(シリーズ「「カナダの世界遺産でクルーズ体験」【7】」からの続き)
カナダ東部オンタリオ州にある世界遺産のリドー運河沿いにある人口が1万人に満たない村のスミスフォールズで、「是非立ち寄るべきだ」と強く薦められた観光名所が東オンタリオ鉄道博物館だ。主要施設となっている旧スミスフォールズ駅舎の脇に展示された緑色の旧型客車は、「極めて貴重」な歯の浮くようなお世辞ではない「ある用途」で北米唯一の現存客車だった。
【東オンタリオ鉄道博物館】カナダ国定史跡となっている旧スミスフォールズ駅舎の建物を中心とする土地にある鉄道博物館。駅舎を見学できるほか、1912年に製造されたカナディアン・ナショナル鉄道の蒸気機関車(SL)「1112号機」、カナディアン・パシフィック鉄道(現在のカナディアン・ナショナル・カンザスシティー)の入れ換え用ディーゼル機関車「6591号機」、かつての食堂車などを展示している。車掌が乗るカブースでは宿泊が可能で人気を集めている。敷地は約4万2500平方メートル。
旧スミスフォールズ駅舎は、旧カナディアン・ノーザン鉄道(現在のカナディアン・ナショナル鉄道)のカナダ最大都市のトロントと首都オタワを結ぶ路線の途中駅として1914年に開業したが、79年に廃止された。現在のスミスフォールズ駅は郊外にあり、VIA鉄道カナダのトロントとオタワを結ぶ列車が止まる。
▽寝台車と推理
案内してくれたのは、カナディアン・パシフィック鉄道(現在のカナディアン・パシフィック・カンザスシティー)の機関士を30年弱務めていたトニー・ハンフリーさん。「車内に入りましょう」と先導されたのは車両番号「15095」の旧型客車だった。
入り口の壁面を高級木材のマホガニー材で覆われた高級感あふれる雰囲気で、窓に沿って通路が続いていた。この様子を眺めて「寝台車だった車両だ」と推理した。というのも、壁面に通路がある客車は大きな個室を設けている場合が多いからだ。
▽寝台車では見かけないいす
ところが通路の位置が客車の中央部に変わり、寝台車では見かけない形状のいすの脇にハンフリーさんが立っていた。いすを手掛かりに客車の正体が分かり、予想が外れたと思った私は歯がゆい思いをした。
いすは、歯科医が診療に必要や器具を備えた「歯科用チェアユニット」だった。客車は1951~77年に歯科医が主に子どもを診察する「デンタルカー」として使われていた。大部分がトロント出身者だったという歯科医と歯科助手が乗り込んでオンタリオ州北部を巡回し、「歯科医と歯科助手が結婚した例もあった」(ハンフリーさん)とか。追加料金を支払えば、大人も歯の検査やクリーニング、治療を受けることができた。
▽元は寝台車
ただ、ハンフリーさんが客車のルーツを説明すると、私の推理は当たっていたことが判明した。客車はもともと旧カナディアン・ノーザン鉄道(現在のカナディアン・ナショナル鉄道)が発注して1913年に製造された寝台車だったのだ。
個室寝台と開放型の2段寝台を含めて計26人の乗客が乗り込むことができ、カナディアン・ナショナル鉄道時代も含めて1951年まで使われた。旅客輸送の役目を終えるまでに延べ160万キロ超を走ったという。
▽“第二の人生”、そして…
カナディアン・ナショナル鉄道からの寄付を受けた客車はデンタルカーに改造され、“第二の人生”を歩んだ。寝台の一部を撤去して歯科用チェアユニットを設置し、喫煙用のラウンジは台所に変身し、レントゲン撮影用の暗室も備えた。歯科医と歯科助手らが生活するための洗面所付きの寝室も二つ設けた。
客車15095がデンタルカーの稼業を終えたのは1977年。そして登場から110年を超えた今は東オンタリオ鉄道博物館に保存され、リタイア後も歴史の“生き証人”としての重責を担っている。ハンフリーさんは「北米で唯一現存するデンタルカーだ」と意義を強調した。
保存後にかつてこの客車で巡回した歯科医らが集まる“同窓会”も開かれ、思い出話に花を咲かせて白い歯を見せたそうだ。
(シリーズ「「カナダの世界遺産でクルーズ体験」【9】」に続く)
(連載コラム「“鉄分”サプリの旅」の次の旅をどうぞお楽しみに!)