旅の扉

  • 【連載コラム】coffee x
  • 2016年11月15日更新
アムステルダムカフェより
カフェエッセイスト:安齋 千尋

Coffee x 2045 Singularity - coffee concept

Martial Raysse:tension(1965)Stedelijk Museum -Museum night にて筆者撮影zoom
Martial Raysse:tension(1965)Stedelijk Museum -Museum night にて筆者撮影
Watashi wa xxxx ga suki desu.

スーパーで買った冷凍ピザをオーブンに入れリビングで待っていると、隣の部屋からgoogle translateで訳したらしい”想い”を読んでいる声が聞こえます。友人の結婚式に出席するためバルカン半島圏へ向かう彼が、相変らずぎりぎりな荷造り中、壁を隔ててちょっとだけ離れていてもちゃんと気にしているよという心遣いなのだと思うのですが、ドキドキ、この甘いトランスレーションに溶けそうに幸せで複雑な機械の悪戯です。
Singurarity、人工知能(AI)が人間の能力を超えることで起こる技術的特異点のこと、その到来は2045年頃と予測されているそうです。NIKKEI新聞の特集記事が目に止まり、wikipediaで調べながら読んでいるカフェ時間です。AIが自らの能力を超えるAIを作り出すことは人間の能力と社会が根底から覆り変容するかもしれないと、なるほど。空気が澄んでいる秋の夜道や、彼のgoogle translateと私の想いがプラネタリウムの星座のようにシナプスでつながったような気がして未来のことを妄想してしまいます。Philip Kの小説みたいな世界が来たら、人の気持ちは正確に言葉で表すことができるのでしょうか。古今東西の恋愛文献を数秒で探し”解答”を出すはずのロボットも混乱してしまうのではないかしら、そして結局 Watashi wa...と言うのかもしれません。
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芸術の秋、Amsterdamの美術館が集まる地区の近くにあるCoffee Conceptというcafeに来ています。
ちょっといい暮し向きのローカルの人たちが集まるカフェ。小さいPR会社が入っている吹き抜けの建物は、なんだかクリエイターになったようで嬉しいカフェです。壁の写真とライトの空気感、雑誌がいっぱい積んであって何時間もおしゃれを探すことができそう、一方でソファー席の横にベビーカー2つ。こどもとパパママとそのお友達。私はヨーロッパ、特に北欧でこの静かな家族のカフェ時間を見るととても幸せな気分になります。こどもは騒ぐものだし、違う文化があって当然なのですが、両親がお互いの時間を尊重しながらバランス良く時間を過ごしている空気があるのです。違う国で暮らしたり、旅をすることによって自分が呼吸しやすい生活スタイルを見つけること、私の場合はどこかでminimalistというかシンプルな静かさを求めている自分の特徴に気がつき始めています。museum nightを一緒に回ったフィンランド人の友人もまた、私が好きな作品の前で立ち止まると、北欧特有の色使いやデザインが多いねと、なるほどと思います。焼き菓子の香りがしてきました。オランダのお菓子にStroopwaffleという甘い甘いキャラメルワッフルがあるのですが、キャラメルを練り込んだStroopwaffleパウンドケーキなるものが可愛いガラスの菓子器に乗っています。しっとり感の誘惑。Coffee時間の贅沢を感じる素敵なカフェです。
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旅とカフェの文脈でコラムを振り返ってみると、何度も美術館のことを書いていることはまた発見です。特に美術を勉強したことはなく、学生の時にもっときちんと勉強するべきでしたが、いいカフェがある美術館には、わぁと見とれてしまう作品が置かれていたりします。ポストカードを買ってコーヒーを飲む時間は旅のスケジュールに必ず入っています。
私は今年の秋、友人に会いにスイスのチューリッヒに行ってきました。1日の始まりはRietberg Museumのカフェにて。湖沿いの公園の真ん中に立つ洋館の中にあるカフェでマフィンとラテの朝ごはんを食べながら、東京の実家宛にポストカードを書いていました。ママへ、昨日見たChagallのステンドグラスのこと、Chocolate屋さんで買ってもらったBonbonの箱をお店の前ですぐに開けて頬張る高級な街角の夢見たいな時間のこと、Rietberg Museumの茶道具が洗練されているコレクションであること、そしてスイスの美しい紅葉と栗を焼く可愛い屋台ののこと、伝えたいですと。
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こんなに秋を深呼吸したのはいつぶりでしょうか。
