史跡が豊富な旧市街地を抱えるアメリカ(米国)東部バージニア州アレクサンドリア市に、ワシントン首都圏交通局の地下鉄「ワシントンメトロ」のポトマックヤード駅が5月19日に開業した。駅前での記念式典の終了後、「旧市街へ向かう特別列車を用意していますのでご乗車ください」と案内放送があった。とはいえ、旧市街地はワシントンメトロの最寄り駅からかなり離れている。営業用電車が通らない引き込み線経由で旧市街地へ向かうのだろうかなどと行き先を想像しながら、行き先表示画面に「Special(特別列車)」と記した電車に乗り込んだ―。
▽レーガン・ナショナル空港の隣接駅
ポトマックヤード駅には六つある路線のうちイエローラインとブルーラインが乗り入れ、投資額は約3億7千万ドル(約510億円)に上る。当初は2022年4月に開業予定だったが、米紙ワシントン・ポストによると自動列車制御装置(ATC)の改良や土壌を巡る問題があったため2度にわたって延期された。
地上にある複線の線路に沿って両側にプラットホームがある対面式ホームで、線路とホームの上に駅舎を設けた。ワシントンメトロで98番目の駅となり、北隣は国内線が発着するレーガン・ナショナル空港の最寄り駅だ。ワシントン首都圏を南北に結ぶイエローラインに乗れば、新駅からワシントン中心部の官庁街に近いランファンプラザ駅に14分で到着できる。
▽駅建設の提案は「40年超前」
ポトマックヤードの駅名は、1987年に閉鎖した貨物列車の操車場の名称に由来する。ワシントンメトロの駅建設は「実に40年超前に提案された構想」(首都圏交通局)というから驚きだ。近くにはポトマック川が流れており、川に沿って林立している日本から1912年に贈られた桜の木はワシントンの春の風物詩となっている(詳しくは本コラム「「さくらトラム」米首都でも開花」ご参照)。
新駅開業が物語るように、ワシントンに近い地の利に加えてレーガン・ナショナル空港とダレス国際空港が立地するバージニア州北部には有力企業が続々と進出して活況を呈している。アレクサンドリア市の北隣にあるバージニア州アーリントン郡には大手航空機メーカーのボーイングが中西部イリノイ州シカゴにあった本社を昨年移転し、インターネット通信販売世界最大手のアマゾン・ドット・コムも西部ワシントン州シアトルに続く第2本社を設けることを決めた。
▽「VT」よりふさわしい副駅名?
新駅周辺でも約7万7千平方メートルの土地を再開発し、商業施設やオフィス、教育研究拠点、集合住宅などが続々と建てられる計画だ。首都圏交通局はポトマックヤード駅の開業が1万3千人の利用増をもたらし、2万6千人の雇用を創出すると試算する。
うちバージニア工科大学(VT)は約10億ドル(約1380億円)を投じた大学院の拠点「イノベーションキャンパス」を2024年に開設する。副駅名には「VT」が付けられており、駅の記念式典でティム・サンズ学長は「私たちの名前が駅名の一部になったことを光栄に思う。これは長年にわたってこの地域の発展に貢献するという私たちの決意を裏打ちしている」と意気込んだ。
参加者の次々とカメラを向けた先にいたのは学長、ではなく一緒に登壇した鳥の公式マスコット「ホーキーバード」の着ぐるみだった。ドン・ベイヤー下院議員(民主党)はその人気ぶりをうらやむように「駅名を『ホーキー国駅』にした方が良かった」と冗談を飛ばした。
▽完成は「6人目の市長」の手に
「私はこのプロジェクトに携わってきた6人目の市長だ。アレクサンドリア市民よ、あなたの駅がついに開業したよ!」と訴え、興奮した様子でテープカットのはさみを握ったのはアレクサンドリア市のジャスティン・ウィルソン市長だ。
自身が近くに家を買った時に不動産業者から「地下鉄の駅が近くできますよ」と言われたのは「22年も前のことだ」と打ち明け、参加者を笑わせた。ウィルソン氏は「多くの人が開業することがないと信じ込んでいた」のが覆されたことで、「この駅は人々の生活を変え続け、何世代にもわたって街の飛躍的な発展を推し進めることになる」と期待を膨らませた。
首都圏交通局のランディ・クラーク最高経営責任者(CEO)が式典終了後に「旧市街行きの特別列車をご利用ください」と再度案内し、私たち参加者はプラットホームに向かった。
▽謎の到着駅は…
まるで私たちの到着に合わせたような絶妙なタイミングで電車が滑り込んできたが、「参加者の皆様、これは特別列車ではありません」と放送が流れて乗らないように制止された。この電車を含めて計3本の営業用電車を見送った後、満を持して「Special」と表示した川崎重工業グループが製造した車両「7000系」が滑り込んできた(詳しくは本コラム「またまた「川崎さん」!」ご参照)。
出発後に南隣のブラドックロード駅を通過し、旧市街に向かう路線バスが発着するキングストリート駅も通り過ぎるのだろうと想像し、謎の到着駅に思いをはせた。ところが聞こえてきた車内放送は「キングストリート駅に到着です。皆様、こちらで下車してください」というものだった。首をかしげながらホームに降り立つと、キングストリートの駅名標には「オールドタウン(旧市街)」の副駅名が付けられていた。
アレクサンドリア市民には道路名と同じ「キングストリート」よりも「旧市街」の方が場所をイメージしやすいため、「オールドタウン」と伝えていたようだ。また、「Special Train」を走らせたのは参加者が一斉に乗り込んで営業用電車が混雑するのを避けるためで、この場合は「臨時列車」が適切な翻訳だった。ありきたりの到着駅で、誤解を招いた己の名訳ならぬ「迷訳」をただ恥じた…。
(連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)