旅の扉

  • 【連載コラム】「“鉄分”サプリの旅」
  • 2024年3月10日更新
共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎

世界初の大量生産車を運んだ有蓋車、“一方通行”を防いだ秘訣は? カナダの世界遺産でクルーズ体験【10】

△T型フォードこと米国フォード・モーターの「モデルT」(2014年7月、米国中西部ウィスコンシン州で筆者撮影)zoom
△T型フォードこと米国フォード・モーターの「モデルT」(2014年7月、米国中西部ウィスコンシン州で筆者撮影)

(シリーズ「「カナダの世界遺産でクルーズ体験」【9】」からの続き)
 カナダ東部オンタリオ州の東オンタリオ鉄道博物館にさりげなく展示された赤い箱形の貨車「有蓋車」は現役時代、世界初の大量生産車「T型フォード」をオンタリオ州の組み立て工場からカナダ西部へ運ぶという重要な使命を担っていた。大ヒット車を運ぶために東奔西走したが、同博物館のトニー・ハンフリーさんは「代わりに東部へ向かう帰路に何を載せるのかが課題となった」と指摘した。空荷のまま戻る“一方通行”に防ぐために目を付けたのが、カナダが誇る特産品だった。

△東オンタリオ鉄道博物館に展示した有蓋車(2023年9月、カナダ・オンタリオ州で筆者撮影)zoom
△東オンタリオ鉄道博物館に展示した有蓋車(2023年9月、カナダ・オンタリオ州で筆者撮影)

 【T型フォード】アメリカ(米国)の自動車大手、フォード・モーターが1908年に生産を始めた大衆車。英語の車名は「モデルT(MODEL T)」。大量生産によって造るコストを低減し、販売価格を抑えたことで大ヒット商品となり、米国などで自動車が普及するのを後押しした。1927年まで20年弱にわたって製造され、世界での累計販売台数が1500万台を超えた。

△有蓋車の中に立てかけたT型フォードのシャーシ(23年9月、カナダ・オンタリオ州で筆者撮影)zoom
△有蓋車の中に立てかけたT型フォードのシャーシ(23年9月、カナダ・オンタリオ州で筆者撮影)

 ▽車を「できるだけ多く運ぶ」工夫
 車体が細長い木の板でできた有蓋車は、カナディアン・カー・アンド・ファウンドリーで1927年に製造された。
 ハンフリーさんは「T型フォードのシャーシ(基本骨格)をできるだけ多く運べるように器具を使って斜めに立てかけ、シャーシの上部をチェーンで固定して運んでいました」と説明した。シャーシに載せる車体は別の有蓋車で輸送していた。

△有蓋車について説明するトニー・ハンフリーさん(23年9月、カナダ・オンタリオ州で筆者撮影)zoom
△有蓋車について説明するトニー・ハンフリーさん(23年9月、カナダ・オンタリオ州で筆者撮影)

 ▽東部へ運搬した特産品は…
 車を運搬後、代わりにカナダ西部で積み込んだのがカナダの特産品である小麦やライ麦、大麦といった穀物だった。貨車の壁には穀物を積載できる上限が穀物名と線で記されている。最も低い位置に線があるのは小麦、次いでライ麦で、最も高いのが大麦だ。
 ただし、貨車の片側側面には車を積み降ろしするための両開き扉があり、穀物をそのまま輸送すると隙間から外に漏れてしまう恐れがあった。

△旧カナディアン・パシフィック鉄道のディーゼル機関車「6591 S3」(23年9月、カナダ・オンタリオ州で筆者撮影)zoom
△旧カナディアン・パシフィック鉄道のディーゼル機関車「6591 S3」(23年9月、カナダ・オンタリオ州で筆者撮影)

 ▽漏れを防ぐための工夫は…
 「そのため扉の枠全体に木の板を取り付け、隙間を埋めるために紙も貼り付けて封じていました」とハンフリーさんは明かした。それらの細工をした上で線路脇にある穀物貯蔵施設から穀物を投下することで、運搬中に流出する穀物の量を減らすことができたという。
 カナダ東部の目的地に到着後は作業員がショベルを使って穀物を運び出した。穀物の漏れを防ぐために用意した板と紙は廃棄されたという。

△ディーゼル機関車「6591 S3」の運転席に座る筆者(23年9月、カナダ・オンタリオ州)zoom
△ディーゼル機関車「6591 S3」の運転席に座る筆者(23年9月、カナダ・オンタリオ州)

 ▽最大出力が格段に小さい背景
 ハンフリーさんは元機関士としての腕を発揮し、カナディアン・パシフィック鉄道(現在のカナディアン・パシフィック・カンザスシティー)のディーゼル機関車「6591 S3」を博物館内の線路で運転した。モントリオール・ロコモーティブ・ワークスが1957年に製造し、最大出力は600馬力と現在主力の4400馬力と比べて格段に小さい。
 これは操車場で列車を組成するために使う入れ換え用の機関車だったという背景がある。1982年に引退するまでオンタリオ州スミスフォールズ地区で任務に当たり、85年にスミスフォールズにある東オンタリオ鉄道博物館に寄贈された。
 大ヒット車や穀物を運んで東奔西走した有蓋車とは対照的に、スミスフォールズに“生涯”根付いて活躍を続けている。
(シリーズ「「カナダの世界遺産でクルーズ体験」【11】」に続く)
(連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)

共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎
1973年4月東京都杉並区生まれ。国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒。1997年4月社団法人(現一般社団法人)共同通信社に記者職で入社。松山支局、大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て、2020年12月から現職。アメリカを中心とする国際経済ニュースのほか、運輸・観光分野などを取材、執筆している。

 日本一の鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。東海道・山陽新幹線の100系と300系の引退、500系の東海道区間からの営業運転終了、JR東日本の中央線特急「富士回遊」運行開始とE351系退役、横須賀・総武線快速のE235系導入、JR九州のYC1系営業運転開始、九州新幹線長崎ルートのN700Sと列車名「かもめ」の採用、しなの鉄道(長野県)の初の新型車両導入など最初に報じた記事も多い。

共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS」などに掲載の鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/culture/leisure/tetsudou)の執筆陣。連載に本コラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)のほか、47NEWSの「鉄道なにコレ!?」がある。

共著書に『平成をあるく』(柘植書房新社)、『働く!「これで生きる」50人』(共同通信社)など。カナダ・VIA鉄道の愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員。FMラジオ局「NACK5」(埼玉県)やSBC信越放送(長野県)、クロスエフエム(福岡県)などのラジオ番組に多く出演してきた。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の元理事。
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