zoomこの冬で「最強最長」と警戒された寒波が襲来した2026年1月下旬に山形県庄内地方を訪れ、宿泊先として予約したのが鶴岡市の木造建築の名物ホテルだった。まるで南米ボリビアのウユニ塩湖のように、周囲の田園が「水鏡」となって建物と空を映し出す幻想的な姿を映し出すことで知られている。地球を半周しなくても、ウユニ塩湖気分を疑似体験できるのだろうか―。
zoom ▽悲願の新幹線呼び込み
庄内地方を今回訪れたのは、1月23日に鶴岡市での庄内県勢懇話会で「庄内地方への新幹線構想、経済効果最大化への課題と誘致方法は?」と題してお話をさせていただくためだった。庄内地方の自治体や経済界などにとって新幹線を呼び込むのは長年の悲願で、その方法として長年働きかけてきたのが富山市―青森市間の日本海沿いを新幹線で結ぶ羽越新幹線構想の実現だ。
羽越新幹線は、1973年に運輸省(現:国土交通省)が全国新幹線鉄道整備法に定めた「建設を開始すべき新幹線鉄道の路線を定める基本計画」に告示した計11路線に含まれている。しかしながら、福岡市―鹿児島市を結ぶ東九州新幹線の実現を呼びかける大分県の佐藤樹一郎知事は「基本計画路線は50年くらい一歩も動いていない」と問題視する。
うかがった日は、基本計画路線の6同盟会・期成会の500人程度が集まり、整備計画入りに向けた調査の着手や、整備財源確保などを国に要望することを確認する初めての「新幹線基本計画路線全国総決起大会」が東京都千代田区で開かれた翌日。お声がけをいただいた時は大会日程が発表される前で、まるで総決起大会の開催を予見したかのような絶好のタイミングだった。
zoom ▽「新幹線が止まって、新幹線の話も中止」!?
しかしながら、「最強最長」の寒波が直撃したためJR東日本の秋田新幹線や、主に羽越線を通る特急「いなほ」(新潟―酒田・秋田間)などは列車の運休と遅延が相次いだ。山形新幹線の終点の新庄(山形県新庄市)と庄内地方をつなぐ陸羽西線が1月22日に全線運休したことは本シリーズ「庄内・雪街道」【上】でご紹介した通りだ。
庄内県勢懇話会にうかがえなくなって「新幹線が止まったため、新幹線の話が中止になりました」という悪い冗談になるのを何としても避けるため、JR東日本の運行情報で「平常運行」と案内されていた山形新幹線で前日の1月22日に向かって山形入りすることになった。
山形新幹線「つばさ」は「平常運行」の約束を守ってくれたものの、車掌が車内放送で「(山形新幹線と同じ線路を使う)山形線(奥羽線)では庭坂―米沢間、村山から新庄、(新庄以北の)新庄―院内間の在来線は運転を全て取りやめます。新幹線のみ運転いたします」と案内したのを聞いて冬の厳しさを改めてかみしめた(「乗りものニュース」の拙稿「「ミニ新幹線」じゃ雪に弱い?」参照)。
山形自動車道では、自動車のフロントガラスが真っ白になって見えなくなる地吹雪も目の当たりにした。
おかげさまで1月23日に無事うかがうことができ、寒波による積雪で悪路だった上、衆議院の解散日と重なったものの大勢の皆様に出席いただいた。ご出席者の皆様、お世話になった山形新聞社とYBC山形放送の皆様、県勢懇話会庄内支部長の上野雅史・荘内銀行名誉顧問に厚く御礼申し上げます(「山形新聞1月24日付記事」、「YBC1月24日ニュース番組」参照)。
zoom ▽交通至便なホテルから“転戦”
1月22日は鶴岡駅近くにあり、庄内交通の高速バスや路線バスが発着する「エスモールバスターミナル」に隣接した交通至便な「東京第一ホテル鶴岡」に予約いただいた。もちろん自腹であと1日延泊することを決めた私にとっても、翌日の移動を考えれば魅力的な立地だ。東京第一ホテル鶴岡は客室もレストランも満足度が高く、利便性も高かった。
それでもあえて翌23日の宿泊先を“転戦”したのは、「ぜひとも滞在したい」と望んでいた宿泊施設が鶴岡市にあったからだ。それが、「建築のノーベル賞」とも言われるプリツカー賞を受けた2014年に受けた建築家、坂茂氏が初めて手がけたホテルの「ショウナイホテル スイデンテラス」だ。坂氏はアメリカ建築家協会(AIA)が優れた建築家に贈る「AIAゴールドメダル」も26年に受賞している。
坂氏は東日本大震災や阪神大震災を含めた国内外の被災地で仮設住宅の設計や建設を手掛けており、私は勤務先のニューヨーク支局駐在中の2015年3月に講演を取材した。災害支援に取り組むようになったのは、建築家の顧客となることが多い「金と力がある特権階級」以外のためにも働くのが社会的な使命だと考えたためだという動機に強く共鳴した。
