旅の扉

  • 【連載コラム】「“鉄分”サプリの旅」
  • 2018年4月3日更新
共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎

「乗り鉄」を誘う栃木DCが開幕!【上】 開幕日に親子鉄旅行を満喫

△JR東日本が4月1日に営業運転をはじめた「いろは」(栃木県日光市で筆者撮影)zoom
△JR東日本が4月1日に営業運転をはじめた「いろは」(栃木県日光市で筆者撮影)
 ▽「乗り鉄」におすすめの訪問先選び
 鉄道に乗る趣味の「乗り鉄」に出掛けようとしても、選択肢がありすぎて絞り込めない場合に目的地の有力候補となるのが「DC」だ。アメリカの首都ワシントンDCでも、ファッションのデイリーカジュアルの略でもない。JR東日本やJR東海などのJR旅客6社と開催地の自治体など連携した国内最大級の観光企画「デスティネーションキャンペーン」ことだ。
 DC開催中は旅行者を開催地へ送り込むため、目玉となる観光列車を走らせたり、イベントを用意したり、割引切符や特別な旅行商品を設定したりと「お得な鉄道旅行」を楽しめるのだ。4月1日に開幕したのが世界遺産・日光の社寺などを抱える栃木県を舞台にした「栃木デスティネーションキャンペーン」(栃木DC)で、「スタンプラリーに参加したい」という「子鉄」の小学生の息子からのリクエストに応えて初日に足を運んだ。
 スタンプラリーは指定されたJR東日本の栃木県内を走る4路線の駅スタンプを押すのがルールで、先着3千人には景品が用意されているという。栃木DCのキャッチフレーズ「本物の出会い」を求め、日帰りの親子鉄旅行に出掛けた。
△車窓の河川敷に広がる菜の花zoom
△車窓の河川敷に広がる菜の花
▽特急列車のリクエスト
 行程は、割安に行き来できる「青春18きっぷ」を活用するとの条件をつけて、息子に考案してもらった。ただし、「特急列車に乗りたい」という希望を受け入れ、往路は特急列車に乗ることにした。特急や新幹線に乗車する場合、青春18きっぷは適用外のため特急券だけでなく、乗車券も買う必要がある。
 うってつけの切符を、JR東日本の新幹線や特急列車などをインターネットで予約できる「えきねっとトクだ値」で見つけた。東京都心の新宿駅から東武日光(栃木県日光市)へ向かう全席指定の特急「日光」の片道の乗車券と特急券を、大人2400円、子供1200円と40%引きの“大特価”で買えたのだ。
 そう記すと「あれ、東武鉄道の始発は浅草駅ではなかったっけ?」という疑問を抱かれるかもしれない。この特急「日光」はJR東日本の山手線と東北線を走行後、栗橋(埼玉県久喜市)から東武鉄道日光線に乗り入れて終点の東武日光まで直通運転する。しかも、東武日光から約300メートル、歩いて約5分の距離にはJR東日本日光線の終点、日光駅があり、競争相手の路線に乗り入れるという変わり種だ。
 2006年3月に始まったJR東日本の新宿と東武日光、鬼怒川温泉をそれぞれ結ぶ特急列車の直通運転は「当時は日光を訪れる観光客が減少傾向にあり、東京都西部や神奈川県からのアクセスを改善させるために始まった」(JR東日本幹部)という。今や直通運転開始から12年余りが経過し、昨年は約2869万人と5年連続で過去最高を更新した訪日外国人旅行者の人気訪問先として日光の存在感が高まり、栃木DCの盛り上げにも一役買っているのだからライバル同士の連携作戦は実を結んでいると言えよう。
△JR新宿駅で特急「日光」と筆者(東京都)zoom
△JR新宿駅で特急「日光」と筆者(東京都)
 ▽車両は「元成田エクスプレス」
 定刻の午後7時半に始発の新宿を出発した特急「日光」のJR東日本253系は、10年6月まで特急「成田エクスプレス」で使用後に改造された車両だ。車体は日光の観光名所「神橋」などをモチーフにした赤と朱色、さらに日光キスゲや紅葉をイメージした黄色で彩り、成田エクスプレス時代に「足元が狭い」との不満の声があった座席間隔を1・1メートルに広げている。
