旅の扉
- 【連載コラム】coffee x
- 2026年1月26日更新
- 旅先のカフェで想うこと
カフェエッセイスト:ベルナドン(安齋)千尋
Coffee x Galette des rois
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- フランスの1月はGalette des roisでお祝い
- Bonne Année!
フランスの1月のお菓子ガレットデロワ。王様のお菓子という意味で、東方の三博士がキリストの降誕を祝うためにやってきた日(1月6日)にちなんだ公現祭に食べます。アーモンドクリームを挟んだサクサクのパイは、こんがり美味しそうで、紙でできた金色の王冠と一緒にケーキ屋さんのウィンドウに並ぶ様子は華やかで、毎年この時期を楽しみにしています。アーモンドクリームが苦手な人のために、最近はブリオッシュ生地のも売られていて、公現祭を過ぎても1月中はスーパーでも売られています。6日、お買い物に行ってくれたのが夫だったので、きっとガレットは買い忘れちゃっただろうなと期待せずにいたのですが、夕方帰った彼は、街で一番美味しいパティスリーに寄って買ってくれていて、手を叩いて喜びました。ガレット・デ・ロワの表面の模様(レイエ)は、新年に食べられる焼き菓子として縁起の良いモチーフがいくつか決まっているとのこと。今年買ったお店では、矢羽根が縦方向に連なった麦の穂をモチーフにしたものでした。麦の穂は豊穣の神々の持ち物であることから、五穀豊穣や生命を象徴するという意味が込められているのですって。日本の稲穂や橙のお飾りと同じこと、みんな祈りの由来は同じだなぁと思うのでした。中にFèveという小さな小さな陶器が隠されていて、切り分けて食べる時にFèveが入っていた人には今年1年幸福が訪れるそうです。私は、このFèveも必ずつけてくれる紙の王冠も大好きで、テーブルの上に1月中飾っています。二人暮らしでは食べきれないので、コーヒーと一緒に、朝ごはんとして数日食べ続けました。
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- バレンシアの広場
- 1月の出張はバレンシアへ。空の色と光、オレンジの木、教会の肌感や、何かを演奏するストリートパフォーマーのこの音まで全部伝わればいいのにと思う、タクシーを降りた瞬間の写真です。きっとみんな頷いてくれると思うのですが、出張というのは本当に自由時間がないものです。遊びに行っているわけではないので、日常とは違うところに行けるだけでありがたし。でもこの時間を無理矢理やりくりして街を歩き、思いがけず出会った可愛いお店や、素敵な広場、いいカフェなど見つけたときは最高です。こんな、旅の中で出会う一瞬の「自由」は、大人になって感じる幸せのひとつです。もちろんこの素敵な時間を大切な人と共有できたらいいなと思うし、そうゆうバージョンの旅の思い出も宝物なのですが、一人旅で勝ち得た、ああ今すごく贅沢で自由だわ、と思うこの瞬間と場所が世界中にいくつかあって、人に紹介するでもない今だけの特別な場所にピンを留めて、自分の地図ができていきます。特に私にとってはこのコラムに書き残している場所や時間こそがこの地図であったりします。なので、読んでいる方に同じ場所に行って欲しいというよりも、あなただけの特別な場所と時間で、ちょっとシンクロするような気持ちがあったらいいなと思うのです。ふと、人生で初めてこの至福感を味わったのはいつだろうと振り返ると、間違いなくそれがニューヨークであることを思いました。当時出会った素敵な大人に教えてもらい、High Lineの終点にあるThe standardというホテルに泊まったこと。部屋に置いてあったアメニティーのポストカードは、ずっと大切に持っていたけれど今は引っ越した際のどこかの箱に入っているはずなのですが、なぜかフェイスブックのPhotoアルバムの中にいつもいてくれて、実際に2010年に行ったのかわからないけど、記録されている写真はその年にアップロードされていて、本当に私はあそこに立っていたんだ思い出させてくれるアイテムです。大きな窓から見下ろしたニューヨークと、おしゃれなバスタブ、コーヒーを片手に歩いた道や、ティファニーとメトロポリタン美術館など、完全に観光客の日程なのに、私の中では自分だけの特別な光と自由な空気の中にあるのでした。次々に心に現れる幸せな場所たちは、バレンシアからどこでもドアで繋がっているような気さえします。
