレドニアのトライアスロン大会ではね。小さな声でしか言えないんだけどさ。ト、トップレスの女の子たちが応援してくれるらしい。
照りつける太陽が容赦なく選手の体力を奪っていく。レースも終盤、選手は鉛のように重くなった足をひきずり、よろめきながら、気力だけで走っている。ひとり、またひとりと後ろから他の選手がやって来て、彼を抜き去っていく。ライバルの背中を追いかけて懸命に足を運ぶが、彼らの姿はどんどん小さくなり、やがて陽炎の中に吸い込まれていく。正面から拭いて来る海風が選手のやる気をそぎ落とす。「走るのをやめてしまえ。レースをリタイアしろ。楽になるぞ。」耳元で悪魔がささやき続ける。意識がもうろうとしてくる。

突如、沿道から髪の長い女の子が飛び出してくる。健康そうな小麦色に日焼けして、ややこしくこんがらがった紐のような水着のボトムを身に付け、形のよい胸を惜しげもなくあらわにしている。「アレー!アレー!」握った拳をつきあげ、フランス語で激を飛ばし、選手に並走する。その先から、またその先からも、同じようにトップレスの女の子たちが現れて、真剣な表情で選手に声援を送り、拍手をしながら、沿道を走ってついてくる。「ちっ。」悪魔が舌打ちをして掃除機の口に吸い込まれるように消え去っていく。

なだらかな丘を越えると目の前にはこの世のものとは思えないような美しい景色がひろがっている。海だ。
プースカフェオーナー/DJ:マックロマンス
マックロマンス:プースカフェ自由が丘(東京目黒区)オーナー。1965年東京生まれ。19歳で単身ロンドンに渡りプロミュージシャンとして活動。帰国後バーテンダーに転身し「酒と酒場と音楽」を軸に幅広いフィールドで多様なワークに携わる。現在はバービジネスの一線から退き、DJとして活動するほか、東京近郊で農園作りに着手するなど変幻自在に生活を謳歌している。近況はマックロマンスオフィシャルサイトで。
マックロマンスオフィシャルサイト http://macromance.com
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