旅の扉

  • 【連載コラム】トラベルライターの旅コラム
  • 2020年3月26日更新
よくばりな旅人
Writer & Editor:永田さち子

世界中の人に安全で安心な食を。岩手県二戸市が目指す「フードダイバーシティ」

発表会会場となった「権八(西麻布)」は、かつてブッシュ元大統領と小泉元首相による歴史的会談の会場となった居酒屋。zoom
発表会会場となった「権八(西麻布)」は、かつてブッシュ元大統領と小泉元首相による歴史的会談の会場となった居酒屋。
日常生活のなかで当たり前のように耳にするようになった「ダイバーシティ」。「多様性」「さまざまなありよう」を意味する言葉は、これまで国籍や人種、性別、宗教などの観点で使われることが多い印象がありました。最近、新たに注目されるようになったのが「フードダイバーシティ(食の多様性)」というキーワードです。少し前の1月末のことになりますが、岩手県二戸市の3企業による「二戸フードダイバーシティ宣言」発表会に出かけてきました。

安全・安心な食を提供することで、世界標準のまちづくりを目指す
年間に2,500万人以上が世界中の国々から訪れている日本。新型コロナウイルスの影響により一時的に激減しているとはいえ、事態が収束すれば再び外国人観光客が戻ってくることは間違いないでしょう。
「二戸フードダイバーシティ宣言」を牽引するのは、地元企業「久慈ファーム」、「南部美人」、「小松製菓」の社長3人。zoom
「二戸フードダイバーシティ宣言」を牽引するのは、地元企業「久慈ファーム」、「南部美人」、「小松製菓」の社長3人。
日本を訪れる外国人のなかには、アレルギーや宗教上の問題、ベジタリアン、ヴィーガンといった食に対する哲学から、食べられる食材や調味料に制約がある人は少なくありません。そんな時代に対応し、世界の人に安全・安心な二戸の食を楽しんでもらい、訪日外国人客の取り込みにつなげようと行われたのが今回の宣言です。

岩手県の内陸部に位置する二戸市は国産漆の約70%を生産する“漆の里”。その漆は平泉の中尊寺金色堂、京都の金閣寺など、日本を代表する国宝建造物の修復に使われています。また食や農産物では日本酒、「岩手短角牛」に代表される畜産物、ホワイトアスパラの産地としても知られています。今回の宣言には、日本酒蔵元「南部美人」、東北のソウルフードと呼ばれる「南部せんべい」を製造する「小松製菓」、そしてブランド豚である佐助豚を飼育する「久慈ファーム」の3社が参加。いずれも地域経済を牽引する役割を担う企業です。

「フードダイバーシティ」の必要性について語る「南部美人」社長の久慈浩介さん。zoom
「フードダイバーシティ」の必要性について語る「南部美人」社長の久慈浩介さん。
今、「フードダイバーシティ」への取り組みが必要な理由
活動の中心的存在が、「南部美人」社長の久慈浩介さん。同社では1997年に海外輸出を開始し、現在では世界46カ国へ出荷しています。2013年にはユダヤ教徒の人々が食べてもよいとされるコーシャ認定を取得。さらに2019年1月、世界初となる日本酒のヴィーガン認証取得も果たしました。

昨年、アフリカやウガンダを訪ねた久慈さんは、市内のレストランや空港ラウンジでも当たり前のようにヴィーガンやハラール(イスラム教徒に許された食事)対応がされているのに驚き、先進国である日本での意識が低いことににショックを受けたのだとか。
活動のきっかけは、2019年12月に同市内の「小松製菓」が南部せんべいでヴィーガン認証を取得したこと。市内に複数のヴィーガン認証企業が誕生したことが後押しとなり、世界中から二戸市を訪れる人たちに安心して食べる、飲む、買うを楽しんでもらおうと今回の取り組みに至ったと言います。

