旅の扉

  • 【連載コラム】「“鉄分”サプリの旅」
  • 2025年1月26日更新
共同通信社 経済部次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎

電車なのに「電気機関車がけん引」のカラクリとは 四国・瀬戸内地方を巡る豪華列車、3泊4日で96万円から

△東急が運営する「ザ・ロイヤルエクスプレス」。後部に連結した白い車両が電源車、最後尾は電気機関車EF210(2025年1月24日、香川県多度津町で大塚圭一郎撮影)zoom
△東急が運営する「ザ・ロイヤルエクスプレス」。後部に連結した白い車両が電源車、最後尾は電気機関車EF210(2025年1月24日、香川県多度津町で大塚圭一郎撮影)

 東急が運営する豪華列車「ザ・ロイヤルエクスプレス」が2025年1月31日から四国・瀬戸内地方で運行される。3月にかけて3泊4日のツアーを6回実施し、参加費は1人当たり最低でも96万円、最高で189万円(宿泊2人1室の場合)からという至れり尽くせりの豪華旅行だ。運行するのはいずれも直流電化区間で、モーターを備えた電車のザ・ロイヤルエクスプレスが本来ならば対応できる。にもかかわらず、運行に先駆けて高松駅経由で岡山―多度津(香川県多度津町)を走った1月24日の試乗会では本番さながらに電気機関車が電車をひくという珍現象が見られた。そこにはカラクリがあった―。

△岡山駅からけん引した電気機関車EF65―1100番台(先頭)とザ・ロイヤルエクスプレス(2025年1月24日、岡山市で大塚圭一郎撮影)zoom
△岡山駅からけん引した電気機関車EF65―1100番台(先頭)とザ・ロイヤルエクスプレス(2025年1月24日、岡山市で大塚圭一郎撮影)

 【ザ・ロイヤルエクスプレス】首都圏大手私鉄の東急電鉄などを抱える東急が運営している豪華列車で、真っ青に塗った外観と、木をふんだんに活用した内装が特色。JR九州の豪華寝台列車「ななつ星in九州」を手がけた水戸岡鋭治氏がデザインして2017年に登場した。東急の傘下企業で、静岡県・伊豆半島を走る私鉄、伊豆急行が1993年に導入した車両「アルファ・リゾート21」2100系を改造した。基本的な編成は8両編成で、その場合の定員は約50人。

△ザ・ロイヤルエクスプレスの5号車の扉は4枚折り戸になっている(2025年1月24日、岡山市で大塚圭一郎撮影)zoom
△ザ・ロイヤルエクスプレスの5号車の扉は4枚折り戸になっている(2025年1月24日、岡山市で大塚圭一郎撮影)

 ▽伊豆半島から飛び出して縦横無尽の活躍
 もともと伊豆急で使われていたザ・ロイヤルエクスプレスがクルーズトレインとしての一歩を踏み出したのは、2018年に起きた最大震度7の北海道胆振(いぶり)東部地震からの復興策がきっかけだった。
 大きな被害を受けた被災地の観光振興と地域振興のために観光列車を走らせることになったが、本業の損益である営業損益の巨額赤字が続くJR北海道には余裕がなかった。そこで、ザ・ロイヤルエクスプレスをJR北海道の路線で運行するアイデアが浮上し、2020年8~9月に初運行した。
 計150人の募集に対して計1232人が応募し、平均約8・2倍の応募倍率という盛況ぶりで「運行時には地元住民らが出迎えて歓迎し、大いに盛り上がった」(当時を知る旅行関係者)という。この成功を受けて2024年に四国・瀬戸内地方に初めて乗り入れるなど縦横無尽の活躍ぶりを見せている。
 東急社会インフラ事業部事業統括グループの松田高広担当部長は、2025年も四国・瀬戸内地方を走ることになった理由を「日本らしい四国の原風景や瀬戸内の美しさをお客様に体感していただき、ものすごく評判が良く、おほめの言葉を頂いた」と説明。
 1~3月の6回のツアーも各回最大15組30人を募ったところ「募集上回る応募があった」という。国土交通省によると、四国は1985年をピークに人口が減少の一途をたどり、香川県を除く3県は県土の大半を過疎地域が占めており、松田氏は運行地域で「地域を元気にするためにわれわれが元々持っているいろいろなノウハウを含めて地域の社会課題も解決し、盛り上がるような地域創生ができるといい」と力を込めた。

