旅の扉

  • 【連載コラム】「“鉄分”サプリの旅」
  • 2024年1月21日更新
共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎

「いわくつきの階段」で待ち受けていた展開は… カナダの世界遺産でクルーズ体験【3】

△オタワのベクタ・ダイニング・アンド・ワインが入居する洋館にある「いわくつきの階段」(2023年9月、筆者撮影)zoom
△オタワのベクタ・ダイニング・アンド・ワインが入居する洋館にある「いわくつきの階段」(2023年9月、筆者撮影)

(シリーズ「「カナダの世界遺産でクルーズ体験」【2】」からの続き)
 カナダの首都オタワで参加した心霊スポットを巡るツアー「ザ・ホーンテッド・ウオーク」で、ガイドのモニカさんが「怪奇現象の相次いでいた建物」と教えてくれたのが大通りのエルジン通り沿いで最古級の1875年完成の3階建ての洋館だ。ところが、「今は飲食店のベクタ・ダイニング・アンド・ワインが入居しており、今も営業しているので」と“営業妨害”にならないように次の目的地へ向かってしまった。館内の様子が気になった私は翌日夜、来店客として足を踏み入れて「いわくつきの階段」へ向かうと思いもしなかった展開が待ち受けていた―。

△ベクタ・ダイニング・アンド・ワインが入っている洋館(23年9月、筆者撮影)zoom
△ベクタ・ダイニング・アンド・ワインが入っている洋館(23年9月、筆者撮影)

 【ベクタ・ダイニング・アンド・ワイン】主にカナダ産の食材を使ったカナダ料理を提供する高級レストランと、よりカジュアルなワインバーがある飲食店。レストランの夕食のメニューは、カブや金時ニンジンを添えたカモのコンフィ、牛肉のストリップロインのステーキ、たこ焼きなどを用意している。ワインバーには幅広い種類のワインのほかにウイスキー、日本酒なども提供している。旅行サイト「トリップアドバイザー」での評価は5点中4・5点。

△ベクタ・ダイニング・アンド・ワインの看板(23年9月、筆者撮影)zoom
△ベクタ・ダイニング・アンド・ワインの看板(23年9月、筆者撮影)

 ▽「オタワ屈指の人気レストラン」
 政治家で医師だった故ジェームス・アレクサンダー・グラントの家として建てられた洋館の後に入るベクタは「オタワ屈指の人気レストランだ」(地元のグルメ通)という。せきをする音が聞こえたり、階段で背中を押されたりしたといった怪奇現象以前に、飲食店としても興味津々だ。
 ところが、ザ・ホーンテッド・ウオークの翌日の夕食は「カナダ料理界で有数の評価を受けている有名料理人」のラーガブ・ショーダリー氏が上級シェフを務めるレストラン「アイアナ・レストラン・コレクティブ」に予約が入っている。
 そこで、一計を案じた。

△洋館の2階にある暖炉を装飾したマントルピース(23年9月、筆者撮影)zoom
△洋館の2階にある暖炉を装飾したマントルピース(23年9月、筆者撮影)

 ▽レストランの代わりに
 前日夜には遠巻きに眺めていた洋館の扉を開けると、「こちらです」と受付にいた女性に案内された。アイアナに足を運んだ後、ベクタのレストランの代わりにワインバーで一杯飲むことにしたのだ。アイアナではパスタなどの創意工夫に富んだ料理を楽しんだが、ワインは「後のお楽しみ」に取っておいた。
 ベクタの入り口から数歩先には怪談の舞台となった「いわくつきの階段」が待ち受けていた。いよいよ踏みしめる機会が訪れたと予期した次の瞬間、不測の事態が待ち受けていた…。

△マントルピースの上部に残っている薄茶色のしみ(23年9月、筆者撮影)zoom
△マントルピースの上部に残っている薄茶色のしみ(23年9月、筆者撮影)