 ただ、リクライニング座席の背もたれも目いっぱい倒せるようにと先頭車の最後部の座席を予約したところ、扉が引き込まれる「戸袋窓」の隣のために視界にやや難があった。全体として座席間隔が広く、前の座席の背もたれが倒れていても気にならない印象のため、車窓を楽しむのには戸袋窓以外の座席を選んだほうが賢明なようだ。
 途中、東京都心の池袋、さいたま市の浦和と大宮に停車した後、栗橋駅で止まったものの扉は閉じたまま。これは運転士と車掌がJR東日本から東武鉄道へ引き継ぐ乗務員交代のためだ。東武日光線に入ると畑が広がった自然豊かな風景へと変貌し、栃木(栃木県栃木市)、鬼怒川温泉方面へ向かう鬼怒川線が分岐する下今市(日光市)に停車後、中禅寺湖畔の男体山(2484メートル)を望む日光杉の森林を抜けるとロッジ風の駅舎が特徴的な東武日光に午前9時半前に滑り込んだ。
△「日光仮面」と記念撮影する筆者、息子(栃木県日光市)zoom
△「日光仮面」と記念撮影する筆者、息子(栃木県日光市)
▽「いろは」初列車に遭遇!
 東武日光に到着後、足で向かった先はJR日光駅。せっかくJR東日本からの直通特急で乗り入れたのを台無しにするようだが、栃木DCのスタートとともに運行を始めた日光線の観光用車両「いろは」の営業一番列車が午前9時52分に到着するのを待ち構えるためだ。
 「いろは」は山手線や埼京線などの首都圏路線で使われていた車両「205系」を改造し、家族連れやグループで歓談しやすいようにクロスシートの座席を設けたのが特色で、座席の空間を広げるために客室の扉を1両当たり2カ所に半減。大きなスーツケースを抱えた訪日客らに対応し、大きな荷物棚を設けている。普段は日光線の普通列車として運転されるが、この日は全席指定の臨時快速列車「誕生いろは日光号」が県庁所在地の宇都宮と日光の間で往復した。
 「いろは」の一番列車で到着した旅行者を、日光駅員や旅館のおかみさん、日光市のゆるキャラ「日光仮面」と「鬼怒太(きぬた)」らがお出迎え。記念撮影をしたり、「いろは」のイラストが描かれた箱に入ったチョコレート菓子などが配られたりと大賑わいで、DC開始初日ならではの高揚感がみなぎっていた。
 スタンプラリーの第1弾となる日光駅のスタンプを押すと、「青春18きっぷ」を使って入場。1912年に完成した建物は現在使われている日本最古の木造駅舎で、一見の価値がある観光スポットだ。欧風の建築様式が特色の2階建て駅舎で、2階にある日本国有鉄道(国鉄)時代の一等旅客専用待合室の跡である「ホワイトルーム」も見学できる。天井からつられた華麗なシャンデリアが目を引き、現在は写真展といった展示スペースとして活用されている。
 日光から宇都宮への移動で「誕生いろは日光号」の折り返し列車を利用することも検討したが、あいにく満席だったため停車中の車内見学だけ。同じ205系でもロングシートばかりの普通電車に乗り込むことになったが、息子は「これで良かった」となぜか満足そう。
 理由を尋ねると「宇都宮で乗り換える烏山線の出発時刻までに餃子を食べられそうだから」という。目当ては宇都宮駅に隣接したホテル内にあり、昼食時間帯には行列ができる人気餃子店「宇都宮みんみん」だ。
 午前11時ごろに着くと、早くも店の前には10人程度の行列が。しかし、15分ほど待つと店内に入ることができた。スタンプラリーの2カ所目となるスタンプを押し、待ち受けていた午後0時11分発の烏山(栃木県那須烏山市)行き普通列車に余裕で乗り込むことができた。
△JR東日本が烏山線で走らせている車両「アキュム」(栃木県高根沢町で筆者撮影)zoom
△JR東日本が烏山線で走らせている車両「アキュム」(栃木県高根沢町で筆者撮影)
▽蓄電池で走る列車
 烏山と宝積寺(栃木県高根沢町)の非電化区間を結ぶ烏山線の列車はいずれも各駅停車で、電化されている東北線に乗り入れて宇都宮まで走る。この運行パターンを生かして導入され、昨年3月から全ての列車に使われるようになった車両が「アキュム」だ。パンタグラフで架線から電気を取り込んで搭載した蓄電池にため込み、非電化区間でモーターを動かす仕組みで、通常の気動車と比べて二酸化炭素(CO2)排出量を約6割減らせる環境性能が売りだ。
