トラベルコラム

  • 【連載コラム】トラベルライターの旅コラム
  • 2015年5月7日更新
よくばりな旅人
Writer & Editor:永田さち子

ニタリノフもびっくり!? ロシアの最新トイレ事情

ロマノフ王朝の栄華を今に伝えるエルミタージュ美術館。さてそのトイレは……zoom
ロマノフ王朝の栄華を今に伝えるエルミタージュ美術館。さてそのトイレは……
 初めて旅する国で、いちばん心配なこととは?
 治安とか水や食事とか、いろいろあるけれど、特に女性の場合、トイレ事情は無視できないのではないでしょうか?

 初めてロシアを旅してきました。ロシアというと、アメリカと並ぶ大国でありながらベールに包まれた部分が多く、どこか得体が知れないイメージをぬぐいきれません。
そして、トレイです。

 私のなかでロシアといえば、『怪しい探検隊』シリーズで知られる作家、椎名誠氏の『ロシアにおけるニタリノフの便座について』(新潮社刊)に登場するトイレ。
 なにしろ、ロシアではホテルの客室ですら便器に便座がないらしい。さらに公共のトイレの悲惨さといったら、空港やデパートは言わずもがな。最もひどいのはレストランで、
「過去私の見てきたいかなる凶悪型の汚れ便所よりも汚かった。(中略)…
どう汚かったか。筆舌に尽くしがたいとはこのことで、いくら微細詳細に文字に書いてもその時の迫力と凄絶さは百分の一もつたわらないとは思う…」
と断りを入れたうえで、どのくらい凄絶であったかが延々と語られるのです。

 ヒマラヤに登ったり、アマゾンをうろついたり、世界の地の果てまでも体験しつくし、「これまでの人生で日本の山や海の十分にやる気に満ちた赤裸々便所をはじめとして世界のかなりさまざまな荒くれ便所を見てきた…」(同書より)椎名氏にここまで言わしめるロシアのトイレとはいったい……。このエッセイを読んだのは20年以上前ですが以来、初めて訪れる国、なかでもトイレ事情があまりよくないであろうと思われる地域へ行くときには必ず、この文面から想像される壮絶な光景が思い浮かぶくらいトラウマのようになっていました。

ロシアのトイレ初体験は、サンクトベテルブルク空港zoom
ロシアのトイレ初体験は、サンクトベテルブルク空港
 そうして意を決して乗り込んだロシアで迎えてくれた最初のトイレは、サンクトペテルブルク空港。空港のトイレは、そのお国柄を知るのによいといわれます。意を決して開けたドアの先にあったのは……。

 床はからりと乾き、ペーパーの切れはしひとつも落ちてなく、すがすがしく整えられた個室。きけば、サンクトペテルブルク・プールコヴォ空港は2014年3月に新ターミナルの運用を始めたばかりとのこと。まだ、1年ほどしかたってないのですから、どおりできれいなわけです。
五つ星ホテルのトイレは、高級陶磁器ブランドですzoom
五つ星ホテルのトイレは、高級陶磁器ブランドです
 滞在したホテルについては、五つ星だったこともあり心配はしていませんでした。ちなみに、便器はドイツの高級陶磁器ブランド『ビレロイ&ボッホ』社製。便座とカバーが木製のツートンカラーが特徴です。
ネフスキー通りにある老舗カフェにてzoom
ネフスキー通りにある老舗カフェにて
 サンクトペテルブルク市内で立ち寄った、かつて文豪たちが集ったという歴史あるカフェのトイレも、便器本体と便座の色が異なるツートンカラー。ひょっとしたらこれが、ロシアにおけるトイレのトレンドなのかも?
故・米原万里さんが「迫力ある汚さ」と表したトイレも今はこんなにきれいにzoom
故・米原万里さんが「迫力ある汚さ」と表したトイレも今はこんなにきれいに
 空港、老舗カフェのトイレ。そのどれもが想像以上にきれいで、ほっと胸をなでおろすとともに、少々拍子抜けの感も。でもまだまだ、肝心なトイレの洗礼を受けていません。それはロシア最大にしてルーブル、大英、ニューヨークのメトロポリタンと並び、『世界四大美術館』のひとつに数えられる、エルミタージュ美術館です。

 この美術館のトイレに関しても、衝撃的な記載があります。ロシア語通訳者、エッセイストである故・米原万里さんによると、
「ロシア第二の都サンクト・ペテルブルクのエルミタージュ美術館のトイレでさえ、便意そのものが雲散霧消してしまうほど迫力ある汚さだった。もちろん今見てきたばかりのはずの世界の至宝と賞嘆される名画の数々のイメージも吹っ飛んでしまった。エルミタージュというと、レンブラントでも、印象派でもマチスでもなく、条件反射的にあのものすごいトイレの残像がよみがえるほどだ」(米原万里著『ロシアは今日も荒れ模様』講談社刊)

 かくして、そのエルミタージュ美術館のトイレが上の写真です。ここも、拍子抜けするくらいきれい。ただし個室の隅に大きなゴミ箱が置かれ、ドアには「Don’t drop the toilet paper」の貼り紙がありました。東南アジアなどに多い、「使用済みのペーパーは流さずに、ごみ箱に捨てくださいね」ということのようです。
ショッピングセンター内のトイレは少々散らかっていましたzoom
ショッピングセンター内のトイレは少々散らかっていました
 おなじくペーパーを流していけなかったのは、モスクワ駅近くの大型ショッピングセンター内のトイレ。今回の訪問のなかでは、ここがいちばん汚れていたかもしれません。

 そんなわけで私のなかに20年以上にわたって刷り込まれていたロシアのトイレに対する凶悪なイメージは、今回の旅ですっかり払しょくされました。同時にいまだ神秘のベールに包まれた大国と、行く先々で垣間見た、ちょっとシャイだけどじつは底抜けにおおらかかもしれないと思わせるロシア人に対する興味ががぜん沸いて来ています。

 ロシア旅の最初の話題がトイレというのもあまりに下世話で申し訳ないのですが、また少しずつ、初めてのロシアでの体験をお伝えしていきたいと思っています。
 もちろん、次回はトイレ以外の話題で!
Writer & Editor:永田さち子
スキー雑誌の編集を経て、フリーに。旅、食、ライフスタイルをテーマとし、記事を執筆。著書に、「自然の仕事がわかる本」(山と溪谷社)、「よくばりハワイ」「デリシャスハワイ」(翔泳社)ほか。最近は、旅先でランニングを楽しむ、“旅ラン”に夢中!
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