ただ二戸市は畜産も盛んな土地柄。ヴィーガンを強く打ち出してしまうと、特産品である肉を否定することにもなりかねません。そんななか、「久慈ファーム」が鶏レ鶏(うれどり)という鶏肉でハラール認証を目指すことがわかり、ヴィーガン、ハラール、コーシャを取り入れた「フードダイバーシティ宣言」を行うことになったのだそうです。

日本酒と南部せんべいは、シンプルなヴィーガン・フード
ベジタリアンが肉と魚を食べないのに加え、卵、乳製品、ハチミツといった動物由来のものを一切口にしないのがヴィーガン。日本酒の「南部美人」も南部せんべいの「小松製菓」も、ヴィーガン取得のために原材料や生産方法を変えたわけではありません。なぜなら日本酒は米、麹、水が、南部せんべいは小麦粉と水が原材料という極めてシンプルなものだから。原産地と生産工程が明確にできることも、認証取得につながったとのことでした。「従来の商品がたまたまヴィーガンだった」ということに驚かされました。
ちなみに同じ醸造酒でもワインの場合、熟成の工程でブドウのオリを除去するため、卵の殻や卵白を使うため、ヴィーガン取得が難しいとのことでした。
「小松製菓」では南部せんべいの5商品がヴィーガン認証を取得。zoom
「小松製菓」では南部せんべいの5商品がヴィーガン認証を取得。
世界中すべての人が旅とともに食を楽しむために
食べもの好き嫌いやアレルギーがなく、宗教上の制約もない私は、正直なところ発表会に伺うまで、今回の宣言に大きな関心を寄せていなかったのが事実です。しかし、久慈さんの、
「もし自分が重大なアレルギーや、宗教上で禁止された食べ物があり、言葉の通じない国を旅したら不安になりませんか?」
との問いかけに、はっとさせられました。メニューが読めず、原材料もわからなかったら、どんなに心細く不安なことでしょう。場合によっては、健康や生命に危険を及ぼす可能性だってあるかもしれません。安心して食事をすることができないばかりか、旅の楽しみの一つがなくなってしまいます。
「久慈ファーム」は2018年から販売している「熟レ鶏」でイスラムの戒律によって処理されたことを証明するハラール認証を目指す。zoom
「久慈ファーム」は2018年から販売している「熟レ鶏」でイスラムの戒律によって処理されたことを証明するハラール認証を目指す。
今回の宣言は行政によるものではなく、3つの地元企業がタッグを組んで行ったものですが、県や市は側面からサポートしていく体制と整えているとのこと。このような自治体全体を巻き込んだ「フードダイバーシティ」への取り組みは日本初、さらには世界初となるのだそうです。
外国人の来客も多い「権八」では、ヴィーガンメニューに対応。「南部美人」とともにヴィーガンの握り寿司や天ぷらを味わえる。zoom
外国人の来客も多い「権八」では、ヴィーガンメニューに対応。「南部美人」とともにヴィーガンの握り寿司や天ぷらを味わえる。
このところ、外食産業やコンビニ業界でも「フードダイバーシティ」がキーワードとなったメニュー開発が盛んになってきています。そんななか、食の安全・安心に対しての関心とともに、今回の「二戸フードダイバーシティ宣言」への注目度も高まるに違いありません。

【協力】
フードダイバーシティ
https://fooddiversity.today/article_53352.html
株式会社南部美人
https://www.nanbubijin.co.jp
株式会社小松製菓
http://www.iwateya.co.jp/
久慈ファーム有限会社
http://sasukebuta.co.jp
Writer & Editor:永田さち子
スキー雑誌の編集を経て、フリーに。旅、食、ライフスタイルをテーマとし、記事を執筆。著書に、「自然の仕事がわかる本」(山と溪谷社)、「よくばりハワイ」「デリシャスハワイ」(翔泳社)ほか。最近は、旅先でランニングを楽しむ、“旅ラン”に夢中!
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