旅の扉

  • 【連載コラム】こだわり×オタク心
  • 2023年4月8日更新
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コラムニスト:Tomoko Nishio

街と芸術は相互に、ともに流れる歴史を刻む。《SUMIDA》世界初演の新日本フィル、50年目のさらに先

Ⓒ大窪道治zoom
Ⓒ大窪道治
東京・墨田区のすみだトリフォニーホールを拠点として活動する新日本フィルハーモニー交響楽団(新日本フィル)。去る3月の定期演奏会「すみだクラシックの扉 #13」で小曽根真に委嘱したピアノ協奏曲《SUMIDA》を世界初演した。「SUMIDA」とはもちろん墨田区であり隅田川にかけたもの。ジャズ・ミュージシャンとしての顔を持つ小曽根らしく、オーケストラとピアノジャズトリオのセッションのような、現代的な魅力も兼ね備えた音楽が演奏され、墨田区をゆるりと流れる隅田川の変わらぬ流れや、川にかかるいくつもの橋が過去から現在、未来を繋ぐような、そんな時代感とともに「SUMIDA」という町の魅力も感じさせる公演だった。
かねてから墨田区のトリフォニーホールとフランチャイズ契約を結び、街との縁を大切にしながら音楽活動を行ってきた新日本フィル。今回は新作《SUMIDA》や新日本フィルの活動を通して、音楽――芸術と街について考える。(文章中敬称略)
《SUMIDA》演奏後 Ⓒ堀田力丸zoom
《SUMIDA》演奏後 Ⓒ堀田力丸
■ジャズとクラシック。多様なものを「繋ぐ」小曽根の《SUMIDA》

《SUMIDA》を作曲した小曽根は、ジャズやクラシックなど、ジャンルを超えた音楽活動を行うアーティスト。バークリー音大ジャズ作・編曲科を首席で卒業後、ゲイリー・バートン、チック・コリアらと共演する傍らクラシックにも取り組み、ニューヨーク・フィルにも招かれてガーシュウィンを演奏するなど、世界的にも評価の高い人気音楽家の一人だ。作曲家としても活動しており、今回《SUMIDA》の委嘱も小曽根の「新しいものを作り上げる力に魅力を感じ、今後も共演していきたいと思ったから」(新日本フィル広報)。

さてその《SUMIDA》を作曲するにあたり、小曽根はすみだ郷土文化資料館を訪れ、街歩きをするなど墨田区の歴史にふれたという。なかでも「強く印象に残った」という関東大震災(1923年9月1日)と東京大空襲(1945年3月10日)で、その「焼土からの復興」が曲の中に織り込まれている。しかしながらこの曲のテーマとなっているのは、隅田川のあちらとこちらで呼応する人々とその賑わいであり、それを繋ぐのが、ハープが「ポロロン」と奏でる、川にかかる橋だ。

またPart IとPart IIの2部構成からなる音楽の、2つのパートを繋ぐのは小曽根を中心としたジャズ・トリオのセッションである。街歩きや、観光地や芸術などの「鑑賞」に答えはなく、人それぞれによって感じること、思うことがちがう。奏者に任せられるアドリブのパートは、この曲にそうした人それぞれが感じる多様性を持たせているかのようだ。

音楽には祭りや花火大会を彷彿させる賑わい、コラージュのように過去と現代の風景を連想させつつ、クライマックスは北斎の鶏や龍がスカイツリーに絡まり天に昇華していくような、そのような迫力を感じた。果たして地元の方々はこの音楽をどう聴いたのか、聞いてみた気もするし、再演によりジャズのパートが今度はどのような顔を見せるのかも気になるところだ。
桜の季節は特に賑わう隅田川河畔zoom
桜の季節は特に賑わう隅田川河畔
■音楽による地域活性化を。佐渡音楽監督が2023年4月から始動

今回《SUMIDA》と横文字に並べたときに、まず感じたのはその墨田区が持つブランド力だ。身近な町や区の名称を脳内変換してみてほしい。筆者の住む某区はちょっと《SUMIDA》のような力はないな、とプチがっかりするのだが、それは個性として置いておいても、「形になるな」「なんかタイトルっぽいな」と思わせるのは、やはりその街になんらかの力とブランド力があるからだと思わせられる。

実際「墨田区」はアイコンのひとつとなったスカイツリーをはじめ国技館のある両国や相撲の伝統、江戸東京博物館(2023年時点改装閉館中)、葛飾北斎の生誕地と北斎美術館といった江戸風情、音楽的には滝廉太郎の歌曲「花」に歌われる隅田川、その隅田川の花火大会など、観光的にも魅力は高い。新日本フィルが拠点とする「すみだトリフォニーホール」も2022年に開館25周年を迎えた区の芸術拠点の一つであるし、新日本フィルも2022年に創立50周年を迎えている。小曽根の《SUMIDA》は、新日本フィル記念周年となる2022/2023シーズン(2022年4月~2023年3月)のクライマックスを飾る作品ともいえるだろう。

