旅の扉

  • 【連載コラム】「“鉄分”サプリの旅」
  • 2018年5月6日更新
共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎

ラストランが迫る、エヴァ新幹線に乗る

△JR西日本のエヴァンゲリオン新幹線「500 TYPE EVA」(兵庫県相生市で筆者撮影)zoom
△JR西日本のエヴァンゲリオン新幹線「500 TYPE EVA」(兵庫県相生市で筆者撮影)
 人気アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」の装飾を施した異色の新幹線「500 TYPE EVA」が5月13日、最終運行日を迎える。JR西日本の山陽新幹線〈新大阪(大阪市)―博多(福岡市)〉を1日1往復するだけで、東京都内に住む私は乗る機会を逸してきた。しかし、新世紀エヴァンゲリオンの主人公、碇(いかり)シンジがよく口にする「逃げちゃダメだ」という台詞に導かれるように、エヴァ新幹線に乗るための旅に出た―。
△山陽新幹線相生駅に張られたエヴァ新幹線のラストランが近づいているのを告知したポスター(兵庫県相生市で筆者撮影)zoom
△山陽新幹線相生駅に張られたエヴァ新幹線のラストランが近づいているのを告知したポスター(兵庫県相生市で筆者撮影)
 ▽主役の「のぞみ」から降格
 「500 TYPE EVA」に使っているのは、1997年3月に登場した流線形の車両「500系」。航空便に対抗してスピードアップするためにJR西日本が開発したアルミ合金製で、デビュー時は16両編成。「のぞみ」の列車として山陽新幹線を最高時速300キロで駆けて新大阪―博多間を最短2時間17分で結んだ。
 東海道・山陽新幹線に使う車両は1987年の日本国有鉄道(国鉄)の分割民営化後、“ドル箱”の東海道新幹線(東京―新大阪)を所管し、収益がJR西日本を大きく上回るJR東海が主導してきた。JR西日本が完全に自社開発した新幹線車両は500系が唯一で、「JR西日本の企業規模を考えると、背伸びをしすぎた車両」(JR主要企業幹部)との揶揄が聞かれる。
 独特な先頭形状は鉄道ファンや子供らの人気を集め、鉄道愛好家の団体「鉄道友の会」が最も優れた車両に贈る「ブルーリボン賞」を受けた。東海道新幹線に乗り入れる「のぞみ」にも使われて東京進出を果たし、東海道・山陽新幹線の主役級車両の一角として脚光を浴びた。
 しかし、騒音対策として空力音を低減するために車体断面積を小さくした結果、乗客から「窓側座席の居住性が劣る」との不満の声が出た。また、他の車両は備えている先頭車両の運転室後ろの客室扉がないため、混雑時には先頭車両の後部扉から乗り降りするのに時間がかかって発車が定刻より遅れるといった問題も起きた。
 そんな運用難もあり、2010年2月に「のぞみ」の定期列車での運用を終え、編成を16両から8両へ短縮して各駅停車「こだま」の専用車両になった。いわば主役級から脇役に降格された格好だが、JR西日本社員も「(乗客が少なくて)空気を運んでいる列車が多い」と自嘲する山陽新幹線の「こだま」の活性化という使命を担う。
△エヴァ新幹線の展示・体験ルームにあるエヴァンゲリオン初号機の実物大コックピット(筆者撮影)zoom
△エヴァ新幹線の展示・体験ルームにあるエヴァンゲリオン初号機の実物大コックピット(筆者撮影)
 ▽「アキバ系コスプレ新幹線」に転身
 その使命とは「のぞみ」として最高時速300キロで疾走した過去の栄光をかなぐり捨て、「アキバ系コスプレ新幹線」に転身して集客に一役買うことだった。山陽新幹線の運行開始40周年と、新世紀エヴァンゲリオンのテレビ放送20周年を記念し、新世紀エヴァンゲリオンの世界観に合わせた“コスプレ”列車「500 TYPE EVA」が2015年11月7日に運転を始めた。
 私は新世紀エヴァンゲリオンに熱心なファンが多いことは知っており、登場時もさぞかし盛り上がったことだろう。だが、私は当時、地球の反対側にある勤務先の米国ニューヨーク支局に駐在していたため、様子がよく分からないまま過ごしていた。好評を博したため運行期間は当初予定の17年3月から18年5月13日へ1年余り延長されたが、新大阪―博多間の「こだま」で1日1往復だけのため利用できる機会がなかった。
