旅の扉

  • 【連載コラム】「“鉄分”サプリの旅」
  • 2022年3月27日更新
共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎

米首都圏の駅前に“骨董品銀座”、日本の伝統工芸品も

△MARCブランズウィック線の列車=いずれもメリーランド州で筆者撮影zoom
△MARCブランズウィック線の列車=いずれもメリーランド州で筆者撮影

 アメリカ軍の制服やバッジ、大統領選で使われた看板、そして日本の伝統工芸品まで。ワシントン首都圏のメリーランド州ケンジントンの骨董品店が軒を連ねる通り「ケンジントン・アンティーク通り」を散歩して店の商品棚をのぞいているだけで、売られている商品の分野の幅広さに圧倒された。

△骨董品店が軒を連ねる「ケンジントン・アンティーク通り」zoom
△骨董品店が軒を連ねる「ケンジントン・アンティーク通り」

 ▽跨線橋も地下通路もない駅
 メリーランド州運輸局所管の近郊鉄道「MARC」のブランズウィック線でワシントンの玄関口ユニオン駅から二つ目の駅で、列車に約20分乗れば着くケンジントン駅。プラットホームに降り立ち、複線の線路を挟んだ反対側に向かおうとした時に驚かされた。
 安全に渡ることができる跨線橋も地下通路もない。あるのは線路に渡り板を敷いた構内踏切だけで、警報機も遮断器もないのだ。MARCの列車のほかに、この区間の路線を所有している貨物鉄道大手CSXトランスポテーションの貨物列車も、ワシントンと中西部の大都市シカゴを結ぶアムトラックの夜行列車「キャピトルリミテッド」も通るような結構忙しい鉄道なのに…。そう思いながら左右を良く確認し、線路を渡った。

△「アンティークショップス」と記された建物入り口の看板と扉zoom
△「アンティークショップス」と記された建物入り口の看板と扉

 ▽「G.I.ジョー」の世界も
 歴史を感じさせる緑色の木造駅舎と張り合うように、駅前の通りにも古風な建物が軒を連ねている。これらの建物こそ、骨董品店が入居しているケンジントン・アンティーク通りだ。窓に飾られた商品を眺めていると「これは装飾品を多く扱っている店だ」とか、「これは家具を主に置いている店だ」などと取扱商品の分野がおおよそ分かる。
 中には米軍の制服や階級章、ワッペンといった軍事関係の物ばかりを集めた店もあり、まるで「G.I.ジョー」の世界に入り込んだかのような錯覚を覚える。

△「ジャパニーズ・トレジャー・ハウス」の店舗入り口zoom
△「ジャパニーズ・トレジャー・ハウス」の店舗入り口

 ▽「謎の世界への扉」
 それぞれの個性がはっきりした店が並んでいる中で、異彩を放っていたのが入り口に「アンティークショップス」と記した看板と扉だけの素っ気ない建物だ。看板の通りならば、骨董品店がいくつかあるのだろう。
 ところが、扉のガラスやその脇にある窓ガラスからのぞいても、どんな店が入居しているのかなかなかうかがい知ることができない。どんな未知の世界が待ち受けているのか気になり、「謎の世界への扉」を思い切って開けた―。

△「ジャパニーズ・トレジャー・ハウス」の店内zoom
△「ジャパニーズ・トレジャー・ハウス」の店内

 ▽博多人形がお出迎え
 すると、宝飾品や家具、絵画、木製の机に置くと似合いそうな古風なランプといったさまざまな商品が目に飛び込んできた。さまざまな分野の店が通路の左右に並び、歩いているとつい眺めてしまうような気になる商品ばかりだ。
 そんな中で、「なつかしい!」と思わず声を上げそうになった物を店先で見つけた。勤務先の福岡支社在任中の2018~20年に暮らしていた福岡市でよく目にした博多人形だ。店の看板には「ジャパニーズ・トレジャー・ハウス」とあり、邦訳するとさしずめ「日本の宝の館」となろうか。日本人の一人としてまさか素通りするわけにはいくまい。
 福井県の名物で深みのある色合いの越前焼、石川県の九谷焼の人形、色鮮やかな絵皿、壁に掲げた絵画といった日本から来た“お宝”ばかりが所狭しと並べられた店内に足を踏み入れると、まるで日本に帰国したような錯覚に陥った。そのとき、英語で「どうぞご覧ください」と女性店主に声を掛けられた。「私は日本人なのでとても興味を持って眺めています」と私がお話しすると、今度は日本語で「ああ、日本人の方ですか」と笑みを浮かべながら返してくださった。

△「ジャパニーズ・トレジャー・ハウス」店主の松山絹さんzoom
△「ジャパニーズ・トレジャー・ハウス」店主の松山絹さん

 ▽美しい置物は「22万円」
 店主は米国在住約22年という松山絹さん。日本にいた頃に集めたり、米国でのオークションで入手したりしてコレクションを広げ、2020年11月に念願の店舗「ジャパニーズ・トレジャー・ハウス」をオープンした。
 何気なく置いている焼き物でも、佐賀県の唐津焼は「それは人間国宝の中里無庵(第12代中里太郎左衛門)の作品です」とか、美しい扇形の置物は「それは薩摩焼の沈寿官の作品です」とか驚くべきビッグネームが次々と飛び出す。松山さんは「うちで扱っている商品は、絵画以外は全て2000ドル(約24万円)以下で売っています」と説明し、沈寿官の作品という置物は「1800ドル(約22万円)です」とか。
 「アメリカには、第二次世界大戦後に日本を占領した進駐軍(連合国軍)の兵士が価値も分からないまま日本人から大量に買い、持ち帰った伝統工芸品などがたくさんあるのです。そういった物が日本に戻ればいいと思うのですが」と松山さん。
 終戦から77年を控え、日本の価値ある伝統工芸品を“Uターン”させようとする気骨ある日本人は現れるのだろうか。置物の価格を聞いて敷居の高さを実感した、しがない一サラリーマンの私がその重責を担うのに値しないことだけは確かだ…。
 (連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)

共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎
1973年4月東京都杉並区生まれ。国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒。1997年4月社団法人(現一般社団法人)共同通信社に記者職で入社。松山支局、大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て、2020年12月から現職。アメリカを中心とする国際経済ニュースのほか、運輸・観光分野などを取材、執筆している。

 日本一の鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。東海道・山陽新幹線の100系と300系の引退、500系の東海道区間からの営業運転終了、JR東日本の中央線特急「富士回遊」運行開始とE351系退役、横須賀・総武線快速のE235系導入、JR九州のYC1系営業運転開始、九州新幹線長崎ルートのN700Sと列車名「かもめ」の採用、しなの鉄道(長野県)の初の新型車両導入など最初に報じた記事も多い。

共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS」などに掲載の鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/culture/leisure/tetsudou)の執筆陣。連載に本コラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)のほか、47NEWSの「鉄道なにコレ!?」がある。

共著書に『平成をあるく』(柘植書房新社)、『働く!「これで生きる」50人』(共同通信社)など。カナダ・VIA鉄道の愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員。FMラジオ局「NACK5」(埼玉県)やSBC信越放送(長野県)、クロスエフエム(福岡県)などのラジオ番組に多く出演してきた。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の元理事。
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