(「シリーズ『自由・芸術・交通の要衝フィラデルフィア』【2】」からの続き)
アメリカ(米国)東部ペンシルベニア州のフィラデルフィア美術館でクロード・モネの「睡蓮」やビンセント・バン・ゴッホの「ひまわり」といった印象派やポスト印象派の名画を目の当たりにして心が洗われた気分になった。ところが、印象派の作品を案内するガイドを務めてくれたリンダさんの「あっちへ向かいましょう」と現代美術の展示室を指さしたことをきっかけに至福の芸術鑑賞のひとときは幕を閉じてしまい、奇想天外な“落としどころ”にはまることになる…。
▽実は「現代美術の殿堂」
印象派とポスト印象派の名画が充実しているフィラデルフィア美術館だが、ホームページで強調しているのは「現代美術の殿堂」としての側面だった。
1876年に開館して以来、「この国(米国)の百科事典的な美術館の中で最もダイナミックで進取的な現代美術のコレクションを発展させてきた」と胸を張る。
1950年以降に制作された現代美術の保管点数は1千点を超えているという。
▽キュビズム体現の巨匠の作品
現代美術の展示質に入る時に目に飛び込んできたのは巨匠のパブロ・ピカソ(1881~1973年)の「ギターを持つ男」(1912年)だ。フランス南部アビニョン近郊に借りた家で完成させた絵で、ピカソが追求した立体(キューブ)などの単純な形で構成した手法の「キュビズム」(立体派)をよく体現した作品だ。
私はひと目見た際には、まるで寄せ木細工の断面のようにしか受け止められなかった。リンダさんは絵の上部を指さしながら「これが男の人の顔で、鼻があるでしょう」と説明してくれたため、おぼろげながら絵の“輪郭”が見えてきた。
▽ピカソの傑作も
キュビズムの中でも特に難解な謎解きを終えた直後だったためか、続いて案内されたピカソの傑作の一つとされる「3人の音楽家」(1921年)の構図はなんとなく読み解くことができた。3人の音楽家がテーブルの奥にあるいすに座っている情景だ。
リンダさんによると、描かれている音楽家たちが着ている衣装はモダンバレエの公演のためにピカソがデザインしたコスチュームに関連しているという。バイオリンを弾いている人は詐欺師の「ハーレクイン」の衣装、クラリネットやリコーダーを持った白い服を着た人物は憂鬱(ゆううつ)な道化師で、ともに欧州の即興演劇の伝統に由来している。アコーディオンを演奏している人物は、僧侶の衣装を身にまとっている。
▽フィラデルフィア美術館の看板作品!?
フィラデルフィア美術館が誇る現代美術の中でも、自慢のコレクションはフランス生まれの米国人芸術家マルセル・デュシャン(1887~1968年)のコレクションだという。リンダさんが真っ先に紹介したデュシャンの看板作品は大きなガラスに細工を施したもので、「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも」というなんともひどい作品名だ。
上のガラスパネルは「花嫁」を表現しており、下のガラスパネルに描かれているのは9人の「独身者」だという。デュシャンは1915年から23年にかけて制作したものの「未完」のままで、ニューヨークのブルックリン美術館で1926年に出展された。
すると、展示した際の事故によって作品に大きなひびが入った。すると、デュシャンは「ひびによって作品が完成した宣言した」(リンダさん)という。私のような凡人の理解を超えている…。
▽後味の悪い“落としどころ”
リンダさんが続いて「そして、これも芸術作品なのです」と遠慮がちに指を示した先に置いてあったのはなんと男性用小便器だった。デュシャンは「泉」という作品名を付けて1917年のニューヨークの独立芸術家協会の展覧会に出品しようとしたものの、展示を拒否された。
1917年または翌18年にオリジナルは行方不明になっており、美術館にあるのはレプリカだ。便器に「R.Mutt 1917」とサインをしただけの“芸術”と称する代物を見つめていると、目を見張る印象派の名作の油絵がもたらしてくれた充足感はすっかり洗い流されてしまい、「印象派ツアー」というお題目とは似ても似つかない後味の悪い“落としどころ”にはまってしまった…。
(「シリーズ『自由・芸術・交通の要衝フィラデルフィア』【4】」に続く)