 私が烏山線を前回訪れた昨年3月は、旧国鉄が1977年から82年にかけて計888両を製造した気動車「キハ40」が関東地方で最後に引退するのを見届けるためだった。よって走行中の「アキュム」に乗車したのは今回が初めてとなり、スタンプラリーに盛り込まれていたので貴重な乗車機会を得た格好だ。
 アキュムは車両のうち運転席の反対側にある壁面に液晶画面を設け、その時点の電気の流れをイラストで示しているのが面白い。宝積寺の先で東北線から分岐し、非電化の烏山線に入ると「蓄電池の電力で走行しています。」の文字が躍った。ただ、モーターが発する音は軽く、キハ40に揺られた際の「グオーン」というディーゼルエンジンの重厚な音色に比べて物足りなさを感じてしまうのは、国鉄時代の車両を懐かしむ愛好家の悪い癖なのだろうか。
 アキュムは終点の烏山に午後1時1分に到着し、スタンプラリーの用紙に三つ目のスタンプを押せたものの、折り返しの宇都宮行きの発車は午後2時。というのも、アキュムの導入に伴って烏山のプラットホームの先端部に設けた架線で、次の走行に備えて蓄電池を充電する必要があるためだ。
この約1時間をどのようにすごそうかと迷っていると、駅前の道標に記された「山あげ会館」の文字が目に入った。
「アキュム」の車内では、電気の流れを確認できる(栃木県で筆者撮影)zoom
「アキュム」の車内では、電気の流れを確認できる(栃木県で筆者撮影)
(「「乗り鉄」を誘う栃木DCが開幕!【下】」に続く)
共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎
1973年4月東京都杉並区生まれ。国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒。1997年4月社団法人(現一般社団法人)共同通信社に記者職で入社。松山支局、大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て、2020年12月から現職。アメリカを中心とする国際経済ニュースのほか、運輸・観光分野などを取材、執筆している。

 日本一の鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。東海道・山陽新幹線の100系と300系の引退、500系の東海道区間からの営業運転終了、JR東日本の中央線特急「富士回遊」運行開始とE351系退役、横須賀・総武線快速のE235系導入、JR九州のYC1系営業運転開始、九州新幹線長崎ルートのN700Sと列車名「かもめ」の採用、しなの鉄道(長野県)の初の新型車両導入など最初に報じた記事も多い。

共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS」などに掲載の鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/culture/leisure/tetsudou)の執筆陣。連載に本コラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)のほか、47NEWSの「鉄道なにコレ!?」がある。

共著書に『平成をあるく』(柘植書房新社)、『働く!「これで生きる」50人』(共同通信社)など。カナダ・VIA鉄道の愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員。FMラジオ局「NACK5」(埼玉県)やSBC信越放送(長野県)、クロスエフエム(福岡県)などのラジオ番組に多く出演してきた。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の元理事。
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