旅の扉

  • 【連載コラム】coffee x
  • 2026年10月1日更新
旅先のカフェで想うこと
カフェエッセイスト:ベルナドン(安齋)千尋

Coffee x 水曜日のTropézienne,

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映画みたい、軍港の街Toulon

バックにはタオルとバス代3ユーロと携帯電話しか持っていない。Tシャツの下はもう水着なので、脱いだらそのまま海に入れて、ビキニに競泳用の水中メガネというアンバランスな私に誰も注目しない、太陽が眩しい静かなビーチで充電してきました。
ToulonはCôte d'Azur(コート・ダジュール=紺碧海岸という意味)の西端にあり、王政の時代から現代に至るまでフランス第一の軍港の街で、海軍司令部があります。なぜ軍港に?コンテンポラリーダンスの野外公演を見に、ここに泊まることになったけれど、ニースのような陽気な観光地でもないので予備知識もなく、特に興味なさそうだった夫も誘わず、ふんわりやってきたのです。朝8時にホテルを出てパン屋さんで朝ごはんとコーヒーを買い、ローカルなバスに乗れば、たった15分で終点は海。砂浜から少し離れた岩場に、寝そべるおばさまと海のコントラストが映画のようです。深呼吸して、海に潜ると、何かがチチチチチって耳の中に響き続けて、水色の世界に白っぽいキラキラの魚の群れに囲まれて、青いのや虹色の魚を追っているうちに息をするのも忘れそうになってしまいます。海から上がって熱い砂浜に寝そべっている時間も気持ちよく、いろんな音が静かに砂と太陽に吸収されて、ああ最高だわ大人の夏休み、の回想記です。
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朝カフェのおともは、Tropézienneはサントロペのタルト(フランス語: la tarte de Saint-Tropez)でした。丸いブリオッシュにクリームをはさみ、表面にあられ糖をふったシンプルだけど美しいこのお菓子。ブリジット・バルドーが映画の撮影のためにサントロペに滞在していた際に、このデザートを気に入り、当時は名前がついていなかったことから、「サントロペのタルト(フランス語: La Tarte de Saint-Tropez)」という名前を提案したというエピソードがあります。甘そうに見えますが、生地にオレンジの花の香り付けがしてあって、クリームも軽くて、うっとりしているうちに食べ終わってしまいました。暑くて溶けるお砂糖とベタベタのほっぺも、また海に入れば洗い流されて、そんな野生の自分も頼もしく思うし、こうゆうバージョンもいいなと自己肯定感も上がる海辺の朝カフェ。海の匂いをさせながらバスに乗る帰り道、地元のおばちゃんたちが乗ってきて、人も植物と同じだなと、ふと思うのでした。都会の人はお花屋さんのミントのように柔らかそうで、海と太陽に照らされた街の人は、皮膚が硬そうを通り越してシワシワでテカっているけど、人柄もおおらかで大ぶりの野生の立葵のよう。酷暑だった今年のヨーロッパの夏、庭の野菜も太陽に負けてしまってカサカサになったトマトの皮をいっぱい見たから、そして全部鍋に入れたら美味しいラタトゥユになったりして、なんだかその様子が思い浮かんだのでした。バスの運転手さんも、日焼けしたかっこいいお姉さんで、いろんなことを話しかけてくる年配のお客さんに本当に親切でした。すっかり心も体も洗われた良い時間。
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Toulonには、Châteauvallonという古い要塞を利用した野外円形劇場があります。私はここに、ピナバウシュのNelkenを鑑賞しに来るという今年の夏休み計画を立てていたのです。。ピナが大好きという方もいらっしゃいますが、私はそうではなく、真夏の夜に野外の円形劇場でダンスを鑑賞するなんていいわ、と思ったプランでした。開演は夜10時。目の前には9000本のカーネーションが夜風に揺れる幻想的な世界が広がっています。明かりが落とされると、正装をした男性がコツンコツンと足音を鳴らして歩いてきて、花に囲まれた大きな舞台の正面中央で、ガーシュインの『The Man I love』の曲に合わせ、手話で歌詞を伝えます。手話も身体を使った芸術でした。なぜ手話なのか、私の感想は、みんなどこかに同じように幸せな理想の世界を空想するのに、なぜか声に出してはいけない外圧があるという矛盾です。夢のような序章の後、争い合いや抑圧と呼ばれるシーンが続き、静かに揺れていた花は段々と倒されぐちゃぐちゃになっていきます。笑ってしまうシーンもあるけど、いつも少し哀しみが残る。身体で春夏秋冬を表現しながら、役者たちが舞台を歩くシーンはとても美しく、最後に踏み荒らされたカーネーションの真ん中で、同じ男性がThe Man I Loveの手で伝え舞台は閉じました。真夜中に劇場を後にする時の、夏祭りの後のような感じもした、趣のある夏の夜の夢でした。