 ▽階段での出来事
 受付の女性は階段には目もくれずに直進し、1階の奥へと向かったのだ。そう、洋館の2階にあるのはレストランで、ワインバーは1階の通路の先に陣取っていた。やや肩を落としながらも付いていき、赤ワインとデザートを注文した。
 この後、私が席を立って向かった先はご想像の通りだ。カーペットが敷かれた階段を一歩一歩踏みしめながら上がっていき、2階にたどり着いた。さすがは高級レストランというだけあって落ち着きのあるしゃれた空間だ。2階の様子も気になったが、階段は3階まで続いている。
 そこで階段をそのまま上がり続けていると、聞こえてきたのだ。だが、それはせきではなかった。「エクスキューズ・ミー(すみません)」とどこか控えめな女性の声で、私は慌てて後ろを振り向いた。

△ベクタ・ダイニング・アンド・ワインで味わったデザートの「サントノレ」(23年9月、筆者撮影)zoom
△ベクタ・ダイニング・アンド・ワインで味わったデザートの「サントノレ」(23年9月、筆者撮影)

 ▽暖炉の上に残っていたのは…
 そこにはレストランの料理を配膳していた女性店員がいた。3階には階段で上がれるものの来店客向けの設備はないため、「何かお探しですか」と声をかけてくれた。
 私が「ワインバーに来たのですが、昨日参加したツアーで怪奇談があると聞いたので階段を上がってみたんです」と率直に話すと、店員はほほえんで「2階のあちらの部屋にどうぞ」とレストランのテーブルがある部屋に案内してくれた。
 店員は壁際の暖炉の周囲を装飾する飾り枠「マントルピース」の上部に残っている薄茶色のしみを指さし、このように教えてくれた。「昔の家主(ジェームス・アレクサンダー・グラント)は暖炉に当たりながらシガーを吸うのが好きで、これらは焦げ跡だと聞いています」
 見るからにおいしそうなメイン料理に舌鼓を打っていた来店客も、「そんな話があるんだ」と耳を傾けていた。怪奇談に引き寄せられた私のような下世話な客にも上品な所作で振る舞う店員を目の当たりにして「さすがは評価の高いレストランだ」と実感した。
 階段を降りても何もなく、ワインバーに戻ると赤ワインが注がれたグラスと注文したデザートの「サントノレ」が運ばれてきた。フランスの首都パリの道路名にもなっているサントノレはフランス語で「聖オノレ」を意味し、円盤状のパイ生地の土台にカラメルを塗ったシューを載せ、その上にクリームをふんだんにかぶせた菓子だ。
 ふわふわとした白亜のクリームが盛られた器を眺めていると、この店に足を運んだ動機もあってお化けを撃退する米映画「ゴーストバスターズ」に登場するキャラクター「マシュマロマン」のように見えて仕方がなかった。
(シリーズ「「カナダの世界遺産でクルーズ体験」【4】」に続く)
(連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)

共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎
1973年4月東京都杉並区生まれ。国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒。1997年4月社団法人(現一般社団法人)共同通信社に記者職で入社。松山支局、大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て、2020年12月から現職。アメリカを中心とする国際経済ニュースのほか、運輸・観光分野などを取材、執筆している。

 日本一の鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。東海道・山陽新幹線の100系と300系の引退、500系の東海道区間からの営業運転終了、JR東日本の中央線特急「富士回遊」運行開始とE351系退役、横須賀・総武線快速のE235系導入、JR九州のYC1系営業運転開始、九州新幹線長崎ルートのN700Sと列車名「かもめ」の採用、しなの鉄道(長野県)の初の新型車両導入など最初に報じた記事も多い。

共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS」などに掲載の鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/culture/leisure/tetsudou)の執筆陣。連載に本コラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)のほか、47NEWSの「鉄道なにコレ!?」がある。

共著書に『平成をあるく』(柘植書房新社)、『働く!「これで生きる」50人』(共同通信社)など。カナダ・VIA鉄道の愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員。FMラジオ局「NACK5」(埼玉県)やSBC信越放送(長野県)、クロスエフエム(福岡県)などのラジオ番組に多く出演してきた。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の元理事。
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