△ザ・ロイヤルエクスプレスの5号車の車内(2025年1月24日、香川県多度津町で大塚圭一郎撮影)zoom
△ザ・ロイヤルエクスプレスの5号車の車内(2025年1月24日、香川県多度津町で大塚圭一郎撮影)

 ▽屋根の上にあるべきものが「ない」
 JR北海道の路線は大部分が非電化で、札幌圏などの電化区間も交流のためザ・ロイヤルエクスプレスは機関車に引かれることを余儀なくされるのは理解しやすい。しかし、岡山から多度津までの瀬戸大橋線・予讃線は本来ならばザ・ロイヤルエクスプレスに対応した直流電化区間だ。
 にもかかわらず、岡山に入線してきた編成はかなり“異色”の姿だった。荷物車マニ50形を改造した電源車が先導し、ザ・ロイヤルエクスプレスを挟んだ最後尾には電気機関車がつなげられている。これは日本国有鉄道(国鉄)時代に製造されたJR西日本所属の電気機関車EF65―1100番台で、列車を後ろから押す推進運転で入ってきたのだ。
 そして極めつけは、ザ・ロイヤルエクスプレスの屋根の上にあるべきものが「ない」ことだ。電車が架線から電気を取り込むために欠かせないパンタグラフが取り外されているのだ。
 このような極めて異色の姿をしているのには理由がある。まずJR四国予讃線のトンネルが狭いため、高さの関係でザ・ロイヤルエクスプレスのパンタグラフで架線から集電して走ることはできないのだ。
そこで運行時には、予讃線の狭いトンネルでも走れるJR貨物の電気機関車EF210がザ・ロイヤルエクスプレスをけん引する。ザ・ロイヤルエクスプレスのパンタグラフは「用なし」になるため、あらかじめ外してあるのだ。
 併せて列車内のサービス用に使う電気も必要となるため、連結していたのが電気を供給する電源車だ。電気供給が確実になされていることを確認し、万が一支障が出た際には迅速に対応できるように「電源車には東急の担当者が乗り込んでいる」(東急の乗務員)という。

△高松駅で電気機関車EF210(左)を電源車に連結する作業の様子(2025年1月24日、高松市で大塚圭一郎撮影)zoom
△高松駅で電気機関車EF210(左)を電源車に連結する作業の様子(2025年1月24日、高松市で大塚圭一郎撮影)

 ▽「額縁」の向こうが絵画に一変
 ザ・ロイヤルエクスプレスは8両編成だが、四国・瀬戸内地方での運用では2・3・7号車を外した5両で運用する。このため、車内の通路を歩いていると4号車の次は1号車、6号車の次は8号車とまるで一部の車両を“ワープ”したような不思議な感覚を味わえる。
 列車全体では電気機関車、電源車もつないでいるため、7両編成となる。
 岡山駅で乗り込む際に案内されたのは、5号車の扉だった。この扉は4枚折り戸になっており、他の車両は閉めた際に外壁と同一面になるプラグドアなのと異なる。これは5号車がアルファ・リゾート21時代に特別車両「ロイヤルボックス」だったため、扉も“特別仕様”になっていたなごりだ。
 5号車と、私が案内していただいた6号車は、ツアーの参加者が食事の際に利用する「ダイニングカー」だ。ドーム状の屋根を含めて木をふんだんに使った車内で、ふかふかした座席に腰かけていると実にぜいたくな気分に浸ることができる。絵の「額縁」に見立てた木の枠から車窓を眺めると、列車が入れ代わり立ち代わり発車する岡山駅の日常的な光景もウィリアム・フリスの作品「鉄道駅」のように映るから不思議だ。
 出発した列車は瀬戸大橋線を通って架橋、そして佳境となる瀬戸大橋線に差しかかった。「額縁」の中には瀬戸内海の多島美が出現し、その光景は故平山郁夫・元東京芸術大学学長の日本画「輝く瀬戸内海」を想起させた。
 大迫淳英さんが今回のツアーのテーマ曲「ザ・ロイヤルエクスプレス~四国・瀬戸内の旅~」をバイオリン演奏するのに聞き入り、「料亭 二蝶」(高松市)のあん餅雑煮と、車内で揚げたばかりの「太刀魚紫蘇(たちうおしそ)巻き揚げ」に舌鼓を打つ至福の時間を堪能した。