そして新日本フィルでは51年目となる2023/24年シーズンから、指揮者の佐渡裕を音楽監督として迎え、新たなステップを踏み出す。佐渡裕といえば「題名のない音楽会」(テレビ朝日系列)の司会者をつとめるなど世界的に有名な指揮者で、現在はウィーンのトーンキュンストラー管弦楽団の芸術監督を、国内では2002年から兵庫県立芸術文化センター芸術監督などを務めている。

実は佐渡は音楽と地域活性化に心を砕いている音楽家でもある。西宮の兵庫県立芸術文化センターでは「劇場に足をはこんだことがない人を劇場に呼ぶ」「クラシック音楽に対する敷居を下げ、身近に親しんでもらう」ことを標榜し、室内楽や世界の音楽などテーマを掲げたシリーズや、廉価で楽しめる「ワンコイン・コンサート」を開催。夏のオペラ公演は今では西宮の風物詩のひとつとなっている。
ⒸT.Tairadatezoom
ⒸT.Tairadate
新日本フィルでは2023年4月から音楽監督として始動しているが、2022年4月からミュージック・アドヴァイザーに就任し、さらに墨田区の「すみだ音楽大使」として区内の学校を訪れ音楽指導をするなど「呼ばれればどこにでも行く」(2022年音楽監督秋就任会見にて)と積極的な活動を行っている。YouTubeチャンネル「すみだ佐渡さんぽ」では墨田区の名所旧跡ばかりでなく、「ものづくり」を支える企業訪問の様子も紹介されているのだが、これは時折トリビアのようなユニークな企業も登場するので、そうした点でも興味深いのでぜひご覧いただきたい。

【すみだ佐渡さんぽ 第13弾】「スペースデブリ(宇宙ゴミ)って?」(指揮者・佐渡裕が株式会社アストロスケールを訪問)
墨田のシンボルのひとつ、スカイツリーzoom
墨田のシンボルのひとつ、スカイツリー
音楽や絵画など、芸術は見て感じてくれる人がいることでさらなる広がりを生みだし、人々の心に様々な印象を残す。街のエネルギーはそうした人々が集まってできた無意識の集合体で、じつはそれが巡り巡って「街の力」となり地域を育てていく。芸術は決して敷居の高いものではなく、街と密接に、相互に作用しあうものなのだと思うし、そうした地域を視点に入れて活動をしてくれるオーケストラがある墨田区は、ほんとうに素晴らしい財産をもっているなと思うのである。

4月から佐渡裕音楽監督の新体制が始動する。演奏会は墨田区だけでなく、都心のサントリーホールや横浜市などでも行われる。できればトリフォニーホールを訪れ、すみだ北斎美術館の訪問や隅田河畔の散策、街歩きも楽しんでいただきたい。

《参考》
小曽根真、新作の“ピアノ協奏曲《SUMIDA》”を語る。
https://www.njp.or.jp/magazine/?p=1876
トリフォニーホール内の北斎カフェ。「北斎」もまた、墨田区の様々なところで目にするシンボルだzoom
トリフォニーホール内の北斎カフェ。「北斎」もまた、墨田区の様々なところで目にするシンボルだ
公演情報

■2023年10月28日(土) 14:00
#652〈トリフォニーホール・シリーズ〉
すみだトリフォニーホール 大ホール

人よ 愛せよ ― ―佐渡裕 ハイドン×ブルックナー
指揮:佐渡裕
ハイドン:交響曲第44番 ホ短調 Hob.I:44「悲しみ」
ブルックナー:交響曲第4番 変ホ長調 WAB104 「ロマンティック」(ノヴァーク版)


■2023年10月30日(月) 19:00
#652〈サントリーホール・シリーズ〉
サントリーホール

人よ 愛せよ ― ―佐渡裕 ハイドン×ブルックナー
指揮:佐渡裕
ハイドン:交響曲第44番 ホ短調 Hob.I:44「悲しみ」
ブルックナー:交響曲第4番 変ホ長調 WAB104 「ロマンティック」(ノヴァーク版)


そのほかのスケジュールはこちらから
新日本フィルハーモニー交響楽団
https://www.njp.or.jp/
コラムニスト:Tomoko Nishio
旅行業界・旅&芸術文化ライター、動物好き。旅行業界誌記者・編集者を経てフリーの旅行ライターに。南仏中世と「三銃士」オタク。歴史とアートに軸を置きつつ、絵画、バレエ、音楽、物語、映画、漫画のロケ地・聖地巡り、海外旅行や小さなお散歩まで、様々な視点で旅を発信。「旅」は生活のなかにもあり。

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