米国の首都ワシントン近郊で鉄道模型の展示会があり、日本の列車に情熱を傾ける愛好家団体も出展していると聞いて訪れた。日本をイメージした街並みのジオラマを、日本の列車の模型が駆ける様子を眺めていると、まるで地球の反対側からワープして帰国したような錯覚に陥った。
▽2年ぶりの開催
この鉄道模型展示会はメリーランド州ロックビル市の奉仕団体「ロックビル・ライオンズクラブ」が11月13、14両日に開催。原則として毎年開いているが、昨年は新型コロナウイルス流行で中止になったため2年ぶりに開かれた。
私は同じロックビル市内に住んでおり、初日の13日に訪問した。自宅近くの停留所から路線バスを2本乗り継ぐと約50分で会場の高齢者向け交流施設「ロックビル・シニア・センター」に着いた。入り口で支払った入場料は大人8ドルで、収入は寄付されるという。
▽日本の四季を150分の1の世界で
目当ては、日本の鉄道模型の愛好家団体「ジャパン・レール・モデラーズ・オブ・ワシントンDC」が出展しているブースだ。在来線ならば実物の大きさの約150分の1で、線路幅が9ミリのNゲージの鉄道模型をメンバーが収集しており、2004年以降に主にワシントン首都圏の行事で手作りのジオラマ上を走らせてきた。
ワシントンで春に開催されている全米桜祭り、駐米日本大使館のイベントなどに加え、14年3月にはニューヨーク中心部のグランドセントラル駅で開かれた日本を発信するイベントにも参加した。当時勤務先のニューヨーク支局に駐在していた私も見学し、メンバーの日本の鉄道に対する情熱に感銘を受けた。
それから7年半余りたつ。「初公開のジオラマを導入した」と聞いていた今回はどのように進化したのかと期待に胸を膨らませてブースに入った。すると、日本の四季の世界観を採り入れ、時期に似つかわしい紅葉、雪景色の寺院と日本庭園、満開の桜の木々などをミニチュアで見事に再現していた。造り酒屋、かやぶき屋根の民家、日本のアニメなどの動画を映し出す液晶画面を組み込んだビル、ビジネスホテル、はたまた100円ショップの店舗まであるから驚きだ。メンバーは「このジオラマは部分ごとに分解、接合できるので比較的持ち運びやすいのが特色なんだ」と教えてくれた。
▽休眠中のはずの「貴婦人」も快走
次の瞬間、実際には休眠中の「貴婦人」の愛称を持つ蒸気機関車(SL)「C57」がけん引する観光列車のSL「やまぐち」号が走ってきた。快走する様子を眺めて「線路幅が1067ミリの実物も、このように調子良く走ってくれればいいのに」と思った。
私は渡米前の昨年8月、JR山口線の新山口(山口市)―津和野(島根県津和野町)間を走っているSL「やまぐち」号でC57のけん引列車を楽しんだ。途中で勾配が大きい登坂区間になると速度が急減速し、C57の調子が悪いのではないかと心配になった。
そのときは無事完走したが、悪い予感は後に的中した。C57は10月10日に船平山(山口市)―津和野間で異音が生じて上り坂で走行不能となった。蒸気を動力にするためのピストン内部の部品が故障して出力不足になったのが原因で、JR西日本梅小路運転区(京都市)で修理を受けている。
▽まるで池袋駅!?
別の線路では東武鉄道の特急用車両「スペーシア」100系の日光東照宮(栃木県日光市)400年式年大祭を記念した特別塗装列車「日光詣スペーシア」と、西武鉄道のレストラン列車「西武 旅するレストラン 52席の至福」4000系がすれ違った。これはJR新宿駅(東京都)まで乗り入れるスペーシアが池袋駅を通り、池袋駅を発着する西武池袋線に「52席の至福」が走ってくれば実現するだけに、実にマニアックな光景だ。
E257系の模型はJR東日本の特急「踊り子」=東京―伊豆急下田(静岡県下田市)など=に転用後の塗装だ。「踊り子」からの185系引退と、中央線の特急「あずさ」などで活躍していたE257系の「踊り子」転用を最初に報じた者として感慨深く眺めた。
1964年に開業した東海道新幹線の初代型車両「0系」の模型もあり、メリーランド州に住む男性メンバーは「私はフィリピンの出身で、日本を2度訪れた。両親に連れられて最初に行った1970年で大阪万博が開かれており、東海道新幹線を初代型車両0系が走っていた」と教えてくれた。2025年には大阪・関西万博が開かれることを私が紹介すると、「新型コロナ禍が収まって再び訪日できるといいな」と笑みを見せていた。
▽持参したNゲージは…
私は会場に来る前に、この団体に参加していた友人に「息子が日本のNゲージを持っているのだが、走らせてくれる可能性はあるかな?」と尋ねていた。友人から「走らせてくれるかもしれない」と聞いていたので、SL「やまぐち」号の撤収を始めたメンバーの方に「もしも可能ならばでいいのですが、持ってきたNゲージを走らせてもいいですか?」と相談した。厚かましいお願いだったものの、メンバーたちのご厚意で走らせていただいた。
持参していたのは関水金属が製造、販売したJR九州の豪華寝台列車「ななつ星in九州」のセットだ。レールに乗せると知識豊富なメンバーたちだけに「ああ、『セブンスターズ』だね」と見抜いたが、来場した子どもたちは珍しそうなまなざしで眺めていた。
おかげで地球の反対側を駆ける豪華寝台列車の模型を米国の鉄道ファンたちに見てほしいという思いが通じた。と同時に私自身は昨年9月末まで福岡市で暮らしていた者として、「ななつ星」が日本風のジオラマを駆ける様子を目の当たりにすると、七つの県がそれぞれ星のように輝いている九州を懐かしく振り返ることができた。
(連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)