トラベルコラム

  • 【連載コラム】イッツ・ア・スモール・ワールド/行ってみたいなヨソの国
  • 2013年11月15日更新
夢想の旅人=マックロマンスが想い募らず、知らない国、まだ見ぬ土地。
プースカフェオーナー/DJ:マックロマンス

ボルドー ぶどう畑を走る

15年ぶりにフルマラソンの大会に参加しました。湘南国際マラソン。走る前からわかってたことだけど、マラソンは気合いだけでは完走できませんね。30kmあたりからカラダが思うように動かなくなり、37kmで心が折れ、残りは歩いたり休んだりしながら、どうにかゴールまで辿り着くことができました。マラソンは走る競技なのでね。歩いてゴールするのは負けなんです。次はちゃんと計画的にトレーニングを積んで、心身ともに強くなって再挑戦したいと思います。

走る女性ってのは美しいですね。汗ばんだ肌、靴底が奏でるリズム、くっと立った背中、左右に揺れる髪。引き締まった二の腕、形の良いおしり、ふくらはぎ、くるぶし。そして、彼女たちが僕を抜き去った後に漂う淡い残り香。え?アスリートを嫌らしい目で見ないで下さいって?いやいや、僕はただ美しいものを美しいと言っているだけです。

長距離を走ったことのある人は誰しも経験があるかと思うのですが、長時間走り続けていると、思考がぼやけて、ある種のトランス状態に陥ることがあります。俗に言うランナーズハイ。もともとの妄想癖とマリアージュしたランニングトランス状態における僕の頭の中は、かなりアブナイことになっています。

僕を抜き去った目の前の女性ランナーの背中を追いかけているうちに、ふと、彼女がソフィー・マルソーなのではないかという仮説が頭をよぎります。
photo by Yoko Iwabuchi(下2枚も)zoom
photo by Yoko Iwabuchi(下2枚も)
あら、ソフィ・マルソーをご存知ない?フランスを代表する大女優ですよ。丈の短い白いレースのワンピース姿で、良く日焼けした肌をあらわにベッドに横たわってうたた寝している美しい少女。我々世代の男たちの頭の中のアルバムに必ずストックされているワンシーンです。10代の頃からずっと一線で活躍していて、今はいくつになったかなあ。って調べてみたら、実は僕よりも歳下でした。ずっと憧れのお姉さん、ぐらいの感じで思ってたのに。

えーと、マラソンの話でした。

彼女(前を走るランナーね。)のことを一度ソフィ・マルソーだと思い始めると、もうその幻想から逃れることはできません。エレガントなランニングフォーム。ほら、彼女の足跡からエスプリが香っている。ああ、追いかけて声をかけたい。こんにちはと挨拶するだけでもいい。でも、ソフィ・マルソーの走りは軽く、テンポは速く、とても追いつくことはできません。彼女との距離が次第に広がってゆき、やがて、その姿は、前行く他のランナーたちの集団に溶け込んで、見えなくなってしまいます。

と、後ろから別の女性ランナーがまた、僕を抜き去って行きます。

あらあら、何てこった。また、ソフィー・マルソーじゃないですか。今度は逃すまいと必死になって彼女を追いかけます。するとまた、別のランナーが軽快に僕を追い抜いていく。何と、彼女もまたソフィー・マルソー。ひとり、またひとりと背後からやってくるランナーたち。彼女ら、みんな、ソフィー、マルソー。気がつくと1万人のソフィー・マルソーに囲まれて、湘南のビーチサイドを走る僕。空にはヘリコプター。海の風。頭の中ではエリック・サティが意地悪なメロディーを奏でている。

まったく、ランニングってやつは。
最近では海外で開催されるマラソン大会に参加する人も増えました。各旅行会社もこぞってマラソン大会に参加するツアーを企画しています。ホノルルやニューヨークなどのメジャー大会も、もちろん魅力的ですが、もし、海外で走るチャンスがあるならば、僕が選ぶのは「メドック・マラソン」。「メドック」と聞くとワインのことを思い出すでしょ?ずばり、そのメドックです。世界ナンバーワン赤ワイン、ボルドーの産地。美しいぶどう畑の中をワイン飲みながら走るという日本ではおおよそ考えられない「アルコール&ラン」のイベントです。マラソンガイドによると、ワインはけっこうなラベルのものが提供されるそうですよ。エイドステーションには他にもステーキやらオイスターやらチーズやらハムやら何やらが用意されていて、まるでパーティー会場。沿道ではミュージシャンたちがライブで応援、選手のほとんどは着ぐるみやメークで仮装。うん。お祭りです。でも、しっかり距離は42.195km。倒れちゃう選手とかいないのかな。

走りながらワインなんか飲んじゃったら、僕の頭は一体どうなってしまうことやら。

マダーム。待って、ソフィー、行かないで、こっちを向いて。お願いだ。
泣き出しそうな叫び声に気がついた彼女が、走るスピードを緩めながら後ろを振り返る。きりっとした眉。意志の強そうな目。東洋人のような黒い瞳。こぼれた黒髪が汗ばんだ額に模様を描いている。彼女は生まれてから一度も笑ったことがないかのような冷たい表情で僕を一瞥し、また前を向いて走り出す。辺り一面の緑はぶどうの葉。丘の上にそびえるシャトー。彼女を撫でた風が運ぶオーキッドの香りがゆらゆらと漂流している。
プースカフェオーナー/DJ:マックロマンス
マックロマンス:プースカフェ自由が丘(東京目黒区)オーナー。1965年東京生まれ。19歳で単身ロンドンに渡りプロミュージシャンとして活動。帰国後バーテンダーに転身し「酒と酒場と音楽」を軸に幅広いフィールドで多様なワークに携わる。現在はバービジネスの一線から退き、DJとして活動するほか、東京近郊で農園作りに着手するなど変幻自在に生活を謳歌している。近況はマックロマンスオフィシャルサイトで。
マックロマンスオフィシャルサイト http://macromance.com
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