(「シリーズ『自由・芸術・交通の要衝フィラデルフィア』【7】」からの続き)
「誰も知らない 知られちゃいけない」という歌詞が「今日もどこかでデビルマン」にあるが、アメリカ(米国)東部ペンシルベニア州フィラデルフィアでは観光客には「知らない、知られちゃいけない」のではないかと錯覚するほど認知されていない鉄道路線が発着している。フィラデルフィアの駅は地下に潜っており、たどり着くのが難しいほどだ。謎のベールに包まれた実態を探るべく、駅の入り口を探した。
▽“非SEPTA”の鉄道路線
フィラデルフィア都市圏を縦横無尽に駆ける路面電車と地下鉄、郊外鉄道、路線バスを担っているのは南東ペンシルベニア交通局(SEPTA)だ。一方、通勤客以外にはほとんど知られていない“非SEPTA”の鉄道路線も乗り入れている。
デラウェア川を挟んでフィラデルフィアの対岸にあるニュージャージー州カムデン郡と結ぶ港湾局交通公社(PATCO)リンデンワルド線だ。ペンシルベニア州とニュージャージー州でつくる当局のデラウェア川港湾局が保有・運営している。
PATCOはフィラデルフィア中心部の15・16番街&ローカスト通り駅とニュージャージー州カムデン郡のリンデンワルド駅の23・3キロを結ぶ。
乗車するためにスマートフォンで時刻表を検索し、ひと目見た瞬間に驚愕した。24時間運転で、平日の朝と夕方のラッシュ時には12分おきに走っている。これは米国の近郊鉄道としては相当の多頻度運転だ。
▽地味な看板
ところがフィラデルフィアにあるPATCOの駅はいずれもSEPTAの鉄道駅からやや離れており、地下にある駅からいったん道路上に出てしばらく歩いた。スマートフォンのグーグルマップでPATCOの駅があるはずの場所に着いたが、目立った入り口がない。
辺りをきょろきょろしていると、地味な赤い柵が路上にあるのが視界に入った。傍らには「PATCO」と表示した地味な看板があり、観光客には「知られちゃいけない」存在なのではないかと思わせるほど狭隘な階段が柵に沿って地下に続いていた。
▽TXの電車をほうふつ
券売機で乗車券を購入し、プラットホームに降り立つとステンレス製電車が進入した。先頭部の中央に貫通扉があるデザインは、つくばエクスプレス(TX)が開業当初の2005年から走らせている電車「TX―1000系」と「TX―2000系」をほうふつとさせる。
異なるのはTXの電車はパンタグラフを通じて架線から電気を取り込んでいるのに対し、PATCOは線路に沿ったレールから集電する第三軌条方式という点だ。また、現在のTXの座席は壁際に並んでいるロングシートだが、PATCOは進行方向に向かって腰かけることができる転換式クロスシートを採用している。
▽通勤客独占には惜しい車窓
PATCOのフィラデルフィア市内にある駅間距離はわずか約320~640メートルで、いずれも地下駅だ。その後は地上に出て、デラウェア川に架かる1926年開通のベンジャミン・フランクリン橋に進入した。
橋は自動車道を挟んでPATCOのリンデンワルド行きの線路が南側、フィラデルフィア方面の線路が北側にそれぞれ敷設されている。フィラデルフィアの超高層ビル群などを見渡すことができる。通勤客に独占させ、観光客は「知らない、知られちゃいけない」路線にしておくのは惜しい車窓だ。
始発の15・16番街&ローカスト通り駅を出発して28分、終点のリンデンワルド駅に到着した。下車すると駅前にニュージャージー・トランジット(NJトランジット)の大西洋岸にあるカジノ街、アトランティックシティー行きの路線バスが止まっていた。
駅前にはPATCOに乗り換えてフィラデルフィアへ向かう通勤客向けの駐車場があり、覆っている屋根は太陽光発電用のパネルになっている。
▽「そうだ、カナダ行こう。」
駐在先の首都ワシントンへ戻るための全米鉄道旅客公社(アムトラック)に間に合うためには、PATCOの次の電車に乗らなければならない。
駅舎内に戻って壁を眺めると、米国には店舗が数少ないカナダのドーナツ店チェーン「ティムホートンズ」の広告が掲げられているではないか。近くにあるのならばコーヒーを買いたいと思ってグーグルマップを調べたところ、徒歩5分程度だ。ところが次の電車の発車まで10分ほどしか残されていない。
カナダ発祥のおいしいドーナツとコーヒーを味わうにはタイムアップになってしまったことに地団駄を踏んだ。
だが、肩を落としているだけでは前進はない。気持ちを切り替え、次の旅行先を見据えてこうつぶやいた。
「そうだ、カナダ行こう。」
(シリーズ「自由・芸術・交通の要衝フィラデルフィア」【完】。2024年1月にカナダの一風変わった旅行の新シリーズが始まります。どうぞお楽しみに!)
(連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