旅の扉

  • 【連載コラム】トラベルライターの旅コラム
  • 2022年9月12日更新
よくばりな旅人
Writer & Editor:永田さち子

日本茶がアートになる! サステナブルなお茶染め ~お茶を識る、駿河の旅④~

駿河の伝統工芸と特産品のお茶の融合から生まれた「お茶染め」は、深みのあるニュアンスカラーが魅力。zoom
駿河の伝統工芸と特産品のお茶の融合から生まれた「お茶染め」は、深みのあるニュアンスカラーが魅力。
「お茶を識る、駿河の旅」第4回は、日本茶がアートになるお話。静岡の伝統工芸の技術にお茶を資源として活用して誕生した「お茶染め」は、アート作品としても身近なアイテムとしても楽しめ、さらにサステナブル。そのお茶染めを手掛ける染色家・鷲巣恭一郎さんの工房を訪ねました。

江戸時代から続く伝統工芸を進化させた「お茶染め」
古くから織物が盛んな土地柄だった静岡。今川義元がこの地を統括していた時代には染色業も発達し、藍染めの職人が集まる紺屋町(こうやまち)が形成されていたのだとか。徳川家康によって駿府城が築かれた江戸時代になると、武家のために幟(のぼり)や旗指物(はたさしもの)、町家が用いるのれんや伴天、作業着、祝儀物として使われた定紋入り風呂敷などが盛んに生産されるようになりました。こうして500年にわたり駿河の地に根付いた染色文化が「駿河和染(するがわぞめ)」です。

駿河和染の染料は、藍を中心とした草木染め。この染料に静岡県の特産品であるお茶を取り入れた染め物を考案したのが「お茶染めWashizu」代表で、染色家の鷲巣恭一郎さんです。鷲巣さんは1920年ごろから続く「鷲巣染物店」の5代目。15年ほど前から、日本茶の製造工程で出る商品にならない茶葉を染料に使うお茶染めで、さまざまな作品を創り出しています。
日本茶の製造工程で出る茎や茶葉を粉砕したもの。これを煮出して染料に。zoom
日本茶の製造工程で出る茎や茶葉を粉砕したもの。これを煮出して染料に。
深みのある色合いが魅力の茶染めは、スタイリッシュなうえサステナブル!
お茶の製造工程では茎の部分のほか、火入れや合組の際に出る細かな茶葉などが出て、通常は産業廃棄物として処理されます。
「活用されない茶葉に生命を吹き込み、伝統工芸に新しい風を起こしたい」。鷲巣さんのそんな思いから生まれたお茶染め。染料を煮出した後の茶葉は茶畑の堆肥にすることができ、環境保全にも繋がっています。

工房に伺い、お茶染めの工程を見せてもらいました。茶葉を煮出した染料は、焙じ茶のような色。ここに色を定着させるための鉄分を加え、煮染めと水洗いを繰り返すことで深みのある色合いが生まれます。お茶で染めるというと、煎茶の緑色か焙じ茶の茶色を思い浮かべますが、カラーバリエーションが想像以上に豊富。山吹色があれば、グレーに近い茶色、もっと濃いチャコールグレーなど。定着剤に使う鉄分の種類と分量、煮染める時間と回数によって微妙に色味が変わるのだそう。その工程を眺めていると、かなりの重労働であることがわかります。
「お茶染め」の工程。定着剤の種類と染める回数で色が変わる。型紙もすべて、鷲巣さんの手作り。zoom
「お茶染め」の工程。定着剤の種類と染める回数で色が変わる。型紙もすべて、鷲巣さんの手作り。
鷲巣さんの作品は、手ぬぐいやTシャツ、トートバッグなど生活に馴染みがあるものから、遠州刺子生地を使ったクラッチバッグ、下駄の鼻緒部分にあしらったものなどがあり、1点1点手作業で仕上げています。さらに、アパレル会社とコラボしたり、古くなった洋服の染め直しや、クッションカバーなどさまざまです。
「伝統工芸の駿河和染が地元・静岡のお茶産業と繋がり、ファッションやインテリアとしても注目されるようになりました。もっといろいろなアイテムに取り入れ、新しい展開があるのではないかとワクワクしています」と鷲巣さん。
私が気になったのが、スニーカー。ウレタンなど熱に弱い材質の部分が変形してしまう可能性があり、まだまだ試作中とのことですが、こんなニュアンスカラーのスニーカーがあったらぜひ1足ほしいと思わせるものでした。