△ザ・ロイヤルエクスプレスの1号車の車内(2025年1月24日、香川県多度津町で大塚圭一郎撮影)zoom
△ザ・ロイヤルエクスプレスの1号車の車内(2025年1月24日、香川県多度津町で大塚圭一郎撮影)

 ▽「モヤモヤ」が氷解したきっかけ
 列車が頭端駅の高松のプラットホームに入線すると、EF65―1100番台に代わってけん引機となるEF210が連結された。停車中にEF65―1100番台が外され、その様子を見守っていた鉄道ファンの男児は「かっこいい」と感嘆の声を上げた。
 隣で見物していた四十数歳上の私も全く同じ感想だった一方、実はザ・ロイヤルエクスプレスが北海道や四国を走ることに「モヤモヤ」を抱き続けていた。それは「電車なのに電車がけん引」することに対し、前述した通り理由はよく理解できるものの「なぜなんだ」という違和感をぬぐえなかったのだ。
 これがJR九州の豪華寝台列車「ななつ星in九州」のように客車ならばすんなりと飲み込める。電化区間ならば電気機関車が引き、非電化区間ではディーゼル機関車にバトンタッチするというだけだ。
 しかし、電化している区間、それも交流ではなくザ・ロイヤルエクスプレスが対応している直流区間を機関車でひかれるのは、ザ・ロイヤルエクスプレスのモーターが“空回り”していることになる。理由は歴然としていても、ポテンシャルを十分に生かせていないという不完全燃焼に見えてならなかったのだ。
 そんなモヤモヤが氷解したのは、高松で進行方向が反対になったため最後尾となった1号車の最前列に腰かけた後だった。鴨川駅(香川県坂出市)で普通や快速を先に行かせるために待避後、車掌が「鴨川13時40分、時刻よし」と手元の時計で確認後、設置された無線機を取り上げると列車番号が「9011」なのを踏まえて「こちらシノ9011列車車掌です、シノ9011列車運転士応答どうぞ」と呼びかけた。
 応答後に車掌は「それではシノ9011発車お願いします、どうぞ」と続け、運転士が「シノ9011発車了解です」と返答すると列車が動き出した。
 「電車」の場合、車掌が出発合図のボタンを押して伝えるだけで、列車無線では交信しない。
 列車無線で交信するのはあくまでも「客車列車」の場合だけだ。したがって、今回のように電気機関車にけん引されている状態ではザ・ロイヤルエクスプレスはあくまでも「客車」の役割を果たしており、「電車」だと受け止めてはいけないのだと気づいた。
 すると、電気機関車EF210が出発を伝える「ピー」という警笛が力強く鳴った。その音色を耳にして「客車列車」に揺られているとの思いが一段と強くなった―。
(連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)

共同通信社 経済部次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎
1973年4月、東京都杉並区生まれ。国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒。1997年4月に社団法人(現一般社団法人)共同通信社に記者職で入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。2024年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を積極的に執筆しており、英語やフランス語で取材する機会も多い。

日本一の鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。東海道・山陽新幹線の100系と300系の引退、500系の東海道区間からの営業運転終了、旧日本国有鉄道の花形特急用車両485系の完全引退、JR東日本の中央線特急「富士回遊」運行開始とE351系退役、横須賀・総武線快速のE235系導入、JR九州のYC1系営業運転開始、九州新幹線長崎ルートのN700Sと列車名「かもめ」の採用、しなの鉄道(長野県)の初の新型車両導入など最初に報じた記事も多い。

共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載「鉄道なにコレ!?」と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。

本コラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)、カナダ・バンクーバーに拠点を置くニュースサイト「日加トゥデイ」で毎月第1木曜日掲載の「カナダ“乗り鉄”の旅」(https://www.japancanadatoday.ca/category/column/noritetsu/)も執筆している。

共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。VIA鉄道カナダの愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。
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