旅の扉

  • 【連載コラム】「“鉄分”サプリの旅」
  • 2018年7月29日更新
共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎

「赤毛のアン」のパートナーが出現! 佳境のプリンスエドワード島巡り【連載「隠れた鉄道天国カナダ」第6回】

△プリンスエドワード島の「グリーン・ゲイブルズ・ハウス」の前に立つ筆者zoom
△プリンスエドワード島の「グリーン・ゲイブルズ・ハウス」の前に立つ筆者

 (「連載『隠れた鉄道天国カナダ』第5回」からの続きです)
 今年4月に亡くなった高畑勲氏が監督を務めたアニメ「赤毛のアン」(原作はルーシー・モード・モンゴメリの同名小説)の舞台として多くの日本人の脳裏に焼き付いているのが、カナダ東部プリンスエドワード島にある緑の切妻屋根の家「グリーン・ゲイブルズ・ハウス」だ。国指定文化遺産にも指定されている名所はアニメに描かれた牧歌的な風景がそのまま広がっており、今もそのまま残っている物語の世界は日本を含めた世界中からの旅行者たちを魅了し続けている―。

△グリーン・ゲイブルズ・ハウスの2階にあるアンの部屋(筆者撮影)zoom
△グリーン・ゲイブルズ・ハウスの2階にあるアンの部屋(筆者撮影)

 ▽名所の“本丸”
 島内の老舗ホテル「ダルベイ・バイ・ザ・シー」の廊下に飾られていた「心霊写真」とされる1枚を目にして、「お化け」つながりで「赤毛のアン」の世界を知ることができる名所中の名所、いわば“本丸”と呼ぶべき存在に足を踏み入れた。「お化けの森」を近くに擁するグリーン・ゲイブルズ・ハウスだ。
 この名所はプリンスエドワード島国立公園内のキャベンディッシュ村にあり、作者モンゴメリの祖父のいとこのデイビッド・マクニール氏とマーガレット・マクニールさん(ともに故人)が住んで農業を営んでいた。
 緑の切妻屋根の家に兄と妹が同居する農家という構図は、「赤毛のアン」の主人公で孤児のアン・シャーリーをノバスコシア州の孤児院からもらい受け、一緒に暮らしたマシュー・カスバートとマリラ・カスバートの兄妹と一致している。
 というのも、近くにあった祖父母の家で育ったモンゴメリは足を運び、物語の着想を得たのがグリーン・ゲイブルズ・ハウスだったからだ。モンゴメリは持ち前の豊かな想像力を生かし、世界中で親しまれるようになる「赤毛のアン」を生み出した。
 札幌市の時計台と、高知市に架かる「はりまや橋」が含まれる「日本三大がっかり名所」とは対照的なのが、「赤毛のアン」で親しんだアヴォンリー村を実際に目にしたいという観光客の期待に見事に応えてくれるのがグリーン・ゲイブルズ・ハウスだ。ゴルフに例えるのならば、ゴルフクラブを振って飛んでいった球が「愛読者の期待」にホールインワンで入ると言えよう(個人的な感想です)。
 というのも、屋内は「『赤毛のアン』あるある」が満載で、訪問者が小説の愛読者であれ、アニメや映画で親しんだ視聴者であれ、想像を膨らませた物語がそのまま眼前に広がっているからだ。実際、モンゴメリは日記に「アヴォンリーの大部分は(グリーン・ゲイブルズ・ハウスがある)キャベンディッシュである。グリーン・ゲイブルズはデイビッド・マクニールの家を元に書いた。(中略)私の書いた現実の描写の部分は、人々の目にもそれと分かることで証明されている」と記している(現地で渡された冊子を参照)。

△マリラの部屋も装飾にこだわっている(筆者撮影)zoom
△マリラの部屋も装飾にこだわっている(筆者撮影)