目の覚めるような冷たい空気、はっとするほど鮮やかな紅葉、落ち葉の香りを踏みしめながらチューリッヒ近郊の山を歩く朝。光が漏れるたびに、はらはらと黄色い葉が散るたびに、吐く息がキラキラ白くなるたびに嬉しくなって写真を撮りながら山道を歩きます。森を抜けると木でできたカフェの標識を見つけ、今朝はそこをゴールに決めました。何にも周りにない山小屋に日曜日だけオープンするというカフェ。あんずのパウントケーキやスープが美味しそうだったけれど、朝ごはんを食べ過ぎてお腹がいっぱいだったのでお茶にしました。1ユーロ。熱いハーブティと陽だまりで目を閉じて自分を充電します。雲の上のホテルにはサウナがあり夜景を見ながら貸切の夜の9時、展望台以外何もないから後は寝るだけ、この旅を通して心からDetoxです。スイスには、ずっと昔に一度だけ会った大切な出会いを頼りにして来たのでした。エネルギーが弱っているような気がしていたこの1ヶ月、会いたかった人は相変わらずとても素敵で、彼を取り巻く友人もとてもとても輝く人たちでした。特に彼の元カノ、スイス人のさばさばした恋愛観はメカラウロコで、「相手が言っていることを素直に聞くことね。世界中探しても、彼ほどハートの美しい人は稀だわ、だから彼と過ごした私の時間を大切にすることと彼の幸せを願っている。」とキリッと潔く私が探していた結論を代弁するようなアドバイスは心にくくりと留めました。
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壁か家か。
このアイス屋さんのトラック向かいの路地をにはPavillon Le Corbusierがあります。スイス生まれの建築家、ル コルビュジェのことを知ることになったのは学生の頃図書館で建築雑誌を立ち読んでいたことからでした。ここでもシンプルということに終始しますが、モダニズム建築とされる装飾のない鉄筋コンクリート、シンプルな曲線とステンドグラスを通した太陽がが床に落とす赤や黄色の光、ロンシャンにある礼拝堂の写真にしばらくその雑誌の虜になり、世界で見てみたいものリストに加えたのでした。パビリオンの中で読売新聞の記事を見つけました。「家は住むための機械」ー 世界の平和についてという問いに対して、平和のための仕事とは何であるかをはっきりさせる。すなわち住居を建設すること。戦争のための機械を平和のための機械に置き換えること、と答えています。
11月8日のアメリカ大統領選挙をライブで見ながら、またその後止まない分析を読みながらちょっとした寝不足です。2016年は、Brexitとトランプの世界の始まりから感じられるように、国際化から国内化に明らかに逆流を始めました。メキシコの国境に壁を建設しましょう、国益に見合わない移民や国際協力は基本的に私の家に入れませんという政策です。Make America Great Again.この時代錯誤だと、なんの西部劇映画かと思えたスローガンは、赤いキャップとともに流行の最先端になったのでした。ー壁を作る人と家を作る人。2045年はもうすぐそこで、AIは全人類を合わせた知能を持ち、的確な(人物)を大統領に選ぶのでしょうか。それともAIが自ら人間を支配するのでしょうか。チューリッヒはまたDADAismの発祥の街でもありますが、合理主義が第一次世界大戦を引き起こしたとして、破壊や言葉では表せない不定形なもの、無意識を追求する芸術思想運動を世界に広めました。
Singurarityに到達しても、建物としての家の中に”暖かさ”として、ふいに目の覚ました彼に寝ぼけてキスをされる世界一幸せな時間の中に、旅先でラテを頼んだときの開放感の中に、心でしか感じられない素敵なものとしてこれからも記憶されるのではないかと新聞を読み終わるAmsterdam 2016年の秋でした。
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参考:BBC News - Stephen Hawking warns artificial intelligence could end mankind http://www.bbc.com/news/technology-30290540
Coffee Concepts 
adress: Jacob Obrechtstraat 5, Amsterdam 1071 KC 
web: http://www.coffeeconcepts.co
Museum Rietberg
伊東深水の展示が開催中です。
http://www.rietberg.ch/de-ch/home.aspx
Pavillon Le Corbusie
http://www.centerlecorbusier.com/en/start.html
Cabaret Voltaire ダダイズムが宣言されたキャバレー、現在は2階がcafe, barになっています。
http://www.cabaretvoltaire.ch/en/dadaists.html
カフェエッセイスト:安齋 千尋
Amsterdamに住んでいます。外国で暮らすため、京都で仲居をしながら学んだ日本、Londonでの宝物の出会いがありヨーロッパにきて10年以上が経ちました。世界中どこにいてもいいカフェに出会うことがとても楽しみです。入った瞬間の香り、音、新聞、いつものバリスタと目が合うこと、私の日々の幸せな瞬間はカフェにあります。
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