旅の扉

  • 【連載コラム】トラベルライターの旅コラム
  • 2023年6月29日更新
よくばりな旅人
Writer & Editor:永田さち子

300年の歴史を誇るイタリアの赤ワイン「キアンティ・クラッシコ」の世界を堪能

食事を楽しむためのワインとして、ワインジャーナリストの間でも人気が高い「キアンティ・クラッシコ」。zoom
食事を楽しむためのワインとして、ワインジャーナリストの間でも人気が高い「キアンティ・クラッシコ」。
黒い雄鶏のロゴが目印の「キアンティ・クラッシコ」は、イタリア中部トスカーナ地方に広がる丘陵地帯で生産される赤ワイン。産地であるキアンティ・クラッシコ地区が、ユネスコの世界遺産立候補リストに入ったことで、旅のデスティネーションとしても注目度が高まっています。そのワインの歴史と魅力を紹介するキアンティ・クラッシコ協会(Consorzio Vino Chianti Classico)主催の試飲イベントが、ザ・ペニンシュラ東京で開催されました。

1700年代からの歴史をもつ、イタリア最古のワイン生産者団体
この日の講師は、軽妙な語り口が人気で、エッセイストしても活躍するワインジャジャーナリストの宮嶋勲さん。宮嶋さんはキアンティ・クラッシコのアンバサダーでもあり、生産者の取り組み、産地にまつわる興味深いエピソードも絡め、キレのいい“宮嶋節”でたっぷり語ってくれました。
キアンティ・クラッシコ協会マーケティング・コミュニケーション マネージャーの シルビア・フィオレンティーニさんと、イベント講師を務めたワインジャーナリスト宮嶋勲さん。zoom
キアンティ・クラッシコ協会マーケティング・コミュニケーション マネージャーの シルビア・フィオレンティーニさんと、イベント講師を務めたワインジャーナリスト宮嶋勲さん。
辛口の赤ワインとして人気が高い「キアンティ・クラッシコ」の生まれ故郷は、トスカーナ地方のフィレンツェとシエナの間に位置する丘陵地帯。歴史は約300年前の1716年にまでさかのぼります。当時、メディチ家により支配されていたこの地で、トスカーナ大公により優れたワインの産地として認定されたことが始まりです。1924年にはキアンティ地方のワインの品質を守るため、イタリアで最初のワイン生産者団体を設立し、2024年に100年の節目の年を迎えます。

「キアンティ・クラッシコ」と「キアンティ」の違いとは?
イタリアワインといえば、よく知られているのが「キアンティ」。多くの人が、「キアンティ・クラッシコとキアンティは違うの?」と思うのではないのでしょうか。私もその一人だったのですが、じつは全く異なるワインなのだそうです。

トスカーナ地方で生産されるワインのなかでも辛口の赤ワインが「キアンティ」。「キアンティ・クラッシコ」と名乗ることができるのは、さらに特定の地域で、なおかつ認定を受けたブドウ畑と生産者により厳格な条件下で生産されたワインだけ。高品質を守るためブドウの栽培方法にも厳しい条件があり、ブドウ畑の面積当たりの生産量はイタリアで最も少ないとのこと。当初は30ほどのワイナリーしかなかったそうですが、現在は500以上に増え、そのうち約350のワイナリーがブドウ栽培からワイン醸造まで、一貫して手掛けています。
上/試飲に振る舞われたワイン。下/産地は11のエリアに分かれ、土壌や標高、作り手によって個性の異なるワインになります。※マップ提供:Consorzio Chianti Classicozoom
上/試飲に振る舞われたワイン。下/産地は11のエリアに分かれ、土壌や標高、作り手によって個性の異なるワインになります。※マップ提供:Consorzio Chianti Classico
料理に寄り添い、食事を楽しむためのワイン
キアンティ・クラッシコ地区は地理条件や土壌、標高によって11つのエリアに分けられます。原料になるブドウは、80%がサンジョベーゼというトスカーナ地方で広く栽培されている黒ブドウの土着品種。残りの20%に他品種をブレンドするのですが、どの品種をブレンドするかは生産者の感性次第。テロワールと生産者の手、この二つがワインの個性となって表れます。

