念願のメジャーリーグワールドシリーズを制したロスアンゼルス・ドジャースの大谷翔平選手。日本中を熱狂させ、米国でも大人気。その人気が中欧ヨーロッパのチェコ共和国にまで広がっていることをご存知ですか?
きっかけは2023年に開催された野球の国・地域別対抗戦ワールド・ベースボール・クラシック(略称:WBC)でした。チェコではアイスホッケーが大人気で、野球はマイナースポーツ。ところがWBC 本戦に初出場を決め、国内で試合が中継されると、野球への関心が一気に高まり、中でも大谷選手はよく知られた存在だと聞いていました。
実際、9月にチェコを訪れた際、昼食に訪れたビアレストランでは大リーグの野球中継を放送中。私が日本人だとわかると、「もうすぐ50-50だね!」と声をかけてくる男性もいました。
50-50とは、大リーグ史上初のシーズン50本塁打、50盗塁の記録達成に迫っていた大谷選手の話です。
WBCに出場した選手にも会う機会があったので話を伺うと、マレク・ミナジーク選手がスマホから1枚の写真をうれしそうに見せてくれました。
彼は国内で「Cesky Shohei(チェコの大谷翔平)」と呼ばれる、投手でホームランバッター、二刀流の選手です。
「Shohei」という単語が普通に使われることにまず感心するのですが、写真は彼と大谷選手との2ショットでした。
「ますますの活躍をお祈りしています、という気持ちを込めてチェコ代表全選手でユニホームにサインをして、大谷選手に贈った時に撮ったのです」とミナジーク選手。
大谷選手に会いに行くチェコ選手は事前に決まっていました。通常、大選手に対するガードは固いので、事前登録のない人間が会うのは難しいはずですが、「自分も参加したい」とせがむチェコ選手たちの願いを、大谷選手は快く受け入れたそう。
そして選手たちはチェコ代表の帽子にサインもお願いしました。ところが、黒い帽子なのに黒のマジック。大谷選手は気を利かせて、白のマジックを持ってきてサインしてくれたといいます。
また試合中には、大谷選手が1塁ベース上でムジーク選手に「チェコのピッチャーは、ボールは速くないかも知れないけど、コントロールが素晴らしい」と言ったと、チェコの野球リーグで代表のフィリップ・スモラ内野手とプレーしていた斉藤佳輔さん(現あずさ監査法人 東京第4統轄事業部 シニアマネジャー)が教えてくれました。大谷選手はオンジェイ・サトリア投手から三振を喫しましたが、サトリア投手を称賛したそうです。
チェコ戦の後、大谷選手は自身のインスタグラムに、チェコ代表の写真に「Respect」の文字を添えて投稿しています。
WBC準決勝で日本代表がアメリカのマイアミに到着した際には、チェコ代表の帽子を被って現れました。「野球が好きなんだなという対戦相手としてのリスペクトも感じましたし、素晴らしい選手たちだと思いました」と話した大谷選手。
「それがチェコ球界にとって大ニュースだったのは間違いなく、チェコ代表はすっかり大谷選手の虜になってしまいました」と斉藤さんは語ります。
「ショハイ」というチェコ語があります。「若くてナイスガイ」という意味です。発音が「ショウヘイ」と似ているので、さらに大谷選手に親近感を持ってしまうのだとか。
圧倒的な実力に加えて、「ショハイ」な大谷選手。来シーズン、チェコでもますます人気が高まりそうです。
ところで、チェコ共和国代表チームは、WBCで日本人に爽やかな印象を残しました。
試合で、佐々木投手がウィリー・エスカラ選手に対してデッドボールを当ててしまうも、エスカラ選手は一塁ベースに全力疾走して無事をアピール。後日、佐々木投手がチェコ代表の宿舎へロッテのお菓子を持ってお詫びに行ったのは有名な話です。
「本当にたくさんお菓子の袋を持ってきてくれたので驚きました」と、ノヴァーク投手は振り返りました。
内陸の中央ヨーロッパからやってきたチェコ代表は、日本でいろいろな発見があったようです。
宮崎の3月の海ではしゃぎ、ふだんプレイしている土やアンツーカーとは異なる人工芝でエアドーム式の東京ドームに驚き、暖かい便座のウォシュレットに興味津々、そして新鮮な寿司や和牛に舌鼓を打ちました。
特に、東京ドームでの練習中に流れたBGMには、選手たちは感動したといいます。
練習中のBGMに流す音楽を問われたチェコ代表チームが、チェコの人気ソングなどプレイリストを提出して、東京ドームが流したのです。選手たちにはサプライズ!知っている音楽が流れてきて、ホームにいるような感覚になったととても喜びました。
代表選手として若い頃から世界各国に遠征している代表チームの彼らが、日本人ならではと感じた相手への細やかな気遣い。東京ドームで日本の大観衆がチェコを応援してくれたことにも心を揺さぶられたそうです。
WBCを期に、野球を通じた日本とチェコの関係はより親密になりました。
佐々木郎希投手や吉井理人監督(代表ではコーチ)が所属する千葉ロッテはチェコ共和国との関係強化のために「マリーンズ-チェコ ベースボールブリッジプログラム」を立ち上げ、栗山英樹監督(当時)はチェコに飛び、その様子が「栗山英樹WBCアナザーストーリーチェコで出会った『野球愛』」 (BS朝日)として放送されました。
一方、今回のチェコ代表のメンバーの中では、マレク・フルプ外野手が2024年9月に読売巨人軍に育成選手として入団。チェコ共和国出身選手として初の日本プロ野球(NPB)選手となりました。
WBC後、2ヶ月間日本に残り、パートナーと各地を旅したのはヤン・ノヴァーク投手。私が9月にチェコでお会いした時には、勉強を続けているという日本語で会話も出来るほどでした。
チェコ代表は、この11月9日・10日、「ラグザス 侍ジャパンシリーズ2024」に再来日。井端弘和監督率いる新生侍ジャパンと、バンテリンドームナゴヤで対戦しました。WBCに匹敵する世界大会である「世界野球プレミア12」開幕直前の強化試合です。
結果は侍ジャパンの2戦2勝でしたが、チェコ代表に対する歓声は今回も暖かく、選手たちを喜ばせました。そして、チェコ代表の実力は確実に向上しているようです。
現在、侍ジャパンはプレミア12の優勝に向けて快進撃を続けています。チェコ代表は日本の優勝を願ってくれているとともに、次回は、チェコも12チームの一つとして侍ジャパンと対戦するべく、日々練習に明け暮れているに違いありません。