キャセイパシフィック航空のジャンボジェット退役は10月1日であることが半年前より決まっていました。
この日を指折り数えながら待ち、退役便に搭乗できたことは、この上ない喜びである反面、寂しさがこみあげます。
当日の羽田空港はあいにくの天気。別れを告げる涙雨です。
機体は最後に残った3機のうち、キャセイパシフィック航空らしくロールスロイスエンジンを装備したB-HUJが雄姿を見せています。
142番ゲート付近は人であふれていました。
キャセイパシフィック航空の職員も見掛けますが、前日香港発の最終便で到着したメディアの人達も多数いたようです。
セレモニーが始まります。最終便CX543便のジョン・グラハム機長とインフライト・サービス・マネージャーのシャイワリー・ジットラコーンさんの紹介に加え、花束の贈呈。9月に就任したばかりのライオネル・クオック日本支社長も挨拶に立ち、ジャンボにまつわる話を披露しました。
キャセイパシフィック航空は、この退役の日に物語を用意していました。
1989年のB747-400の導入時にはシアトルのボーイング社まで受領に行った同機を知り尽くす整備士の東さん。
44年間のその多くをジャンボジェットと共に歩み、翌2日に定年退職とのことが紹介されました。一番のひな壇が用意されました。
花束を抱き、優しい笑顔を見せる姿に一抹の寂しさも感じました。
そんな悲喜こもごもを乗せるジャンボジェットの最終フライトへの搭乗が開始されました。
キャセイパシフィック航空のスタッフから搭乗記念品の入った手提げ袋が手渡されます。
実は、この記念品の製作にも相当のこだわりがあります。
構想半年。キャセイパフィシック航空香港本社と日本支社のアイデアがつまっています。日本側では、通し番号のついた搭乗証明書と実用的かつジャンボの歴史とラストフライトを振り返ることのできる情報が掲載されたノートを提案。
香港側では、リムーブビフォーフライトのキーチェーンに加え、内側に機体画像を入れたフォルダーケースを発案。マニア心をくすぐる、永久保存版です。
機内に入ると、もうそこここで記念撮影をする姿に出会います。
コックピットでは、出発前の忙しい時間帯にも関わらず、二人のキャプテンが撮影に応じてくれました。「I♥Cathay747」と書かれた缶バッジが
計器に付けられているのも発見しました。
アッパーデッキのビジネスクラスにもお客さんが入って思い思いに寛いでいます。人で混みあう通路を客室乗務員がトレーを持ってドリンクをサービスしていきます。
エコノミークラスの4番目のコンパートメント最後方通路側に座ります。
前に向かって伸びる通路の長さが実感できて、ジャンボらしい大きさを再認識できました。
この機体の定期便での最後の離陸は、11時2分。
すぐに雲の中に入ってしまいました。翼を振って飛んで行ったとの情報もありましたが、少し傾いたのかなという程度の認識しかありません。
早々にシートベルトサインが消灯します。
同時に多くのお客さんが立ち上がり、機内散策に向かいます。
機内には、キャセイパシフィック航空香港本社のスタッフも搭乗していて、歴代制服をまとう4人を中心に撮影できる場を設けてくれていました。
機内でジャンボジェットらしい場所はいくつかありますが、その中でも2階への階段部分は象徴的な場所です。
この狭い場所に4人が集合してくれて、記念撮影が始まりました。
一度座ってしまうと、身動きが取れない客室乗務員。
長い時間を笑顔で乗り切ってくれました。よく見ると、アッパーデッキの上からもその様子を撮影するお客さんもいます。
狭い左舷2番目のL2ドア付近は今まで一度も目にしたことのない多くの人であふれていました。
機長がアッパーデッキから始まって、メインデッキにも出てお客様との会話を楽しみ、サインに応じています。
この為に、ダブルキャプテンをアサインしたと思えます。
香港の航空ファンは、自分で作成したキャセイパシフィック航空ジャンボの絵葉書アルバムを多数持ち、乗務員へのサインを待っていました。
日本の航空ファンの一人が、記念絵葉書とオリジナルデザインのチロルチョコを全乗務員に配ろうとスタンバイしています。
記念の日に乗務員さんをねぎらおうと思って作って来ました、とのこと。
優しい笑顔が印象的です。
もう機内全体が、混み合った日の遊園地の様子。
お目当てのジャンボジェットという遊具に乗れた子供の心境です。
機内食にも可愛いサプライズが。トレーにホワイトチョコで作られたブラッシュウィングが付いたカップケーキが載っています。
食べるのが惜しいこのデザートを最後まで取っておき、美味しいIllyのコーヒーとともに頂きました。
客室乗務員がカメラを持つ乗客に、興味があればクルーレスト(客室乗務員の休憩場所)を見せてくれると言います。
右舷後方屋根裏部分に狭い階段を昇ってみると先客がいました。香港のTVメディアが客室乗務員に向かって取材をしています。
他の機種では見た事があるものの、ジャンボジェットでは初めてでした。
私の目には、他機との比較もあって案外広く感じます。
アッパーデッキでも、客室乗務員の案内で、ギャレー部分で話の輪ができています。ここでの象徴的な場所は、メインデッキとを結ぶリフトです。
このように、ジャンボジェットの全てを心行くまで見てくださいと言うキャセイパシフィック航空の粋な計らいに、乗客は大いに楽しんだフライトでした。
一般的なフライトでは、クラス間の移動は原則禁止です。
それが今回は、どうぞ見てくださいというファーストクラスの乗客までいました。
最前方シートに座っていたあるご夫婦は、メディアの依頼に応じて向かい合わせで座って談笑する様子で取材を受けていました。
友人がビジネスクラスに搭乗していました。
ボーイング777-300ERで経験したヘリンボーンとは向きが違い、旧式の逆W字になっているのは雰囲気が変わっていいものです。オットマン部分に座ってジャンボ談義が出来たのも楽しい経験でした。
3時間40分のフライトが終わりました。
滑走路へのタッチダウンの瞬間に機内全体で拍手が起きたのも当然のような雰囲気でした。最後に「このジャンボジェットの完全退役の心に残るフライトにお客様とご一緒できたことを乗務員一同嬉しく思っております」のアナウンスに再度拍手がわき起こりました。
到着後も筋書きに無い自主的と思えるイベントが継続されていきました。
乗務員全員が残り、最後のお別れです。
隣のスポットに最新鋭機エアバスA350がトーイングされて来ました。
新旧の対面です。時代の変遷を目で確かめることになりました。
ジャンボジェットがトーイングでスポットを離れていく時も手を振る乗務員がいます。愛された機体であることがわかりました。
最後の集合写真では、全員がラストフライトが成功した安堵感でいい笑顔を見せていました。
ジョン・グラハム機長はコマンダーとして操縦したジャンボから降りてホッとしたのでしょう。オーケストラの指揮者が舞台の上で観衆に向かってお辞儀するのと同じ格好でおどけてみせました。
全てのクルーが笑顔と拍手で迎えているのが目に焼き付きました。