 もはや乗るのを失念していると、今年2月に鉄道業界関係者から「エヴァンゲリオンの新幹線が引退した後、(サンリオの人気キャラクター)『ハローキティ』を装飾した新幹線が今年夏に運転を始める」との情報がもたらされた。
 「新幹線にハローキティ!?」と大いに違和感を覚えながらより詳しい情報を探っていると、不覚にもハローキティや特色となっているリボンを外観に装飾した「ハローキティ新幹線」の今年夏の運転開始をJR西日本が3月14日に発表してしまった。せめて「500 TYPE EVA」には消える前に乗っておかなければならないと意を決し、西日本へ向かった。
△エヴァ新幹線の展示・体験ルームで「碇シンジ」のパネルと記念撮影する筆者zoom
△エヴァ新幹線の展示・体験ルームで「碇シンジ」のパネルと記念撮影する筆者
 ▽似合わないとの先入観は…
 私は「エヴァンゲリオン初号機」をイメージして紫や緑といった色で塗装した「500 TYPE EVA」の姿に、私は「似合わないのではないか」という先入観を抱いていた。イラストは比較的自然に見えても、実物は木で竹を接いだような仕上がりではないかと思い込んでいた。
 ところが、乗車駅の相生(兵庫県相生市)のプラットホームに入線する姿を眺めると、「エヴァの色が結構よく似合っているではないか」と見方が一変した。さすがはデザインを担ったのが新世紀エヴァンゲリオンのメカ関連で腕を振るった山下いくと氏であり、新世紀エヴァンゲリオンの原作・総監督の庵野秀明氏が監修して“お墨付き”を与えただけのことはある。
 なぜ1日乗降客数が9千人程度の相生駅から乗ったのか、疑問を抱かれるかもしれない。東京から兵庫県加古川市にある家内の実家に立ち寄った後、岡山県の訪問先へ向かう途中に山陽新幹線の新大阪発博多行き「こだま」に「500 TYPE EVA」を利用することにした。JR西日本の「新快速」で加古川から1駅の姫路(兵庫県姫路市)から岡山(岡山市)までは山陽新幹線で2駅で、新幹線自由席券の料金は1730円だ。
 ただ、このうち姫路から相生までの距離はわずか20キロで、新幹線ならばわずか8分で着いてしまう。もしも普通電車でも約20分で相生まで行けば、相生から岡山までの新幹線自由席券は860円と姫路―岡山間のほぼ半額で済んでしまうのだ。
 相生から乗る利点はもう一つあり、後続の「のぞみ」が通過するのを待つため停車時間が4分ある。そこで相生で、反対側の新大阪方面のプラットホームから入線する編成全体を「撮り鉄」し、割安な新幹線自由席料金で岡山までの55キロでつかの間の「エヴァンゲリオン初号機」気分を味わうことにした。
△エヴァ新幹線の2号車「特別内装車」の車内(筆者撮影)zoom
△エヴァ新幹線の2号車「特別内装車」の車内(筆者撮影)
 ▽実物大コックピットも
 しかし、相生出発から岡山到着までわずか16分間しかない貴重な体験だ。乗り込んでデッキから客室へ向かう通路の床には、通路に緑色の矢印を記して「特務機関NERV(ネルフ)」のイチジクの葉をかたどったシンボルマークが描かれている。その矢印に導かれて博多方面の先頭車両、1号車に足を踏み入れると以前乗った500系の客室からの激変ぶりに驚愕した。
 1号車の座席は全て新世紀エヴァンゲリオンの世界観を演出した「展示・体験ルーム」に一変し、エヴァの愛好家に加えて親子連れ、「葬式鉄」ら大勢の来場者で賑わっている。最前部にはエヴァンゲリオン初号機の実物大コックピットも設置していた。
 精巧にできたコックピットの先頭形状を見て気付いたのは、そのとがった角度が500系の流線形と類似していることだ。どうりで500系をエヴァ風に装飾しても、似合うわけだ。
 このコックピットに乗り込めば、前方の画面を眺めながら敵と対戦するゲームを楽しめるが、“搭乗”には事前予約が必要。予約しておくほどの周到さがない私はエヴァ風の女性乗務員に、コックピットの後ろに立っていた初号機のパイロット、碇シンジのパネルと一緒のフォトスポットで撮影していただいた。展示・体験ルームではほかに、「新幹線運転士とエヴァパイロット」と題して任務を比較したパネルや、新幹線やエヴァンゲリオン初号機の模型を展示したジオラマも楽しめる。
△今年夏にデビューする「ハローキティ新幹線」の告知ポスター(兵庫県相生市で筆者撮影)zoom
△今年夏にデビューする「ハローキティ新幹線」の告知ポスター(兵庫県相生市で筆者撮影)
 ▽流れた車内放送の声は…
