旅の扉

  • 【連載コラム】「“鉄分”サプリの旅」
  • 2024年2月25日更新
共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎

「極めて貴重」と言っても歯の浮くようなお世辞ではない北米唯一の客車 カナダの世界遺産でクルーズ体験【8】

△東オンタリオ鉄道博物館に展示した客車「15095」(いずれも2023年9月、カナダ・オンタリオ州で筆者撮影)zoom
△東オンタリオ鉄道博物館に展示した客車「15095」(いずれも2023年9月、カナダ・オンタリオ州で筆者撮影)

(シリーズ「「カナダの世界遺産でクルーズ体験」【7】」からの続き)
 カナダ東部オンタリオ州にある世界遺産のリドー運河沿いにある人口が1万人に満たない村のスミスフォールズで、「是非立ち寄るべきだ」と強く薦められた観光名所が東オンタリオ鉄道博物館だ。主要施設となっている旧スミスフォールズ駅舎の脇に展示された緑色の旧型客車は、「極めて貴重」な歯の浮くようなお世辞ではない「ある用途」で北米唯一の現存客車だった。

△旧スミスフォールズ駅舎の建物zoom
△旧スミスフォールズ駅舎の建物

 【東オンタリオ鉄道博物館】カナダ国定史跡となっている旧スミスフォールズ駅舎の建物を中心とする土地にある鉄道博物館。駅舎を見学できるほか、1912年に製造されたカナディアン・ナショナル鉄道の蒸気機関車(SL)「1112号機」、カナディアン・パシフィック鉄道(現在のカナディアン・ナショナル・カンザスシティー)の入れ換え用ディーゼル機関車「6591号機」、かつての食堂車などを展示している。車掌が乗るカブースでは宿泊が可能で人気を集めている。敷地は約4万2500平方メートル。
 旧スミスフォールズ駅舎は、旧カナディアン・ノーザン鉄道(現在のカナディアン・ナショナル鉄道)のカナダ最大都市のトロントと首都オタワを結ぶ路線の途中駅として1914年に開業したが、79年に廃止された。現在のスミスフォールズ駅は郊外にあり、VIA鉄道カナダのトロントとオタワを結ぶ列車が止まる。

△カナディアン・ナショナル鉄道の蒸気機関車(SL)「1112号機」zoom
△カナディアン・ナショナル鉄道の蒸気機関車(SL)「1112号機」

 ▽寝台車と推理
 案内してくれたのは、カナディアン・パシフィック鉄道(現在のカナディアン・パシフィック・カンザスシティー)の機関士を30年弱務めていたトニー・ハンフリーさん。「車内に入りましょう」と先導されたのは車両番号「15095」の旧型客車だった。
 入り口の壁面を高級木材のマホガニー材で覆われた高級感あふれる雰囲気で、窓に沿って通路が続いていた。この様子を眺めて「寝台車だった車両だ」と推理した。というのも、壁面に通路がある客車は大きな個室を設けている場合が多いからだ。

△客車15095の壁面に沿った通路zoom
△客車15095の壁面に沿った通路

 ▽寝台車では見かけないいす
 ところが通路の位置が客車の中央部に変わり、寝台車では見かけない形状のいすの脇にハンフリーさんが立っていた。いすを手掛かりに客車の正体が分かり、予想が外れたと思った私は歯がゆい思いをした。
 いすは、歯科医が診療に必要や器具を備えた「歯科用チェアユニット」だった。客車は1951~77年に歯科医が主に子どもを診察する「デンタルカー」として使われていた。大部分がトロント出身者だったという歯科医と歯科助手が乗り込んでオンタリオ州北部を巡回し、「歯科医と歯科助手が結婚した例もあった」(ハンフリーさん)とか。追加料金を支払えば、大人も歯の検査やクリーニング、治療を受けることができた。

△客車15095の歯科用チェアユニットの脇に立つトニー・ハンフリーさんzoom
△客車15095の歯科用チェアユニットの脇に立つトニー・ハンフリーさん

 ▽元は寝台車
 ただ、ハンフリーさんが客車のルーツを説明すると、私の推理は当たっていたことが判明した。客車はもともと旧カナディアン・ノーザン鉄道(現在のカナディアン・ナショナル鉄道)が発注して1913年に製造された寝台車だったのだ。
 個室寝台と開放型の2段寝台を含めて計26人の乗客が乗り込むことができ、カナディアン・ナショナル鉄道時代も含めて1951年まで使われた。旅客輸送の役目を終えるまでに延べ160万キロ超を走ったという。

△喫煙用のラウンジから改造された客車15095の台所zoom
△喫煙用のラウンジから改造された客車15095の台所

 ▽“第二の人生”、そして…
 カナディアン・ナショナル鉄道からの寄付を受けた客車はデンタルカーに改造され、“第二の人生”を歩んだ。寝台の一部を撤去して歯科用チェアユニットを設置し、喫煙用のラウンジは台所に変身し、レントゲン撮影用の暗室も備えた。歯科医と歯科助手らが生活するための洗面所付きの寝室も二つ設けた。
 客車15095がデンタルカーの稼業を終えたのは1977年。そして登場から110年を超えた今は東オンタリオ鉄道博物館に保存され、リタイア後も歴史の“生き証人”としての重責を担っている。ハンフリーさんは「北米で唯一現存するデンタルカーだ」と意義を強調した。
 保存後にかつてこの客車で巡回した歯科医らが集まる“同窓会”も開かれ、思い出話に花を咲かせて白い歯を見せたそうだ。
(シリーズ「「カナダの世界遺産でクルーズ体験」【9】」に続く)
(連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)

共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎
1973年4月東京都杉並区生まれ。国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒。1997年4月社団法人(現一般社団法人)共同通信社に記者職で入社。松山支局、大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て、2020年12月から現職。アメリカを中心とする国際経済ニュースのほか、運輸・観光分野などを取材、執筆している。

 日本一の鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。東海道・山陽新幹線の100系と300系の引退、500系の東海道区間からの営業運転終了、JR東日本の中央線特急「富士回遊」運行開始とE351系退役、横須賀・総武線快速のE235系導入、JR九州のYC1系営業運転開始、九州新幹線長崎ルートのN700Sと列車名「かもめ」の採用、しなの鉄道(長野県)の初の新型車両導入など最初に報じた記事も多い。

共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS」などに掲載の鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/culture/leisure/tetsudou)の執筆陣。連載に本コラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)のほか、47NEWSの「鉄道なにコレ!?」がある。

共著書に『平成をあるく』(柘植書房新社)、『働く!「これで生きる」50人』(共同通信社)など。カナダ・VIA鉄道の愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員。FMラジオ局「NACK5」(埼玉県)やSBC信越放送(長野県)、クロスエフエム(福岡県)などのラジオ番組に多く出演してきた。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の元理事。
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