旅の扉

  • 【連載コラム】こだわり×オタク心
  • 2023年6月2日更新
arT'vel -annex-
コラムニスト:Tomoko Nishio

イタリアオペラ×中国の寓話『トゥーランドット』、英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン 2022/23

©ROH Tristram Kenton, 2014zoom
©ROH Tristram Kenton, 2014
ロンドンのコヴェントガーデンに燦然と立つ英国舞台芸術の殿堂、英国ロイヤル・オペラ・ハウス。ここで上演されるバレエやオペラを厳選し、映画館で全世界に配信するのが英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン 2022/23だ。2023年6月2日から上映しているのはプッチーニの最後のオペラ『トゥーランドット』。きっとどこかで(おそらくはフィギュアスケートを通して)耳にしたことのある名曲『誰も寝てはならぬ』は、このオペラ屈指の見どころ・聴きどころの一つである。物語の舞台はおとぎ話の時代の北京。京劇風のモチーフを用い、ダンスの振り付けには太極拳を取り入れている、また演出に用いている仮面がとても効果的でわかりやすく、華やかで異国情緒あふれる色彩共々、上演回数100回以上を数える人気作であるのもなるほどと頷ける。壮大な合唱も聴きごたえある名作、この機会にぜひ、ご覧いただきたい。

©ROH Tristram Kenton, 2014zoom
©ROH Tristram Kenton, 2014
■「中国というどこかの国」の寓話世界

【あらすじ】お話の舞台は中国・北京というおとぎの国。皇帝の娘トゥーランドットは絶世の美女だが、求婚する者に三つの謎を出題し、答えられなければ首をはねるという氷のような冷酷さを持つ。だがそんな姫に魅了された挑戦者は後をたたず、そして帰らぬ人となっていた。ある日、祖国を失い流浪の民となっているタタールの王子カラフと父王ティムール、老いた王を支える女奴隷リューは北京で再会を果たす。リューはカラフに密かな恋心を抱いており、再会を喜んだ。しかしカラフ王子はトゥーランドット姫を一目見た瞬間、魅了され、人々が止めるのもきかず姫の謎ときに挑むのである――。

『トゥーランドット』は17~18世紀、太陽王ルイ14世治下のフランスで活躍した東洋学者にして通訳者のフランソワ・ペティ・ド・ラ・クロワが書いた『千一日物語』のなかの一篇、『カラフ王子と中国の王女の物語』が下敷きになっている。この物語が19世紀、イタリアでオペラの台本として脚色され、そして1920年代に入ってから、プッチーニがそれを3幕のオペラとして制作に取り掛かる。20世紀の声を聞いてはいるものの、ヨーロッパ人のアジアに対する認識はおそらくまだヴェールに包まれたミステリアスな世界だったろう。「中国の姫」「北京」という題材ではあれども、「中国の北京というおとぎの国」と考えた方がしっくりと物語に入り込める。
©ROH Tristram Kenton, 2014zoom
©ROH Tristram Kenton, 2014
しかしながらプッチーニは音楽については中国帰りの外交官などから現地の民謡や宮廷音楽、古謡などのメロディを採取していたこともあり、非常に壮大な異国感満載の中国風音楽世界が展開され、そのハーモニーが実に絶妙。特に姫の謎ときに挑む1幕のクライマックスは合唱も加わり、身震いのするような重厚な世界が展開され、圧巻というよりほかはない。名曲であり名作であるというのも、なるほどと納得させられるのである。
©ROH Tristram Kenton, 2014zoom
©ROH Tristram Kenton, 2014
■多国籍の歌手が織りなす物語世界。姫と対をなすリューの存在に注目

またこのオペラでは主人公たる姫は1幕ではちらりと姿を見せるのみで、歌わない。これはオペラの常識としては考えられない、非常に大胆な構成といえるのだが、だからこそ姫の正体やなぜ求婚者になぞかけをするのかという、ヴェールの奥に包まれた、ミステリアスさがよりクローズアップされるのである。姫が2幕で歌う、祖先であるロウ・リン姫の屈辱的な悲劇は、ヴェールの奥の姫の心情を慮るのに重要な場であるので、ぜひ想像力を駆使してお聞きいただきたい。

そしてなにより、このトゥーランドット役は歌手の技量的にも非常に難易度が高く、また舞台上では圧倒的な存在感も求められるという、ソプラノの超難役である。今回は本場イタリアの歌姫アンナ・ピロッツィが堂々と勤め上げている。

