旅の扉
- 【連載コラム】【厳選旅情報】編集部がみつけた、旅をちょっぴり豊かにするヒント
- 2025年11月5日更新
- リスヴェル旅コラム
Editor:リスヴェル編集部
雪国・魚沼市で出会う石川雲蝶の彫刻美 西福寺開山堂を訪ねる文化旅
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- 石川雲蝶終生の大作といわれる開山堂の彫刻「道元禅師猛虎調伏の図」
- 秋の紅葉が美しい新潟県魚沼市。雪国の山里に佇む静かな寺院「西福寺開山堂」で、彫刻師・石川雲蝶の作品と出会った。天井一面に広がる極彩色の彫刻、息をのむほど緻密な木の表情、その圧倒的な美しさに心を奪われた。まるで木そのものが呼吸しているような生命感。これほどの芸術が、雪深い魚沼の寺にひっそりと息づいていることに驚かされた。今回はその感動をもう少し深く掘り下げ、まだ見たことのない方にこそ知ってほしい、石川雲蝶という天才と彼の残した世界を紹介したい。
石川雲蝶(いしかわ・うんちょう/1814〜1883)は、江戸の雑司ヶ谷に生まれた彫刻師で、木彫・彩色・漆喰を組み合わせた独自の作風で「日本のミケランジェロ」と称されている。若くして仏師として頭角を現し、社寺の装飾彫刻などを手がけていたが、30代後半に三条の金物商を通じて本成寺の寺院装飾依頼を受け、越後へ移り住んだという。「良い酒とノミを終生与える」が越後入りを決めた理由とも伝わる。その後、三条の酒井家へ婿入りし、生涯の大半を雪深い越後で過ごし、多くの作品を残した。確認されているだけでも約1,000点、その多くが魚沼を中心に現存しており、西福寺と永林寺をはじめ、今も雪国の寺院で静かに息づいている。
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- 西福寺・開山堂の外観
- 代表作「道元禅師猛虎調伏の図」は、西福寺開山堂(新潟県魚沼市)の天井一面を覆う大作で、魚沼市を代表する観光スポットのひとつでもある。木肌に極彩色を施し、龍が天へ昇るような迫力と透かし彫りの繊細な表現力で訪れる人を圧倒する。制作以来150年以上、一度も本格的な修復を行っていないとされるが、今も龍の目が光を反射し、色彩が鮮やかに残る。雪国特有の湿度と、人々の丁寧な管理によって守られてきた“奇跡の保存”だ。
開山堂は1857年、当時の住職・蟠谷大龍(ばんおくだいりゅう)大和尚が「仏の教えが雪深い農村の人々の心を救うように」との思いで建立された。雲蝶はその信念に共鳴し、老若男女が集い開祖道元禅師の教えに触れることができる空間を見事に作り上げた。天井、欄間、壁面、襖絵、障子の組細工に至るまで、彫刻、絵画、漆喰細工、壁画を施した。作品のすべてが新潟県指定有形文化財に指定されている。完成までの6年間に雲蝶は家庭をもち、技にも円熟味が増したと伝わる。まさに、大龍和尚が思い描き、雲蝶が形作った“仏の世界”そのものだ。
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- 透かし彫りの繊細さと奥行き感
- 原木から切り出した一枚板を立体的に掘り上げる、雲蝶の技の核心はそこにある。木・漆喰・彩色・金属・ガラスなど異素材を組み合わせる立体芸術でリアルさを追求した雲蝶は、単に木を彫るだけでなく、彫刻に命を吹き込んだ。龍の目には内側からギヤマン(ガラス玉)をはめ込んで、まるで本物の眼のように見せる技法により玉眼がはめ込まれ、光を受けると生きているかのように輝く。また、堂内の柱には見る角度で表情が変わる幽霊の彫刻がある。正面から見ると穏やかな女性の姿、しかし少し角度を変えると、顔の半分が陰になり、悲しみや怨念を宿したように見える。雲蝶が表現したのは、人の心の二面性、そして“生と死のあわい”だったのかもしれない。訪れた際には、左手奥の柱をそっと覗き込んでみてほしい。
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- 西福寺の襖絵「孔雀遊戯の図」
- 雪国では見ることのない富士山や海辺の景色を、雲蝶は障子越しの絵として再現した。本堂と室中の間を仕切る襖には、孔雀と牡丹を描いた襖絵「孔雀遊戯の図」があり、不老長寿の象徴「石橋(しゃっきょう)」を主題にしている。
さらに、足元にも注目したい。西福寺の床をよく見ると、木の節(フシ)に花や葉の絵が描かれている。雲蝶は木の模様や節を“欠点”ではなく“自然の文様”として見立て、その形に合わせて花や蔓(つる)、蝶、鳥などを描き加えた。小さな節にも命を吹き込み、美を見いだす。そこに雲蝶の遊び心と職人魂が宿っている。50か所以上あるという花の絵を探すのも、この寺を訪れる楽しみのひとつだ。
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- 西福寺の鐘楼や境内の静謐な風景、右上:木の節に描かれた花、右下:ギヤマンが嵌め込まれた眼
- 魚沼市は日本有数の豪雪地帯。冬になると2〜3メートルの雪が積もり、屋根や柱がその重みに耐えられなくなることも少なくない。西福寺は開山堂を雪から守るため、1999年に外側にもう一棟の“覆屋(おおいや)”を建てた。建物全体を展示ケースのように包み込む構造で、積雪や風雨から建物と内部の彫刻を守っている。“雪とともに生きる芸術”を未来へつなぐ、この土地ならではの知恵だ。
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- 石川雲蝶(天女欄間)©魚沼市観光協会
- 晩年の雲蝶は、由緒深い曹洞宗の名刹・永林寺でも13年をかけて欄間をはじめとする彫工や絵画など100点を数える作品を手がけた。中でも欄間に施された天女の透かし彫り「天女欄間」は、目細、鼻高、桜色という当時の美人像を映し、雲蝶が憧れた魚沼の女性をモデルにしたとも伝えられている。西福寺が“静の美”なら、永林寺は“動の美”。二つの寺を巡ることで、雲蝶芸術の幅と深さが体感できるだろう。
厳しい雪国の自然に寄り添い、人々の信仰と祈りを形にした雲蝶の作品は、今も鮮やかに息づいている。雪国の湿度が木を守り、地域の人々が代々大切に手をかけてきたからだ。雲蝶はこの地で生きることを選び、最期を迎え、眠っている。木に命を吹き込み、祈りを刻んだその生涯は、今も魚沼の文化として静かに輝き続けている。
西福寺は、魚沼市の文化財を巡る旅で外せない名所。
越後の雪国に息づく石川雲蝶の芸術世界は、新潟観光の隠れたハイライトとも言える。
西福寺(開山堂)https://saifukuji-k.com
※冬期間平日は要予約、定休日なし
取材協力:
新潟県魚沼市 https://www.iine-uonuma.jp/
小千谷観光バス株式会社 http://www.ojiya-kanko.com/