そんな世界的建築家の美学と知見を注ぎ込んだホテルに期待しないはずがない。客室は119室にとどまり「大型連休や夏休みには満室になる」と聞いていたが、寒波のためもあって素泊まりながら1万円弱で予約できた。
ホテルには地下1200メートルからくみ上げる源泉かけ流しの天然温泉があり、露天風呂を備えているのも魅力だ。
zoom ▽現れた建物はまるで…
「ショウナイホテル スイデンテラス」は鶴岡駅の北西にあり、鶴岡サイエンスパークと面している。鶴岡サイエンスパークは、2001年に設立された慶応義塾大学先端生命科学研究所を中核としたバイオサイエンス研究の拠点だ。大学発ベンチャーが次々と生まれ、庄内地方の産業創出に一役買っている。
無機質なビルが林立した鶴岡サイエンスパークとは対照的に、まるで巨大な体育館のような2階建ての木造建築が現れた。他ならない、ホテルの建物だ。
しかしながら、周囲に広がっているはずの“ウユニ塩湖”は広大な白いカバーで覆われている。そう、連日の吹雪が一面の雪原をつくり出していたのだ。真冬に訪問しているのだから、当然のことだ。
素っ気ないガラス戸を開き、直線の階段で2階のフロントへ向かう造りはまるで弥生時代の高床式倉庫のよう。ところが、階段を上がっている時は絞られていた視界は、2階に足を踏み入れるといきなり開かれた。向かって左側にはライブラリー、右側には地酒や特産品などを販売するショップがあった。
「晴耕雨読の時」をコンセプトに掲げるホテルだけに、山形県の自然や民話を紹介した図書が書棚に豊富に収めている。ただ、画竜点睛を欠くのは置いている新聞に地域紙「荘内日報」しかなかったことだ。
「ショウナイホテル スイデンテラス」のようなこだわりが強いホテルを選ぶのは見識が高く、知的好奇心が旺盛な「違いの分かる」宿泊者が多いはずだ。
山形県内の動きはもちろん、国内外のニュースも知ることができる山形新聞もぜひとも置いてほしい。東京第一ホテル鶴岡のように、宿泊者には山形新聞を無料で提供してくれると宿泊者サービスのさらなる向上になる。
zoom ▽夜のとばりが降りると…
体育館のような部分はロビーやライブラリー、ショップ、「ムーンテラス」という名前のレストランなどの共用スペースになっており、客室があるG棟、H棟、Y棟と名付けられた別棟とガラス張りの通路でつながっている。ホテル内の同じフロアは段差がなく、2階と1階の昇降用のエレベーターもあるため、車いすやベビーカーの利用者も移動しやすいバリアフリー対応だ。
ユニークなのは、フロントで渡されたのが木のキーホルダーが付いた「鍵」だったことだ。2018年9月開業のホテルなので、実用性で勝るカードキーをあえて採用しなかったのは自明だ。キリスト教神学者テルトゥリアヌスの「不合理ゆえにわれ信ず」という言葉が口にしながら、宿泊するG棟へ続く通路の窓から「水鏡」が眠っているであろう雪原を眺めると気分が高揚してくる。
思わず「素晴らしい」と口を突いて出たのが、鍵を回して扉を開けた時だった。私が予約した22平方メートルのコンフォートダブルルームは大きな窓があり、幅180センチとゆったりしたダブルベッド、そして作業ができる机といすが用意されていた。いすは紙管をつなぎ合わせて作られており、「これこそ坂氏が設計したホテルだ」と納得した。
私が取材した際に坂氏は紙のポテンシャルを強調し、阪神大震災後に設けた仮設住宅でも紙管を活用したと振り返った。その際に「土台部分に使ったビール用ケースは、美観に配慮して黄色のキリンビールに提供してもらった」ものの、「(ケースを)ビール入りでもらえるとの期待は泡と消え、大変失望した」と冗談を飛ばした。
私が机といすを重視したのは、チェックインした日に避けられないデスクワークがあったからだ。ホテルのWi―Fiは利きがよく、快適に仕事を成し遂げることができた。
仕事が一服し、素泊まりだったため近くにある平田牧場(山形県酒田市)のとんかつ専門店「とん七」へ向かうことにした。夜のとばりがすっかり降りており、街灯のない雪道を歩きながらホテルを眺めた。
窓明かりが田を覆った雪景色に注いでおり、寒空の下でともしびのようだ。「スイデンテラスは見られなかったものの、“セツゲンテラス”も映える」と強く思った。
(庄内・雪街道【中】に続く)
(連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)