 ▽「赤毛のアン」あるある
 緑色の切妻屋根の2階建て住宅の1階のダイニングルームの卓上には、アンが憧れるバラのつぼみの模様が装飾されたティーセットが置かれている。アンとお茶と言えば、思い出される場面がある。マリラが用事のため出掛けた秋の日の午後、アンはグリーン・ゲイブルズでのお茶に親友のダイアナ・バリーを招く。マリラから台所の戸棚の2段目にあると聞かされてダイアナに振る舞ったイチゴ水の正体はぶどう酒(ワイン)で、未成年で飲んではならないアルコールに口を付けたダイアナは千鳥足になってしまう。
 そんな様子を思い浮かべながら1階を進むと台所があり、戸棚の2段目には確かに赤い液体が入ったビンが見つかった。この中身がイチゴ水か、ぶどう酒なのか気になり、立っていた案内人の男性に尋ねた。男性は、ほほ笑みながらこう返した。「ご想像にお任せします」
 階段を上がり、左手にあるのが目玉である赤毛のアンの部屋だ。花柄の壁紙が張られ、真ちゅうのフレームのベッドが置かれた小ぶりの部屋ながら、「赤毛のアン」に接した人たちにはなじみのある物がちりばめられた「あるある」の集積地だ。
 壁に掛けられた石版を見つけると、思わず苦笑いした。アンの将来の夫となるギルバート・ブライスが、学校の教室で気にとめてもらおうとアンの髪の毛を引っ張って「にんじん、にんじん…」とからかった。アンが激高してギルバートの頭をめがけて一撃を食らわせて割れたのが石版だったからだ。
 奥の扉に掲げている袖が膨らんだパフスリーブ(袖)のドレスも、物語ゆかりの品だ。アンが当時流行していたパフスリーブのドレスに憧れていることを知り、12歳の時にマシューがクリスマスプレゼントに贈った。
 斜めの前にあるマリラの部屋では、印象的な場面に登場する「小道具」が置かれているのを見つけた。紫水晶のブローチと黒いショール、そしてトランクだ。このブローチがなくなったと主張したマリラは「アンが持ち出した」と決めつけ、無実を訴えるアンに「本当のことを言うまではどこにも行かせないよ!」と日曜学校のピクニックを“人質”に取る。
 アンは心待ちにしていたピクニックに行きたい一心で、ブローチを持ち出して湖に落としたとでっち上げの告白をする。ところが後日、縫い物をしようとしてトランクを開けると、中にあった黒いショールに行方知らずのブローチが引っかかっていた。マリラはアンを無実の罪で追究した自らの非に気付くのだった。

△昼間でも薄暗い?「お化けの森」の様子(筆者撮影)zoom
△昼間でも薄暗い?「お化けの森」の様子(筆者撮影)

 ▽“舞台裏”にあったのは…
 グリーン・ゲイブルズ・ハウスを出て左手へ向かうと、物語に出てくる舞台の「恋人の小道」が現れた。この森林を抜ける一本道を行き来した後で向かったのが「お化けの森」だ。お化けが出ることをアンが妄想した森は薄暗く、墓地に向かうだけあって「お化けが出る」と言っても信じてしまうような雰囲気が漂う。
 ところが、歩を進めると思わぬ“舞台裏”が出現した。ゴルフコースがあり、プレーヤーが白球をゴルフクラブで打ちながら談笑しているではないか。グリーン・ゲイブルズ・ハウスが「赤毛のアン」の愛読者の期待に命中するホールインワンの名所ならば、「お化けの森」は心霊現象が起こるかどうかはともかく、OBのボールが飛来しかねないという恐怖心と隣り合わせということか!?
 グリーン・ゲイブルズ・ハウスの敷地内には当時の農作業の様子を伝える道具が置かれた納屋があり、隣にあったのが売店だ。「そういえば売店と言えば、探し求めていた物があったっけ」と私は足を踏み入れた…。

△キャベンディッシュ郵便局で押される消印(筆者撮影)zoom
△キャベンディッシュ郵便局で押される消印(筆者撮影)

