旅の扉

  • 【連載コラム】こだわり×オタク心
  • 2023年11月5日更新
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コラムニスト:Tomoko Nishio

中世騎士物語から南仏やスペインの旅に思いを馳せる。バレエカンパニー ウエストジャパン『ライモンダ』を2023年11月23日に

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関西を拠点とする「バレエカンパニー ウエストジャパン」が2023年11月23日、神戸文化ホールで全幕バレエ『ライモンダ』を上演する。2019年の設立から節目となる第5回公演として挑む、古典の大作だ。ストーリーは南仏貴族の宮廷を舞台に繰り広げられる十字軍の騎士ジャン・ド・ブリエンヌとライモンダ姫の恋物語で、中世スペインに在ったイスラム勢力や、十字軍遠征に力を注いだハンガリー王なども登場し、踊りにはクラシックレエやエキゾチックな民族舞踊など、古典バレエの様式美がふんだんに盛り込まれている。物語から垣間見えるスペインに残るイスラム文化や南仏の風景などに思いを馳せるのも、舞台鑑賞の楽しみだ。(文章中敬称略)
■「クラシックバレエのダイバーシティ」。古典バレエから民族舞踊までが凝縮

バレエ『ライモンダ』の初演は1898年、サンクトペテルブルクのマリインスキー劇場。『白鳥の湖』や『くるみ割り人形』『眠れる森の美女』の、いわゆる「三大バレエ」を振付けたプティパの晩年の集大成ともいわれる作品で、クラシックバレエの様式美はもとより、スペインやハンガリーなどの民族舞踊など、古典バレエの粋を集めた大作である。今回改定演出・補足振付を行う山本康介が「クラシックバレエのダイバーシティ」と語るのもなるほど納得の、見どころ満載の作品となっている。


■物語から見える西欧とイスラムの歴史の名残

物語の大筋は南仏プロヴァンスの貴族の姪ライモンダ姫と、十字軍の騎士ジャン・ド・ブリエンヌとの恋。ジャンがハンガリー王アンドラーシュ二世の十字軍に加わり出征した不在の折、イスラムの王子(あるいは王)アブデラフマンがライモンダ姫に求婚に訪れる。毅然とはねのける姫とアブデラフマンのいさかいののち、姫とジャンは無事再会を遂げ、華やかな結婚式で幕を閉じる。

登場する十字軍の騎士ジャン・ド・ブリエンヌやハンガリー王アンドラーシュ二世は実在した、ともに第5回十字軍(1217~1221年頃)ゆかりの人物だが、この物語ではそうした史実はほとんど関係ない。だが、この『ライモンダ』が旅あるいは歴史視点で興味深いのは、作品を通して8世紀頃からイベリア半島に侵入したイスラム勢力や国境沿いの南仏、さらには当時盛んにおこなわれていた十字軍の歴史が垣間見えるところにある。
サン・ポール・デ・ヴァンス ⒸFrancois Philippzoom
サン・ポール・デ・ヴァンス ⒸFrancois Philipp
金銀財宝を携えライモンダ姫に求婚するイスラムの王子アブデラフマンの存在は、今でもスペインに残る、アンダルシアのアルハンブラ宮殿やコルドバのメスキータなどが伝える華麗な史跡や文化を彷彿させる。また南仏のニース近郊に残る、例えばエズやサン・ポール・デ・ヴァンスなどの「鷲の巣村」は、対イスラムの時代ゆかりのもの。山本も「小高い丘のてっぺんに残された要塞や村が、イスラム勢力の攻撃から身を守るためにつくられたものだと聞き、とても印象に残った」と振り返りながら、このフランスが舞台の作品に「ヴェルサイユ宮殿に代表されるふわっとしたイメージとは違う、中世のガチっとした、地に足の着いた人たちをイメージしている」と旅の経験から得た構想を述べている。
ブダペストの英雄広場 Ⓒハンガリー政府観光局zoom
ブダペストの英雄広場 Ⓒハンガリー政府観光局
ちなみにハンガリー王アンドラーシュ二世(1177年-1235年)もブダペストの英雄広場や、歴代ハンガリー王の王戴冠式が行われる郊外の町、エステルゴムの教会前広場の銅像などでその姿を目にすることができる。もし訪れる機会があったら、顔を見に行ってほしい。
左から山本康介、瀬島五月、厚地康雄zoom
左から山本康介、瀬島五月、厚地康雄
■関西発のバレエ芸術成熟を目指して

この『ライモンダ』を上演する「バレエカンパニー ウエストジャパン」は、関西のバレエ芸術向上を目指して2019年に設立され、これまで古典作品や現代舞踊、コンテンポラリー作品など幅広い作品を上演してきた。代表にして、今回主演のライモンダを踊る瀬島五月は関西を代表するバレエ団の一つ、貞松・浜田バレエ団で長くプリンシパル(最高位ダンサー)を務めた、関西を代表するバレエダンサーの一人。ジャン・ド・ブリエンヌを踊るアンドリュー・エルフィンストンは瀬島とともに貞松・浜田で活躍してきた。アブデラフマン役の厚地康雄は元バーミンガム・ロイヤル・バレエ団のプリンシパルで、女性ダンサーとのパートナリングなどの的確な技術もさることながら、濃厚な演技にも定評があり、2022年に日本に拠点を移してからは様々なバレエ公演のゲストとして引っ張りだこ。出身は関東であるがこのたび改定演出・補足振付を行う、元バーミンガム・ロイヤル・バレエ団プリンシパル・ソリストであった山本との縁でゲスト出演する。その山本は振付家として活動を行うほか、NHK「ローザンヌ国際バレエコンクール」の解説者としても活躍している。経験豊富な芸術家たちが贈る舞台からは、また思いもよらない異国の風景の発見があるかもしれない。
Ballet Company West Japan
第5回記念公演「Fifth Celebration」
『ライモンダ』全幕


■日時:2023年11月23日(木・祝)15:00開演
■会場:神戸文化ホール〈大ホール〉
■原振付/マリウス・プティパ
■改訂演出・補足振付/山本康介
■音楽/アレクサンドル・グラズノフ
■指揮/冨田実里
■演奏/神戸フィルハーモニック
■出演:
ライモンダ / 瀬島五月
ジャン・ド・ブリエンヌ / アンドリュー・エルフィンストン
アブデラフマン / 厚地康雄(特別出演 元バーミンガムロイヤルバレエ団プリンシパル) ほか 「バレエカンパニー ウエストジャパン


公式サイト
https://bc-westjapan.com/performance/
コラムニスト:Tomoko Nishio
旅行業界・旅&芸術文化ライター、動物好き。旅行業界誌記者・編集者を経てフリーの旅行ライターに。南仏中世と「三銃士」オタク。歴史とアートに軸を置きつつ、絵画、バレエ、音楽、物語、映画、漫画のロケ地・聖地巡り、海外旅行や小さなお散歩まで、様々な視点で旅を発信。「旅」は生活のなかにもあり。

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