旅の扉

  • 【連載コラム】こだわり×オタク心
  • 2024年2月9日更新
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コラムニスト:Tomoko Nishio

パリ・オペラ座バレエ団2024年来日公演、「マノン」で旅する18世紀のフランスからニューオリンズ

「マノン」デ・グリュー(マチュー・ガニオ)とマノン(ミリアム・ウルド=ブラーム)(c)Sveltana Loboff / OnPzoom
「マノン」デ・グリュー(マチュー・ガニオ)とマノン(ミリアム・ウルド=ブラーム)(c)Sveltana Loboff / OnP
パリ・オペラ座ガルニエ宮は、芸術の国フランスを象徴する舞台芸術の殿堂である。そしてここを本拠地とするパリ・オペラ座バレエ団が、2024年2月8日から4年ぶりの来日公演を行っている。演目はクラシック・バレエの代表作「白鳥の湖」と、18世紀のフランス文学『マノン・レスコー』を原作とした「マノン」だ。古典バレエの代表作「白鳥の湖」に対し、「マノン」は演劇的要素と心理表現が一層強い「ドラマティックバレエ」の代表作。世界各地の実力あるバレエ団で上演されている人気演目だが、パリ・オペラ座での上演は、原作を生んだ国ならではの世界観・空気感が期待できるという格別感がある。

映画や漫画などでロケ地・舞台を巡る「聖地巡礼の旅」は、芸術や文学の世界でも同様で、その地・その作品を通して旅も作品も双方が一層楽しめる。今回の物語の舞台はフランスと新大陸の仏領ルイジアナのヌーヴェル・オルレアンことニューオリンズ。オペラ座の芸術に導かれながら、18世紀フランスの旅に出てみてはいかがだろう。
フランス舞台芸術の殿堂、パリ・オペラ座ガルニエ宮(c)Jean-Pierre Delagarde / OnPzoom
フランス舞台芸術の殿堂、パリ・オペラ座ガルニエ宮(c)Jean-Pierre Delagarde / OnP
■今なお色あせない18世紀の人気小説。バレエを通してより深まるその魅力

パリ・オペラ座バレエ団の歴史は、自らもバレエを嗜んだ太陽王ルイ14世が創設した世界最古のバレエ学校に連なる。所属ダンサーはほとんどがそのバレエ学校の出身で、「エトワール」と呼ばれる最高位ダンサーらをはじめとするダンサーらは、フランス舞台芸術の伝統を体現する存在ともなっている。

今回上演する「マノン」の原作は、その太陽王の孫にあたるルイ15世の時代が舞台。作者はアベ・プレヴォーで、出版は1731年である。物語は純朴で真面目な神学生デ・グリューと奔放に生きる少女マノンの純愛かつ悲恋が軸。心のままに生き、とりまく男性たちを次々虜にするマノンは、しかし犯罪に巻き込まれアメリカへ追放となり、彼女に付き従ったデ・グリューに見守られながら息絶える、というものだ。抗えない魅力で男性を惑わし破滅させてしまう「ファム・ファタール」「宿命の女」をテーマとした文学の先駆けとされ、19世紀のロマン主義の作家たちに大いにインスピレーションを与えた。今なお読んでも……というより自由なマノンは今だからこそ響く魅力すら感じられ、色あせない。
「マノン」デ・グリュー(マチュー・ガニオ)(c)Julien Benhamou / OnPzoom
「マノン」デ・グリュー(マチュー・ガニオ)(c)Julien Benhamou / OnP
バレエ作品がつくられたのは1974年で、初演は英国ロイヤル・バレエ団。振付家のケネス・マクミランは18世紀前半の時代設定をフランス革命前の1780年頃とし、登場人物を整理。マノンとデ・グリューの純愛と、周辺で渦巻く赤裸々な欲望などを容赦なく描き出した。特に富と栄華の世界から流刑囚へ転落する運命を辿る主人公のマノン役は、高度な舞踊技術だけでなく体当たりの演技力も要求される難役。それゆえ「一度は踊ってみたい役」として、このマノンを挙げる女性ダンサーも多い。個々のダンサーがどのようなマノン像を作り上げてくるかも、見どころの一つだ。
「マノン」(c)Sveltana Loboff / OnPzoom
「マノン」(c)Sveltana Loboff / OnP
■アミアンからパリ、ニューオリンズへ。街が、都市が、物語を一層リアルにする

さて、旅人視点で「マノン」を見たときに感じる面白さは、物語の舞台となる町がすべて実在し、その気になれば「聖地巡礼」が可能なことだ。また、すでにその地を訪れたことがある人ならばより、物語世界をリアルに感じられるに違いない。

例えばマノンとデ・グリューが出会ったアミアンはパリの北、1時間半ほどの町。築13世の、高さはフランス最大という大聖堂が町のシンボルだ。自由奔放に心のままに生きるがゆえに、当時の貞節概念から逸脱してしまう娘マノンと、敬虔な神学生デ・グリューが出会う町の舞台としてはなんとも絶妙。2人がアミアンからサン・ドニを経てパリへ駆け落ちするルートは、今も主要な幹線道路だ。