 ▽小説家志望がうわさにならなかった理由
 同じキャベンディッシュ村ではモンゴメリが暮らした祖父母の家の跡地も公開されている。敷地から木々が生い茂る小道は、モンゴメリの通学路だったという。
 ここから歩いて5分ほどの距離にあるキャベンディッシュ郵便局では、局長をしていた祖父のもとで郵便局に勤めていたモンゴメリの時代の郵便に関連した展示を見られる。「赤毛のアン」にも描かれている通り、ちょっとした社交場という趣の郵便局ではさまざまなうわさ話が飛び交っていたという。
 今から110年前の1908年に小説「赤毛のアン」が刊行され、一躍流行作家となったモンゴメリはうわさ話の格好のターゲットとなりそうだ。しかし、小説が出版されるまで島内の人たちは、モンゴメリが小説家を目指して活動していたことをほとんど知らず、うわさ話にも浮上していなかったとされる。
 その種明かしをしてくださったのが、「ほとんどのカナダ人住民よりプリンスエドワード島に詳しい日本人」とも評価されている島内在住歴が20年を超えるプリンスエドワード観光局の鈴木浩子さんだ。「モンゴメリは郵便局で勤めていたため、密かに出版社に原稿を送ることができたのです」
 キャベンディッシュ郵便局からはがきなどの郵便物を投函すると、「Anne of Green Gables」(赤毛のアンの英語タイトル)の文字とアンの麦わら帽子のイラストが入った消印が押される。私がこの郵便局で投函した家内と小学生の息子宛の絵はがきが届く1週間前、満を持して私が連れて帰ってきたのがカナダのローレンス・マコーレー農務・農産食品大臣から頂いたアン人形のパートナーだった。
(詳しくは「連載『隠れた鉄道天国カナダ』第3回」をご参照)

△アン人形に比べて小さいギルバート人形に首をかしげる息子(筆者撮影)zoom
△アン人形に比べて小さいギルバート人形に首をかしげる息子(筆者撮影)

 ▽満を持して入手したパートナーは…
 「赤毛のアン」番を自称して島内の名所を旅行してきた私は残されたミッションを遂行すべく、グリーン・ゲイブルズ・ハウスの敷地内にある売店でギルバートの人形を探した。さすがは「赤毛のアン」の名所の“本丸”だけあって、マシューとマリラ、ダイアナの人形まで並ぶ。しかし、40カナダドル(日本円で約3400円)を超えるそれらの人形はサイズがアン人形より遥かに大きい。
 その中にギルバートの姿もあったのだが、さすがはアンの夫となる男性だけに扱いは別格!アンに石版を食らった頃かは定かではないが、10カナダドル(約850円)余りの少年時代の小型人形もあるのを見つけたのだ。パートナーの人形を発見し、「赤毛のアン」の“ホットスポット”巡りも完遂した私は「ミッション・コンプリート(任務終了)!」と心の中で叫んでグリーン・ゲイブルズ・ハウスを後にした。
 ところが、土産のギルバート人形を手にした息子は首をかしげた。「パパ、これってアンの人形よりもずいぶん小さいよ」。ギルバートは3歳年上のはずだが、アンの人形と並べるとまるで縮こまっているように映る。もしかすると、私は潜在意識の中で肩身が狭い自らの家庭内でのポジションを自認し、アンが「カカア天下」となるように小さなギルバート人形を選んでしまったのかもしれない…。
 かくして東京都郊外の高層マンションの一室ではこの日を境に、2組の「カカア天下」夫婦が“同居”するようになった…。
 (「連載『隠れた鉄道天国カナダ』第7回」に続く)
 (連載コラム(「“鉄分”サプリの旅」)の次の旅をどうぞお楽しみに!)

共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員:大塚圭一郎
1973年4月東京都杉並区生まれ。国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒。1997年4月社団法人(現一般社団法人)共同通信社に記者職で入社。松山支局、大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て、2020年12月から現職。アメリカを中心とする国際経済ニュースのほか、運輸・観光分野などを取材、執筆している。

 日本一の鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。東海道・山陽新幹線の100系と300系の引退、500系の東海道区間からの営業運転終了、JR東日本の中央線特急「富士回遊」運行開始とE351系退役、横須賀・総武線快速のE235系導入、JR九州のYC1系営業運転開始、九州新幹線長崎ルートのN700Sと列車名「かもめ」の採用、しなの鉄道(長野県)の初の新型車両導入など最初に報じた記事も多い。

共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS」などに掲載の鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/culture/leisure/tetsudou)の執筆陣。連載に本コラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)のほか、47NEWSの「鉄道なにコレ!?」がある。

共著書に『平成をあるく』(柘植書房新社)、『働く!「これで生きる」50人』(共同通信社)など。カナダ・VIA鉄道の愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員。FMラジオ局「NACK5」(埼玉県)やSBC信越放送(長野県)、クロスエフエム(福岡県)などのラジオ番組に多く出演してきた。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の元理事。
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