宮嶋さんいわく、「キアンティ・クラッシコは食事に合わせやすい、ガストロノミックなワイン」。酸と果実味、タンニンのすべてのバランスがよく、食事を引き立ててくれるのが特徴です。外では個性の強い偉大なワインを指名して飲むイタリアのワインジャーナリストたちも、「毎日うちで飲むのは、キアンテイ・クラッシコだよ」と話す人は少なくないのだそうです。
ワインとともに味わったこの日のランチコース。ワインと並ぶ名産品であるオリーブオイルのテイスティングも楽しみました。zoom
ワインとともに味わったこの日のランチコース。ワインと並ぶ名産品であるオリーブオイルのテイスティングも楽しみました。
試飲に振る舞われたのは、三段階あるキアンティ・クラッシコのカテゴリーの最上クラスを示すグランセレツィオーネ6種類と、デザートワインのヴィンサント2種類。いっぽう、ザ・ペニンシュラの料理長によるランチコースは、「国産牛の低温調理タルタル」から始まり、「オマール海老とジロール茸のラビオリ」「フランス産仔鴨のロティ マデラソース」、チーズ、デザートと続きます。一皿目から助走なしの濃厚な旨みが感じられる料理に、シェフの意気込みが感じられました。赤ワインは、ミネラルがしっかり感じられる「CECCHI」、スパイシーでフルーティーな「CASTELLO DI FONTERUTOLI」、瑞々しさが際立つ「CASTELLO DI VOLPAIA」、舌をギュギュッとつかまれるようなタンニンを感じるせる「RICASOLI」、酸・果実・タンニンのバランスが優れた「FONTODI」、じわじわとスパイシーさが高まってくる「CASTELLO DI MONSANTO」。
「この料理にはこのワイン、と決めつける必要はありません。ご自分の好みの組合せを見つけ、楽しんでみてください」と宮嶋さん。

時間とともに香りと味わいが変わっていくのも、赤ワインの楽しいところ。6種類の赤ワインを行きつ戻りつしながら料理との組み合わせを楽しんでいると、料理とワインが互いの出方を伺いながら、やがて手を取り合ってぐいぐいと迫ってくるよう。美食のループが永遠に続くような幸福な時間は、ディナータイムにも匹敵する素晴らしさでした。
チーズとデザートに合わせたヴィンサント(デザートワイン)も2種類。zoom
チーズとデザートに合わせたヴィンサント(デザートワイン)も2種類。
ワインとともに産地そのものの魅力が注目されるキアンティ・クラッシコ
産地の自然を守りながら高品質のワインを作り続けるキアンティ・クラッシコの大きな特徴は、歴史と近代的な企業精神の両立にあるといいます。品質を守り、さらに高めるために生産量を減らし、そのための巨額投資が行われたのが1970年代。50年近くが過ぎ、当時植えられたブドウの木が成熟期を迎えるこれから、さらに高品質のワインが生まれることが期待されています。有機認証を受けた畑が大部分を占め、持続可能な農業への取り組みは“サステナビリティ”という言葉が注目されるずっと以前から実践されていたそう。また、オリーブオイルの産地としても知られ、ワインとオリーブオイルの両方を生産しているワイナリーも少なくないのだとか。と聞き、ワインはもちろん、キアンティ・クラッシコという土地そのものにも興味がわいてきました。

ところで、キアンティ・クラッシコの目印である黒い雄鶏にも伝説があります。かつて、フィレンツェとシエナはトスカーナの覇権を争い、何百年も戦っていました。いつまで戦っても決着がつかないため選ばれた方法は、早朝にそれぞれの雄鶏が鳴いたら出陣し、ぶつかったところを境界線と決めるというもの。この時、より多くの領土を獲得したのが、黒い雄鶏を選んだフィレンツェ軍だったのです。フィレンツェ軍は雄鶏に食べ物を与えなかったため、おなかを空かせた雄鶏が朝早く鳴き、いち早く侵攻を始めます。一方、白い雄鶏を選んだシエナ軍は、前日にエサを与えてのんびり過ごさせていたため、雄鶏が目を覚まし鳴いた頃にはフィレンツェ軍はすでに目前まで迫っていました。そこが現在のキアンティ・クラッシコというわけ。勝利したフィレンツェ軍にちなんで、黒い雄鶏のマークが採用されたのだそうですが、両地の人柄の違いを表すエピソードに、クスっと笑ってしまいました。
黒い雄鶏のマークにまつわるエピソードからは、フィレンツェとシエナ、両地の人柄の違いが分かっておもしろい。zoom
黒い雄鶏のマークにまつわるエピソードからは、フィレンツェとシエナ、両地の人柄の違いが分かっておもしろい。
歴史と近代化の両輪でさらなるワインの品質向上を目指すこの地は、「キアンティ・クラッシコ地区のヴィッラ(屋敷)と農園システム」としてユネスコ世界遺産の登録を目指しています。この日、味わったワインを、世界遺産の地で再び楽しむことができたら、どんなに素晴らしい旅になることか。私の「次に旅したい地」のリストに、新たなデスティネーションが加わりました。

●協力:Consorzio Chianti Classico (キアンティ・クラッシコ協会)
https://www.chianticlassico.com/ja/chianti-classico-characteristics/
Writer & Editor:永田さち子
スキー雑誌の編集を経て、フリーに。旅、食、ライフスタイルをテーマとし、記事を執筆。著書に、「自然の仕事がわかる本」(山と溪谷社)、「よくばりハワイ」「デリシャスハワイ」(翔泳社)ほか。最近は、旅先でランニングを楽しむ、“旅ラン”に夢中!
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