カラフ王子役は韓国のテノール、ヨンフン・リー。直情的でストレートに熱い王子を好演し、3幕のでは渾身の『誰も寝てはならぬ』で場を盛り立てる。
©ROH Tristram Kenton, 2014zoom
©ROH Tristram Kenton, 2014
そしてぜひ注目いただきたいのが父王ティムールに仕え、カラフに思いを寄せる女奴隷リューだ。氷のトゥーランドット姫に対し、繊細で暖かで優しく献身的なリューは原作にはない、このオペラのために生み出されたキャラクターだ。見方によってはこの物語の裏主人公ともいえる存在であるリューを演じるのは、南アフリカ出身のソプラノ、マサバネ・セシリア・ラングワナシャだ。さらに国を追われた父王ティムールを演じるヴィタリー・コワリョフはウクライナ出身。2幕冒頭で3人の大臣ピン、ポン、パンのトリオが仮面を外して素顔で歌う3重唱も愉快さの中に悲哀が見え隠れし、絶妙な存在感を放つ。

オペラは様々な演出、読み替えなどがあるが、この英国ロイヤル・オペラ・ハウスのプロダクションは無機質な仮面のダンサー達の存在、随所で使われる小道具としての仮面の有無とその意味など、見どころも多く雄弁で、単刀直入にいえば「おもしろい」。おすすめである。
©ROH Tristram Kenton, 2014zoom
©ROH Tristram Kenton, 2014
《トゥーランドット》全3幕
【音楽】:ジャコモ・プッチーニ(フランコ・アルファーノ補筆版)
【台本】:ジュゼッペ・アダーミ、レナート・シモーニ(原作:カルロ・ゴッツィによる寓話劇「トゥーランドット」)


【指揮】:アントニオ・パッパーノ
【演出】:アンドレイ・セルバン
【再演演出】:ジャック・ファーネス
【美術・衣裳】:サリー・ジェイコブス
【照明】:F・ミッチェル・ダナ
【振付】:ケイト・フラット
【振付記譜】:タチアナ・ノヴァエス・コエーリョ
ロイヤル・オペラ合唱団(合唱指揮:ウィリアム・スポールディング)
ロイヤル・オペラハウス管弦楽団(首席客演コンサートマスター:ヴァスコ・ヴァッシレフ)


【キャスト】
トゥーランドット姫:アンナ・ピロッツィ
カラフ:ヨンフン・リー
リュー:マサバネ・セシリア・ラングワナシャ
ティムール:ヴィタリー・コワリョフ
ピン:ハンソン・ユ
パン:アレッド・ホール
ポン:マイケル・ギブソン
アルトゥム皇帝:アレクサンダー・クラベッツ
官吏:ブレイズ・マラバ
児童合唱:ユース・オペラ・カンパニー

北海道 札幌シネマフロンティア 2023/6/2(金)~2023/6/8(木)
宮城 フォーラム仙台 2023/6/2(金)~2023/6/8(木)
東京 TOHOシネマズ 日本橋 2023/6/2(金)~2023/6/8(木)
東京 イオンシネマ シアタス調布 2023/6/2(金)~2023/6/8(木)
千葉 TOHOシネマズ 流山おおたかの森 2023/6/2(金)~2023/6/8(木)
神奈川 TOHOシネマズ ららぽーと横浜 2023/6/2(金)~2023/6/8(木)
愛知 ミッドランドスクエア シネマ 2023/6/2(金)~2023/6/8(木)
京都 イオンシネマ 京都桂川 2023/6/2(金)~2023/6/8(木)
大阪 大阪ステーションシティシネマ 2023/6/2(金)~2023/6/8(木)
兵庫 TOHOシネマズ 西宮OS 2023/6/2(金)~2023/6/8(木)
福岡 中洲大洋映画劇場 2023/6/2(金)~2023/6/8(木)


※上映時間については上映劇場へ直接問い合わせのこと。
公式サイト
http://tohotowa.co.jp/roh/movie/?n=turandot2022
コラムニスト:Tomoko Nishio
旅行業界・旅&芸術文化ライター、動物好き。旅行業界誌記者・編集者を経てフリーの旅行ライターに。南仏中世と「三銃士」オタク。歴史とアートに軸を置きつつ、絵画、バレエ、音楽、物語、映画、漫画のロケ地・聖地巡り、海外旅行や小さなお散歩まで、様々な視点で旅を発信。「旅」は生活のなかにもあり。

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