旅の扉

  • 【連載コラム】空旅のススメ
  • 2026年9月18日更新
あびあんうぃんぐ
航空ライター:Koji Kitajima

渋温泉の魅力を今に伝える歴史ある100年宿「春蘭の宿 さかえや」

温泉街のメイン通りで外湯に囲まれた好立地の「春蘭の湯 さかえや」zoom
温泉街のメイン通りで外湯に囲まれた好立地の「春蘭の湯 さかえや」

信州の奥座敷として知られる長野県山ノ内町の渋温泉。一歩足を踏み入れれば、どこか懐かしい石畳の街並みが広がり、下駄のカランコロンという音が心地よく響く様が想像できます。外湯の「九湯めぐり」が有名なこの温泉街は、古くからの湯治場文化を色濃く残す魅力的な地域です。

今回滞在したのは、渋温泉の中でも細やかなおもてなしと美味しい料理で知られる老舗旅館「春蘭の宿 さかえや」さん。温泉街の情緒をそのままに、至福の滞在を叶えてくれるこの宿の魅力と、湯本晴彦代表取締役との話を通して見えてきた渋温泉の未来についてご紹介します。

落ち着いた6階建ての宿
風鈴が吊るされた玄関を抜け、館内に入ります。ロビーの椅子に腰かけていると、水琴窟の音色が心地よく耳に届きます。客室でのチェックインとのことで、Shinanoモダンの部屋に向かうと、6畳の部屋に続く7.5畳の奥間がベッドになっており、落ち着いた古民家風の空間が見えてきます。ここではお茶を頂きながら、館内の案内はもちろん、温泉街を楽しむ術をじっくり丁寧に教えて貰うことができます。

部屋の中には信州手書友禅の染色工芸絵画や、須賀川竹細工の照明がさりげなく置かれており、自然な温かい光の中で過ごすことができます。

外湯が有名ですが、露天風呂もある内湯も忘れてはなりません。鉄分の強い茶褐色の温泉と、硫黄など多数の鉱物を含んだ源泉温度九十八度の自噴泉のふたつの温泉が混ざることで得られる柔らかい湯は肌にやさしい弱酸性のお湯になります。露天風呂では、裏山の緑が借景となって目に飛びこんできます。

Shinanoモダンの部屋 続きの和室にベッドが用意されていますzoom
Shinanoモダンの部屋 続きの和室にベッドが用意されています

五感で楽しむ信州の恵みと職人技「夕朝食の献立」
さかえやの大きな魅力の一つが、料理長がこだわり抜いたお料理です。伝統的な和食の基本を大切にしながらも、全国から厳選した素材と信州の特産物を融合させた創作和食の献立は、一品一品に驚きと感動が詰まっています。
夕食はプライベート感が保たれた個室の食事処でいただきます。

温菜と冷菜から始まり、冷製の豆腐や「トウモロコシの茶碗蒸し」とともに地元信州福味鶏の「信州高原鍋」が振る舞われます。「雲海」をイメージしたお造りは、真っ白な煙が立ち込める幻想的な演出とともに地元の恵みの信州サーモン コリンキー重ねや大岩魚焼目付などを堪能できます。

中八寸では、串刺しベーコンともろっこ隠元天麩羅、黄身玉子味噌漬け、南瓜かすていら、一口穴子寿司が盆に載ります。風流に涼を楽しむ意味のある「浮瓜沈李(ふかちんり)」と書かれた札も添えられ、暑気を払うかのごとく見栄えも華やかな品が並びます。

名物は煮物「丸茄子の煎りだし」です。ソフトボールほど硬い丸茄子に三度火入れし、お箸がすっと通る柔らかさに仕上げています。メインの「信州プレミアム牛しゃぶの身巻き」を溶岩石で炙り、鮎の新生姜炊き込みご飯、滑らかな水ようかんと枸杞の実の載るレモン卸しシャインマスカットで締めくくられます。

ここまで全ての料理の説明が的確で淀みなく、仲居さんの知識の豊富さに会話も弾みます。2か月毎のメニュー変更もあり、連泊のお客様には2泊目の食事を洋風にするなどの工夫のあることを聞くことができました。

見た目も鮮やかで個性豊かで美味な個室でいただく夕食zoom
見た目も鮮やかで個性豊かで美味な個室でいただく夕食

料理長が語る味へのこだわり
富山出身の料理長 山西雅人さんに話を伺うと、東京や関西など各地で研鑽を積んだ経験から「和食の基本を崩さず、旬の地元食材と全国の美味しいものを掛け合わせる」ことを大切にしていると語ります。名物の丸茄子は夏限定の味わいであり、出汁の優しさと見た目の華やかさで訪れる人を魅了しています。料理長のもとでは若手調理人も育っており、日本料理全国大会で大臣賞を受賞するなど、確かな技術が受け継がれています。