伝統工芸と特産品のお茶が融合したアートの世界。鷲巣さんの言葉と作品からは、伝統工芸を引き継ぐ職人としての使命感とともに、新たな可能性を模索しながらも、持続可能なものづくりを目指すクリエーターの姿勢が伝わってきました。
Tシャツや古着の染め直しの依頼があることも。スニーカーのお茶染めも試作中。zoom
Tシャツや古着の染め直しの依頼があることも。スニーカーのお茶染めも試作中。
静岡の伝統工芸に触れて、遊んで、味わえる「駿府の工房 匠宿」
お茶染めの工房があるのは、伝統工芸体験施設とともにカフェやショップを併設する「駿府の工房 匠宿(たくみしゅく)」。今川・徳川時代から静岡に受け継がれている伝統工芸は染色のほかにも、駿河竹千筋細工、駿河漆器、指物など。体験教室では鷲巣さんをはじめ、それぞれのフィールドの第一線で活躍する職人さんやアーティストが講師を務めます。こんな贅沢な教室、なかなかないですよね。
工房内では、鷲巣さんの指導によるお茶染めや、藍染め、竹細工など駿河の伝統工芸の製作体験ができる。zoom
工房内では、鷲巣さんの指導によるお茶染めや、藍染め、竹細工など駿河の伝統工芸の製作体験ができる。
ここに工房を構える作家さんたちの作品とともに、全国の伝統工芸品とモダンな生活用品を展示販売するのが、施設内の「ギャラリーTeto Teto」。もちろん、鷲巣さんの作品も紹介されていますが、品薄になることもしばしば。特に人気があるお茶染めのクラッチバッグは、洋服にはもちろん和装にもぴったり。使い込むほど風合いが増し、愛用品の一つに加えてみたくなります。

いっぽう、ランチやティータイムに立ち寄りたいのがカフェ「HACHI&MITSU」。地元・丸子産のハチミツや、県内産の食材をふんだんに使ったフードやドリンク、デザートメニューを味わえます。人気メニューは売り切れてしまうことが多いので、早めの時間に訪れることをおすすめします。
体験工房、ギャラリー、カフェとともにお土産探しも楽しみなショップを併設する「駿府の工房 匠宿」。zoom
体験工房、ギャラリー、カフェとともにお土産探しも楽しみなショップを併設する「駿府の工房 匠宿」。
●お茶染め Washizu
https://www.ochazome-shizuoka-japan.com/profile-1/
●駿府の工房 匠宿
静岡県静岡市駿河区丸子3240-1
TEL 054-256-1521
10:00~19:00 月曜定休

★「お茶を識る、駿河の旅」、次回の最終回は「ティーカクテルと創作料理のペアリングを楽しめる隠れ家バー」をご紹介します。https://www.risvel.com/column/1116

撮影/伊東武志 協力/するが企画観光局
駿河の旅の情報「VISIT SURUGA」 https://www.visit-suruga.com/
Writer & Editor:永田さち子
スキー雑誌の編集を経て、フリーに。旅、食、ライフスタイルをテーマとし、記事を執筆。著書に、「自然の仕事がわかる本」(山と溪谷社)、「よくばりハワイ」「デリシャスハワイ」(翔泳社)ほか。最近は、旅先でランニングを楽しむ、“旅ラン”に夢中!
risvel facebook