物語の後半、クライマックスの舞台となるのは北米の植民地、仏領ルイジアナのニューオリンズ。ここには自発的な移住者のほか、植民地政策の名のもと追放者――犯罪者や売春婦、孤児などが送り込まれていた。ルイジアナの「ケイジャン」はフランスからの移民と先住民らの混血の子孫で、彼らが現在のルイジアナを代表するケイジャン料理やジャズなどの文化を生み出していくわけだが、物語のマノンはニューオリンズでまたも犯罪に巻き込まれ、逃亡途上のミシシッピ河口の沼地で儚く息絶える。今でもニューオリンズ郊外には湖や湿地帯などが自然保護区として広がっている。アメリカの広大なスケールをご存じであれば、18世紀に町を出て湿地に踏み込むことがどれほど危険な決死行であったかは想像に難くないが、とまれ、この湿地でのラストシーンは実にドラマチックで非常に見応えがある。ぜひ注目していただきたい。
「マノン」マノン(リュドミラ・パリエロ)とデ・グリュー(マルク・モロー)(c)Sveltana Loboff / OnPzoom
「マノン」マノン(リュドミラ・パリエロ)とデ・グリュー(マルク・モロー)(c)Sveltana Loboff / OnP
なお、パリ・オペラ座バレエ団公演のもう一つの演目、「白鳥の湖」は1961年に当時のソ連から西側に亡命した伝説のダンサー、ルドルフ・ヌレエフ振付による作品だ。王子の悲劇に焦点を当てた、こちらも繊細な心理描写と、フランスらしいエレガントでゴージャスな、そしてどこか退廃的で怪しげな魅力のある世界観のプロダクションである。
「白鳥の湖」(c)Yonathan Kellerman / OnPzoom
「白鳥の湖」(c)Yonathan Kellerman / OnP
パリ・オペラ座バレエ団 2024年日本公演

「白鳥の湖」全4幕
■日程:2024年2月8日(木)~11日(日)《5回公演》
■会場:東京文化会館(上野)
■上演時間:約2時間50分(休憩含む) 予定
■指揮:ヴェロ・ペーン
■演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
■音楽:ピョートル・チャイコフスキー
■振付・演出:ルドルフ・ヌレエフ(マリウス・プティパ、レフ・イワーノフに基づく)
■装置:エツィオ・フリジェリオ
■衣裳:フランカ・スクアルチャピーノ
■照明:ヴィニーチョ・ケーリ
■キャスト:
2月8日(木)18:30
オデット/オディール:オニール八菜
ジークフリート王子:ジェルマン・ルーヴェ
ロットバルト:トマ・ドキール


2月9日(金)18:30
オデット/オディール:パク・セウン
ジークフリート王子:ポール・マルク
ロットバルト:ジャック・ガストフ


2月10日(土)13:30
オデット/オディール:ヴァランティーヌ・コラサント
ジークフリート王子:ギヨーム・ディオップ
ロットバルト:アントニオ・コンフォルティ


2月10日(土)18:30
オデット/オディール:オニール八菜
ジークフリート王子:ジェルマン・ルーヴェ
ロットバルト:トマ・ドキール


2月11日(日)13:30
オデット/オディール:パク・セウン *
ジークフリート王子:ジェレミー=ルー・ケール
ロットバルト:ジャック・ガストフ


「マノン」全3幕
■日程:2024年2月16日(金)~18日(日)《5回公演》
■会場:東京文化会館(上野)
■音楽:ジュール・マスネ
■振付:ケネス・マクミラン
■オーケストレーション・編曲:マーティン・イエーツ
■原作:アベ・プレヴォー
■装置・衣裳:ニコラス・ジョージアディス
■照明:ジョン・B.リード
■上演時間:約2時間45分(休憩2回含む) 予定
■指揮:ピエール・デュムソー
■演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
■キャスト
2月16日(金)19:00
マノン:ドロテ・ジルベール
デ・グリュー:ユーゴ・マルシャン


2月17日(土)13:30
マノン:ミリアム・ウルド=ブラーム
デ・グリュー:マチュー・ガニオ


2月17日(土)18:30
マノン:ドロテ・ジルベール
デ・グリュー:ユーゴ・マルシャン


2月18日(日)13:30
マノン:リュドミラ・パリエロ
デ・グリュー:マルク・モロー


2月18日(日)18:30
マノン:ミリアム・ウルド=ブラーム
デ・グリュー:マチュー・ガニオ


https://www.nbs.or.jp/stages/2024/parisopera/
コラムニスト:Tomoko Nishio
旅行業界・旅&芸術文化ライター、動物好き。旅行業界誌記者・編集者を経てフリーの旅行ライターに。南仏中世と「三銃士」オタク。歴史とアートに軸を置きつつ、絵画、バレエ、音楽、物語、映画、漫画のロケ地・聖地巡り、海外旅行や小さなお散歩まで、様々な視点で旅を発信。「旅」は生活のなかにもあり。

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