 新幹線の乗車体験というよりも、エヴァのテーマパークに足を踏み入れたような不思議な感覚に包まれながら、隣接する2号車へ。「トンネルを抜けるとそこは雪国だった」ならぬ、デッキの自動開閉式の扉を抜けるとそこはまたもやエヴァワールドだった。エヴァの世界観を演出した「特別内装車」となっており、座席のカバーや肘掛けなどに特殊な模様を施している。
 私は2号車の空いた席に腰掛けたのだが、不思議なのは手が込んだ装飾を自由席に施している点だ。例えば4~6号車の指定席にエヴァンゲリオン初号機のコックピットをイメージした装飾をすれば、愛好家が自由席よりも高額な指定席料金を支払いそうなものだが。
 すると、車内放送から歌手の高橋洋子さんが歌う新世紀エヴァンゲリオンの主題歌「残酷な天使のテーゼ」のオルゴール音が流れてきた。続く「まもなく岡山です」の声は、登場キャラクターの渚カヲルではないか!「しまった、車内自動アナウンスを録音すれば良かった」と後悔したものの、時既に遅し。持っている自由席券は相生から岡山までの1駅分だけなのでセカンドチャンスはない…。
 降り立った岡山のプラットホーム上は「500 TYPE EVA」を撮影する人たちでごった返しており、人気を見せつけていた。脇役に甘んじていた500系は、エヴァンゲリオン新幹線という当たり役を得たことで再び主役級の脚光を浴びた。山陽新幹線の利用客呼び込みに一役買い。エヴァ新幹線の“上演期間”は当初予定より1年余り延びるロングランとなった。
 500系が次に装飾するハローキティは、世界的な人気を誇るキャラクターだ。意外感のある組み合わせがはまり役となって国内のハローキティの愛好家や鉄道ファン、さらには急増する訪日外国人旅行者も山陽新幹線に呼び込む“招き猫”となれるのか、アキバ系コスプレ新幹線としての路線の真価が問われそうだ。
(「ラストランが迫る、エヴァ新幹線に乗る」完。連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)
共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎
1973年4月東京都杉並区生まれ。国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒。1997年4月社団法人(現一般社団法人)共同通信社に記者職で入社。松山支局、大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て、2020年12月から現職。アメリカを中心とする国際経済ニュースのほか、運輸・観光分野などを取材、執筆している。

 日本一の鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。東海道・山陽新幹線の100系と300系の引退、500系の東海道区間からの営業運転終了、JR東日本の中央線特急「富士回遊」運行開始とE351系退役、横須賀・総武線快速のE235系導入、JR九州のYC1系営業運転開始、九州新幹線長崎ルートのN700Sと列車名「かもめ」の採用、しなの鉄道(長野県)の初の新型車両導入など最初に報じた記事も多い。

共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS」などに掲載の鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/culture/leisure/tetsudou)の執筆陣。連載に本コラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)のほか、47NEWSの「鉄道なにコレ!?」がある。

共著書に『平成をあるく』(柘植書房新社)、『働く!「これで生きる」50人』(共同通信社)など。カナダ・VIA鉄道の愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員。FMラジオ局「NACK5」(埼玉県)やSBC信越放送(長野県)、クロスエフエム(福岡県)などのラジオ番組に多く出演してきた。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の元理事。
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