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- 5時間後には、フランスの日常の朝
- さて、日本の松の内みたいに、公現祭を過ぎるとだんだんお正月ムードから日常に戻っていきます。
お正月休みのうちに、私は新しい手帳に「書き初める」ことを、ちょっとした楽しみとしています。この数年、私はMoleskin社の手帳を母とお揃いで使っています。毎年クリスマスの頃、名前と絵文字をカスタマイズして注文していて、ひとつは日本へ、もうひとつはフランスへ届くのです。今年の絵文字はオバケさん。年末年始、本当に幸せなことに食べきれないほどの贅沢な食事が続き、ゆっくり起きて、する事がなくなると新しい手帳に何か書いてみるのです。旅の予定や、誕生日に印をつけたり、持っているだけで楽しみなことが予定されているような気がします。同時に、去年の手帳も眺めます。オンラインで購読している新聞の「良き」というフォルダーに分類された、ちょっと心に残る記事について思ったことを書き留めていて、去年の良きものを総集編で愛でる時間なのでした。
初心ー「初」の左にある偏は衣へんで「衣」を意味して、右は「刀」を意味します。衣を作る時には、反物にハサミ(刀)を入れて裁断します。その最初の一刀が「初」という漢字の由来です。反物にハサミを入れなければ衣を作ることはできないし、その反物がどんなに美しく、またどれほど高価であろうともハサミを入れて裁断する。人間も同じで、変化し成長するには過去の自分にハサミ(刀)を入れなければならない、それが初心だ。古い自己イメージをバッサリ裁ち切り、次なるステージに上がり、身の丈にあった自己に立ち返る。新年は歳神の新まるときで、初心に最適な時である。(2025年1月10日 日経新聞に掲載された能楽師 安田登さんのエッセーより。)
着物の仕事をしている母のことが心に浮かび、漢字の起源を教えてあげたいなと思っているうちに1年経っていたのでした。ヨーロッパの年越しは花火が上がって、健康を祈って乾杯し、フランスの場合はお互いの頬にキスをして、店頭のガレットなど全体的にキラキラしているのですが、日本の新年は厳かでハレを感じます。除夜の鐘を鳴らしに家族で歩いた真夜中の道や、そもそも煩悩を払うという概念や、焚き火の神々しさ、お参りの後に乾杯ではなくふぅふぅして飲む甘酒、初詣の朝の清々しさは、まさに言葉と結びついています。他の国の言葉で「初心」という言葉を探してもちょっと同じ感覚では無いのではないかと思ったこと。こんなことをこっそり書き留めている平和なお正月が過ぎてゆきます。
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- 母とお揃いMoleskinの手帳は、赤に金色のカスタマイズが嬉しい。
- 飛行機と電車で約5時間、バレンシアの空からフランスの家に帰ってきました。スペインの、ちょっとイスラム文化が混ざったモザイクの壁や、独特のシーフードの香り、鮮やかな色、オレンジの下を歩いたのは数時間前です。そうそう、あの素敵な広場は、フライトまで1時間しかないのでタクシーで向かったSimpleという雑貨屋さんの前でした。駆け足でその周りの路地を歩き、イベリコハムをお土産に買って、ちょっとした忘れ物を空港にした大慌ての旅でした。あっという間に10度くらい気温が下がりまだ冬のフランスですが、クリスマスにプレゼントしてもらったダウンコートをもう少し着ていたいし、駅まで迎えにきてくれた彼が、車から降りてホームで待っていてくれたことも嬉しいし、ちょっといい旅をしたポジティブな気分が残る週末。年始の村長の挨拶に初めて参加してちょっと地元の人に馴染んでみたり、日曜日のマーケットで美味しいチーズのスタンドを発見して喜んでいるうちに、あれよあれよと、1月は軽やかに過ぎてゆきます。皆様にとって、幸せで実り多い2026年になりますように。
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- Simple Carrer del Palau, 5, Ciutat Vella, 46003 València, Valencia, Spain
バレンシアの可愛い雑貨屋さん
この周りの路地には、アンティーク雑貨のお店や小さいお花屋さんがありました。