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また違う日。旅の途中で立ち寄ったニースのシャガール美術館もとても良かったので、紹介しておきます。ニースの賑やかな市街から15分ほど小高い坂道を上がっていく道のりが好きだったし、オリーブとラベンダーに囲まれた可愛いお庭のあちこちに隠れ猫さんたちが寝ているところも、静かな展示と光、お庭のカフェも素敵な美術館です。マルク・シャガール(Marc Chagall)という人は、ロシア出身でユダヤ人で、フランスを愛してこの地で亡くなった画家でした。なんて政治や歴史に翻弄される出自なんだろう、このご時世に生まれていたらどんなことを思うのだろう。たびたび登場する山羊は、故郷ベラルーシの思い出やユダヤの文化を象徴する大切なモチーフなんだと知ったり、なんて美しい色彩の絵やステンドグラスを創作する人だろうと心酔したり、彼が愛した音楽や聖書など古典的な芸術への造形やパッションが伝わるいい美術館でした。詩的で美しいものの中に、どうにもできない大きな哀しみがこもっている、カーネーションの舞台に重なるものがありました。
今回の旅の本は、有吉佐和子『青い壺』
唐物かと思うほど美しい釉薬と火の加減で出来上がった一つの青い壺が、手に渡る人々のストーリーと共に不思議に繋がってゆく一冊です。カトリックの中高で育った私にとっては、シスターの章にじわんとしたり、戦時中の贅沢できない時代に、心だけでも裕福にと、夫が防空壕にしまっておいた一流の食器を出してくれと妻に伝え、高級ワインやお肉を想像で仕立ててる章に共感していました。旅も食事も芸術も、贅沢をすることは、希望と救いにつながるのです。私にとってフランス人の夫の尊敬していて好きなところは、こういう心の豊かさを持っているよなと思っている一人旅。この読書感想文を彼に伝えるのは難しいしなぁ。
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旅のコラムを書いている私は水曜日の朝。
フランスは週35時間労働なので、水曜日の午前中は休みに決めました。そしたらこの時間がとても楽しみで、色々忙しい!ラジオを聴きながら片付けをしたり、お洋服を並べてみたり、こうして何か描きたいと思ったり、ヘアアイロンと格闘したり。平日の朝にゆっくりコーヒーを淹れて寝坊できる幸せです。ラジオで、可愛らしい女優さんが、撮影中は「うだるような」暑さで、という日本語の語感の美しさと夏の思い出を書き留めています。
エスプレッソマシーンに映る今年のお気に入りワンピースとフライト前の楽しみな私zoom
エスプレッソマシーンに映る今年のお気に入りワンピースとフライト前の楽しみな私
Toulonへの行き方
パリからニースへTGVでローカル線に乗り継ぎ。

Châteauvallon
https://www.chateauvallon-liberte.fr/

シャガール美術館
https://musees-nationaux-alpesmaritimes.fr/chagall/
カフェエッセイスト:ベルナドン(安齋)千尋
When you direct is the only time you get to have the world exactly how you want it – Sofia Coppola.

1984年東京生まれ。青山学院大学国際政治経済学部卒業
フランス在住コラムニスト、本業はサーキュラーエコノミーコンサルタント

外国で生活することに憧れ、どこにいても埋もれないようにと、京都にある柊家旅館で仲居をしながら“日本”を修行しました。2010年ロンドンに始まり、たくさんの宝物の出会いを経て、現在はフランス・パリから5時間の小さな村に住んでいます。日々の幸せはカフェにあり!コーヒーを飲みながら、「季節のこと」、「映画のこと」、やっぱり気になる「国際政治」、「暮らすように旅をすること」などをテーマに日常のキラキラした瞬間を書き留めています。
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