信州の朝を彩る「心温まる朝食」
朝食も、信州ならではの味覚が詰まった丁寧な献立です。
熱々の陶板でいただく「信州ポークと地茸の当板焼き」は、オリジナルのお味噌を絡めて香ばしく味わいます。信州名物の「野沢菜のお焼き」や、さっぱりとした出汁といただく「とろろ」、あおさのお味噌汁、そしてツヤツヤのご飯が並び、一日の活力をもたらしてくれます。

4階にある宿泊者憩いの場「よってかっしゃい」の落ち着いた雰囲気zoom
4階にある宿泊者憩いの場「よってかっしゃい」の落ち着いた雰囲気

人を大切にし、まちの未来を照らす 湯本晴彦 代表取締役に聞く
さかえやの温かいおもてなしの裏には、これまでの苦難を乗り越えてきた湯本晴彦代表取締役の強い想いと、人に対する深い愛情がありました。

湯本氏が宿に来た当初は、業界特有の人間関係や厳しい労働環境に直面し、試行錯誤の連続だったと言います。社内改革を進める中で幾度もの離職やトラブルを経験し、「どん底」とも言える厳しい状況に陥ることもありました。

大きな転機となったのが「旅館甲子園」への挑戦でした。初回出場時に見事優勝を果たしたものの、世間の期待値と現実のサービスとのギャップに悩み、厳しい口コミに苦しんだ経験から、「本当の意味で変わろう」と一念発起。現場のスタッフと共に磨き上げを行い、見事に初回(第2回大会)に続き、第3回大会も連覇するという偉業を達成しました。

この経験を通して、湯本氏は「経営とは人作りである」という確信を得ます。退職を嫌な思い出にせず「卒業」と呼び、また戻ってこられる温かい職場環境を整えたことで、さかえやには生き生きと働くスタッフが集まるようになりました。さかえやの質の高いおもてなしは、スタッフ一人ひとりを大切にする姿勢から生まれているのです。

宿の代表取締役 湯本氏(左)と料理長の山西雅人氏zoom
宿の代表取締役 湯本氏(左)と料理長の山西雅人氏

100周年に向けた「これからの100年」と地域への恩返し
さかえやは来年2027年に創業100周年という大きな節目を迎えます。5代目である湯本氏は、これまでの歴史を振り返りつつ、次の時代を見据えた新しい構想を描いています。
「これまでの100年は渋温泉に育ててもらいました。これからの100年は、私たちが温泉街に恩返しをする番です」

高齢化や人手不足によって廃業する宿が増え、街のあかりが消えていく現状に対し、湯本氏は自社だけでなく温泉街全体を盛り上げる「まちづくり」を担おうとしています。後継者のいない店舗を引き継いだり、人手が不足している交通手段を補う取り組みや食事難民を救うためのアイデアを実施するなど、地域の課題解決に積極的に取り組んでいます。

今後は、バリアフリー対応の最上級客室の新設や、板前が目の前で調理するカウンター付きの食事処のリニューアルなど、宿自体の進化も止まりません。単なる宿泊施設にとどまらず、渋温泉全体の魅力を高めるリーダーシップを発揮していく姿勢に、今後の期待が高まります。

野沢菜おやきや信州ポーク地茸の陶板焼きなどが並ぶ朝食zoom
野沢菜おやきや信州ポーク地茸の陶板焼きなどが並ぶ朝食

「さかえや」で過ごす贅沢な時間
渋温泉のノスタルジックな温泉街を巡り、外湯で身体を温めた後は、さかえやの内湯も堪能し、素晴らしい料理とスタッフの温かい笑顔に包まれる。そんな滞在は、忙しい日常を忘れさせ、心身ともに深いリフレッシュをもたらしてくれます。

地域と共に歩み、進化を続ける「さかえや」。新しく生まれ変わるお部屋や食事処の完成も含め、何度でも足を運びたくなる魅力に満ちています。心温まるおもてなしと信州の絶品料理を味わいに、渋温泉へ出向いてみてはいかがでしょうか。

取材協力:春蘭の宿 さかえや ⇒ https://e-sakaeya.jp/

航空ライター:Koji Kitajima
大阪府出身。幼少期より空への憧憬の念を持ったまま大人になった、今や中年の航空少年。
本業のかたわら情報を発信しています。週末は航空ライター兼ブロガーとして活動中。
旅のモットーは、「航空旅行を楽しまないと旅の魅力は半減です。旅の楽しみは空港から始まる」です。

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